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どらごん・ぐるーむ  作者: 雪見 夜昼
<東方の章>
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第76話 放て、雷上動弓

「飛ぶんだ、ニナ」


「と、飛ぶじゃと? どういことじゃ」


 俺は源さんの前にある、ここら一体の地図を指差した。


「ここは広い平野で、姿を隠して射撃することは難しい。正面から射るか、それでもできだけ身を隠して射るか……、だがここに第3の選択肢が存在する」


 一拍置いて、その選択肢を宣言する。


「“空から射つ”だ」


「……どういうこった?」


「ああ源さんたちは知らなかっただろうが、ニナは竜の姿に変わって、空を飛ぶことができるんだ。力も強くて、人の2,3人なら乗せられるはず。それなら――」


「ちょっ、ちょっちょ、待つのじゃ、まさかわらわの背に乗って上空から黒鬼に奇襲を仕掛けるというのか!?」


「ああ」


「む、無理じゃ! 背に乗せるというのはリュースケの想像以上に抵抗感の強いことなんじゃ! リュースケ以外を乗せるなど考えたこともないわ。果たして上手く飛べるかどうか……」


「矢を当てるためには、俺が弓を引いて、そして誰かに角度を調整してもらわなきゃらならない。どうしたって俺一人じゃ無理なんだ」


「むう……して、誰なんじゃ、そのもう1人と言うのは」


「……そんな状況で弓の狙いを付けられる人物――はじめは、源さんが適任と考えた」


「ゲンノジョーか!? 無理無理! 会って間もない相手じゃし……重そうじゃろ……」


「なら、ラティならどうだ」


「えええッ!? わた、私ですか!?」


「猫の嬢ちゃんか……。はっきり言っておくが、猫の嬢ちゃんの弓の腕は――」


 源さんはにやりと笑う。


「俺より上だぜ」


「そそそ、そんなことは……!」


「ラティか……まあラティなら背に乗せるのもそれほど抵抗感はないのう」


「……!」


 ラティは外堀から埋められて、絶句している。


「ラティ、お前ならできる。むしろ、ナツメやエレメンツィアにも当たる可能性がある以上、お前以外には任せられない」


「……」


「やってくれるか?」


 ラティは瞼を閉じて、考え込む。


「……ナツメちゃんは私の恩人です。一人旅をしていた私の護衛をしてくれて――」


 額には汗の玉が浮かび、両腕は微かに震えている。


「私自身の命を何度も守ってくれたし、故郷のベラールも救ってくれた」


 ラティが瞼を上げる。

 その瞳には怯えと、それを打ち消すほどの強い光を感じた。


「やります。いえ、私にやらせてください!」


________________________________________


 ――バサッ!


 純白の翼を羽ばたかせ、白竜――ニナは地表から離れる。

 上空には寒風は吹き荒び、遥か眼下をいく(まと)は、ナツメを追って動き回る。

 条件は決して良くはなかった。


 しかしニナの飛行は安定しており、ニナ自身が風の影響で揺れるということはなさそうだ。


 竜となったニナの背の、翼の付け根あたりを脚で挟み込む。

 しっかりと固定して、体が揺れないようにする。


「射てるのは一度きりだ」


 俺は体の前に包み込むようにラティを抱えて、左手には鈍く輝く雷上動弓を手にしている。


「あいつが上に注意を向けていない今だけが、最初で最後の奇襲のチャンスだ。外したらきっとあいつは上も気にするようになって、次の射は避けられちまう」


 ラティは猫耳の耳元で囁くように告げる俺の言葉を、神妙に聞いている。


『足場は絶対に揺らさぬ。あとはラティの腕次第じゃ』


 竜化したニナの声が脳に届き、ラティは緊張に身体を震わせる。

 いつになく真剣な表情を浮かべ、ベラール族特有の鋭い視力で、対象の位置を確かめる。

 そうして、雷上動弓を握る俺の左手に、自身の左手を重ねた。


「……大丈夫。行けます。ニナさんはできるだけ黒鬼の側面に回るように飛び続けてください」


「よし」


『わかった』


 ――視野は広く、全身の感覚は鋭敏に。


 俺は全身に気を巡らせて、内錬気を行う。


「ふんっ……!」


 そうして、雷上動弓の中仕掛に指を掛ける。


「う、ぎぎ……!」


 やはり、とてつもなく重い。

 源さんの特訓の成果あってか、以前よりは楽に引ける。

 しかしあくまで以前よりは、であって辛いことに変わりはない。長くはもたない。


「うおおおおっ!」


 ギリリリリ……!


 そして現れる光の矢。

 矢というよりは相変わらず単なる光の束でしかないが。


「ラティ……!」


「はい!」


 ラティは俺の左手、右手にそれぞれ自分の手を添えて、俺の腕の中でそっくりそのまま弓を引くような体勢をとる。

 あとはラティの微妙な力加減に俺が合わせて弓を動かし、狙いを定めるだけだった。


「……っ!」


 ラティの手のひらに汗が滲むのがわかる。

 悪天候というほどではないが、風は強い。

 僅かな読み違いで、矢は明後日の方向へ飛んでしまうだろう。


「……ナツメちゃん……!」


『ウオオオオオオッッ!!』


 俺たちの視線の先では、黒鬼の猛攻を必死の避けるナツメと、それをサポートするエレメンツィアの姿。


「今度は私が絶対に――助けます!!」


 ラティの手に、強い力が込められる。


「!」


 すると不思議なことに、光の束でしかなかった雷上動弓の矢が、矢尻から矢羽まで、綺麗な光の矢を形作った。

 声を上げなった自分を褒めたい。今、ラティの集中を切らしてはいけない。


「……」


 ラティの瞳は瞬きもせずに黒鬼の姿を追っており、集中故にか、矢の変化には気づいていない。


 風の吹くたび矢の方向を微妙に変えて、矢の先端は常に黒鬼の方を向いている。

 素人の俺が見るにいつでも放てるような気がするが、そうではないのだろう。


 ラティの顎から汗が滴る。


 視線の先では、黒鬼に追われたナツメが何度か危ない場面も見せる。


「……」


 しかし集中は途切れない。


「…………」


 俺の腕は筋肉と筋が限界を迎え、そろそろ断裂してもおかしくないほど疲労している。

 だが、泣き言は言うまい。ラティとて全力を尽くしているはずだ。


 その時――黒鬼が両腕を地面に叩きつけ、ほんの数瞬、動きが止まった。


「そこッ!!」


 ラティの合図で、俺は張りつめていた右腕を解放する。


 カッ!!


 一瞬の出来事だった。

 もはや残像さえ残さぬ速度で、矢は飛んだ。


 黒鬼の動きが、止まる。


 パキンッ……!


 額に生えた3本目の角が、通過した矢によって見事に砕け散った。

 矢は地面に突き刺さり、そして、幻のように消え去った。


『……ウオオオオオオオオオオッッ!?』


 黒鬼は両手で額を押さえ、もがき苦しみ始める。


「効いたッ!?」


「だな!」


『よし!』


 ナツメとエレメンツィアは驚いた様子で空を見上げた。

 そしてニナと、背に乗る俺達を見て、合点したように笑みを浮かべた。


 黒鬼は頭に左手を添えたまま、蹲って動かない。


『……グ、ウ、ウ、ウオオオオオオオオオッ!』


 しかし唐突に、黒鬼が強く大地蹴って、こちらへ向かって跳びあがった。


「跳んだッ!?」


「往生際が……」


 俺はラティに雷上動弓を手渡す。


「悪ぃんだよッ!!」


 ニナの背から飛び降り、黒鬼に真っ向から対峙する。


「ウオオオオオオオオオッッ!!」


「るぁあああ!!」


 鈍い衝撃。

 俺の踵落としが、角を失った黒鬼の額に直撃した。


「ウオオオオッ!?」


 黒鬼は叩き落とされ、地面に激突する。

 俺はというと、踵落としの反動で一瞬宙に留まり、追ってきたニナの足に掴まって落下を免れた。


『オオオオ……!』


 それは黒鬼の断末魔であった。

 地面にクレーターを作った黒鬼は、その手先、足先から徐々に土塊と化していく。


「……ふう」


 そのままニナ、ラティと共に地面に下りた俺は、駆け寄ってくるナツメとエレメンツィアの無事な姿に安堵した。


________________________________________


「素晴らしい」


 そう呟いたのは、柊兵の1人だった。


「伝説の鬼神をこの短時間に、少ない被害で退けるとは……まさに――」


 兜から覗く口元が、大きく左右に裂ける。


「――英雄の器」


 兜の中に見えるその異様に細い目は、商人ギシンに良く似ていた。


________________________________________


 土塊と化した春久を前に、島津夏久、秋久、冬久の3人は涙した。


「兄者……」


「くそっ……くそっ……何だってこんなことに……! 春ニィ……!」


「……春兄さん……」


 痛ましいが、春久自身、相当なことをやらかしてきた人物だ。

 しかし報いと言っては、さすがに烏滸(おこ)がましいだろうか。


 俺たちの他に、周りを取り囲む島津、柊、両軍の兵たち。

 想像だにしない決着に、皆戸惑いを隠せない。


「夏久、秋久、冬久。戦は終わりだ……文句はねぇな?」


 源さんの言葉に、3兄妹が頷き。

 島津の兵は落胆のざわめきを漏らした。


 こうして、ひとつの(いくさ)は終わりを告げた。


 だが俺には、納得のいかないことがひとつある。


 ――商人ギシン。


 この一件の裏を引いていたという謎の人物。

 何故こんなことしたのだろうか。


 その存在に、何か得体のしれない不安感のようなものを、感じていた。


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