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どらごん・ぐるーむ  作者: 雪見 夜昼
<東方の章>
78/81

第74話 混戦

 ――ブォォォォ!!


 2日目の合戦。

 今回もはじめは島津兄弟の姿は見えず、ほとんど膠着状態での始まりだ。

 と、思いきや。


「あれは……シマヅ ナツヒサさんです!」


 ラティが左翼方面を指差して言った。


「いきなりお出ましか」


「春久が倒れて焦っているのやもしれんな」


「どうするのじゃ?」


 ニナが俺とナツメに尋ねるが。


「そりゃ、行くしかないだろ」


「春久ほどでないにせよ……アレを止められる武者も少ないからな」


 人間台風、島津夏久。


「さあ、今日で決着といこうか」


 俺達は、左翼に向かって駆け出した。


________________________________________


「うおおおおッ!!」


『ぎゃあああ!!』


 島津夏久は長大な槍を振り回し、間合いに入った人間を弾き飛ばしている。


「相変わらず無茶苦茶じゃな」


「そ、そうですね……ぶるぶる」


 ラティは昨日夏久とやりあい、その恐ろしさが若干トラウマらしい。


「ぬぅ!? 貴様、法龍院 竜輔!」


「よォ」


 俺は片手を上げて見せた。


「ここで会ったが百年目! 昨日の屈辱、晴らしてくれようぞ!」


「悪いけど付き合ってられないね。全員で掛からせてもらう」


「何人でもかかってこいやあ!!」


 勇ましく槍を振り回す夏久。

 いいね。嫌いじゃないぜ、お前の気風。


「気が変わった。やっぱ俺ひとりでやるわ」


「竜輔殿……ずるいぞ」


「ナツメは昨日散々やったんだろ?」


「それはそうだが……」


 ナツメとラティを相手にして、未だ立っているのだから、この男、弱かろうはずもない。


「リュースケ。昨日のように手加減するでないぞ」


「あ、わかった?」


「当然じゃ!」


「ええ……そんな恐ろしいことをしてたんですか……」


「なんだと貴様! ええい! 忌々しい奴め!」


 夏久はカンカンである。大陸の言葉もわかるらしい。


「まあいいじゃん。これから本気でやるんだからよ」


「フン! 叩き潰してくれるわ!」


 こうして、俺と島津夏久の一騎打ちは始まった。


________________________________________


 島津側から見て右翼で、島津夏久が奮闘している頃。

 中央少し後方に、島津秋久はその身を(ひそ)めていた。


 いや、厳密に言えば潜めているわけではなく、周りがでかいので背の低い秋久は見えづらいだけなのだが。


「春ニィが戦えない今、向こうは夏こそ本命と思ってるはずだ。はじめから夏を出せば左翼にかなりの戦力を割くはずだぜ」


「なるほど」


 秋久の説明に、鬼人族の中でも名のある武将が頷いた。

 実際、的外れな予想ではなく、最大戦力である竜輔たちは左翼の夏久に当たっている。


「その隙に俺たちは正面突破を図る」


「はっ」


 話しながらも、秋久たちは中央の前線へと辿り着いた。


「中央から一気にぶち抜いて奇襲をかければ、あの柊 源之丞だって油断を見せるはずさ。(いくさ)ってのは意表を突かれた方が負けるんだ」


「おお。そいつは怖ぇなあ」


「なっ!?」


 秋久は己の目を疑った。

 中央で前線指揮を執っていたのは――。


「げえっ! 柊 源之丞!」


「へっ。そんなこったろうと思ったぜ」


 源之丞は不敵に笑う。

 彼の周囲には秋久でも知っているような柊流の師範代級――有名武将たちが並ぶ。


「くっ……左翼に戦力を割いてなかったってのかよ……!」


「割いてるさ。一等貴重な戦力をよ」


「ちぃっ! だけど迂闊だぜ! こっちだって戦力を固めて来てんだよ!」


「なあ、小僧。戦ってのは――」


 源之丞は右手を上げて、


「――意表を突かれた方が負ける。そう思わねぇか?」


 振り下ろした。


「……くっそぉぉぉッ! 夏に伝令を送れぇぇッ!」


「掛かれッ!」


 ――ウォオオオオッ!!


 島津陣営は心の準備もできないままに、柊 源之丞率いる精鋭部隊とぶつかることとなった。


________________________________________


「ゼェ……ゼェ……ど、どうした! 掛かって来んかぁ!」


「いやアンタもう顔面でこぼこじゃん……」


「うるさい!!」


 島津夏久は相当なタフガイだった。

 でこぼこになるほど殴りたおしたのだが、まだまだ元気が有り余っている様子である。


 槍は早々に折れ、肉弾戦に突入。

 その後リーチと甲冑の差で少し苦戦したが、慣れてからは一方的であった。


「なあ、もう諦めて降伏しないか?」


「せん!! 俺がやらねば、兄者が――」


「あん? 春久がどうしたって?」


「……何でもないわ!!」


 何だってんだ?


「な、夏久様!」


 俺がもう半ば厭戦ムードになっていたそんな時。

 島津側で、何か動きがあったようだ。


「なんだ! 今は一騎打ちの最中だぞ!」


「も、申し訳ありません。ですが秋久様より一時撤退の伝令が……」


「何ィ!?」


 夏久は慌てた様子で中央方面に顔を向ける。

 俺もそれを追って中央に視線を飛ばしてみた。


「おー。ありゃ源さんか? すげえすげえ。一方的だな」


 いつの間にやら源さんが前線に出ており、島津の兵たちを圧倒していた。


「父上……自ら出るなど」


 ナツメは頭を抱えているが、なるほど、あの様子なら出て正解だろう。


「ぐぬぬ……! やむを得ん! 法龍院 竜輔! 勝負は預けるぞ!」


「そんな勝手な……」


「さらばだ!」


 夏久は脱兎の如くこちらに背を向けて駆けだした。

 おおー。速いはやい……。でかいのに逃げ足は抜群だな。


「リュースケ、追わぬのか?」


「別にいいだろ……面倒臭い……ラティ射っちゃえば?」


「え!? そ、それじゃあ」


 ラティは背筒から矢尻の丸い矢を一本取り出すと、走っている夏久に向けて一射した。


「……えい」


 スコーン!


 見事に矢尻は夏久の頭に当たった。

 夏久は数歩たたらを踏み、真っ赤な顔でこちらを振り向いた後、やはり諦めて逃げ出していった。


「あわわわ……すっごい怒ってましたよあれ……!」


「あっはっは! やっぱラティ、良い腕してるぜ! あっはっは!」


「わ、笑いごとじゃないですよう! なんでいつも当たるのに効かないんですか! もう!」


「まあラティじゃしな……」


「わ、私だしってどういうことですか!」


「よしよし、どうどう」


 ナツメがラティを宥めるまでを合わせて、いつもの俺達のやりとりだった。


________________________________________


 島津陣営、本陣。


「秋! 無事か!」


「夏か……ってなんだよその顔は……」


「う、うるさい! お前こそ自信満々だったくせに、何を逃げ帰っておるんだ!」


「うう、うるさいなあ。こっちだっていろいろあったんだよ」


 秋久の憎まれ口にも、いつもの勢いがなかった。


「なんだ。らしくないぞ秋」


「……くそっ。勝負を急ぎ過ぎたんだよっ。策略を読まれるなんて、軍師としてこれ以上の屈辱はないぜッ!」


 秋久は軍配を地面に叩きつけて、激情を露わにした。


「生きて戻っただけ上出来だ」


「……ふんっ。当たり前だろっ。俺を誰だと思ってるんだよっ」


 秋久は夏久の慰めに少しだけ調子を取り戻す。


「……駄目だったようだな……」


「ッ! 春ニィ……!」


「兄者……!」


 本陣の奥から、島津春久が姿を見せる。

 見た目には壮健に見えるが、その口調や雰囲気はまるで幽鬼のようであり、弟たちには調子の悪さが手にとるようにわかった。


「ま、待ってくれよ! もう1度、もう1度やらせてくれ! 次こそは必ず……!」


「そ、そうだ兄者! 俺達はまだ生きている! まだやれるぞ!」


「……機会は1度だけ。お前たちだけで柊 源之丞を討ち取れなかった場合、俺が出る。そういう約束だったな」


「ッ!」


「ぬ、ぬうう……」


 秋久と夏久は消沈する。

 今日の開戦前に、弟たちは兄とひとつの約束をしていたのだ。

 兄の体調が最悪なために、弟たちだけで柊 源之丞の首級を上げると。


「……ふっ……心配するな。この島津春久、そう易々と討ち取られはせん……」


 がしゃん、がしゃん。


 春久は甲冑を鳴らし、ゆっくりとした足取りで陣幕をくぐっていく。


「お、俺も行くぜ春ニィ!」


「俺もだ!」


 その後を、弟2人が追いかける。


 一部始終を見ていた妹、島津冬久は、何もできない自分に強く歯噛みした。


________________________________________


 再び後方へ下がって休憩している俺たち。

 源さんも島津秋久が退いてしばらくしてから、本陣へと戻ったようだ。


 太陽も天頂へ昇り、朝からの戦闘に皆がやや疲弊し始めた頃だった。


「――来たか」


 俺は持参した、食べかけの握り飯を一飲みに飲み込んだ。


「なんじゃリュースケ? 何が来たんじゃ?」


 俺は敵中央後方を指差す。


「……あっ!?」


 やはり目の良いラティが、俺に続いてそれに気がつく。


 大柄な鬼人、中柄な鬼人、小柄な鬼人。


 3人が並んで、敵本陣から真っ直ぐに柊の中央の戦線へと向かってくる。


「島津3兄弟……!」


 ナツメもまだ顔までは判別できないだろうが、特徴的な3人組の、その正体に気が付いたようだ。


「いよいよ大詰めだな。相手ももう、退く気はねぇって顔つきしてやがる」


「ああ。この下らない戦を……終わらせよう」


 ナツメの言葉に俺たちは頷き、立ち上がった。


________________________________________


 柊と島津の最前線、中央前線。

 激戦の最中、この集団のいる空間だけがどこか不自然なほど静けさを保っていた。


「棗」


「……春久」


 ナツメと春久は、この戦いの中、初めて対面したはずだ。


 柊勢には雑兵が手を出してきたときのみ加勢するよう指示してあるのだが、どうやら島津側も、3兄弟以外は俺達に手出しをするつもりがないようだ。


「ふんっ。雑兵じゃあんたらの相手にならないことくらい、もうわかってんだよ。あんたらがいる限り、柊 源之丞に辿り着けないこともね」


 そう言って不機嫌そうな面を隠しもしないのは、島津秋久だった。


 つまりは、俺たちさえ居なければ柊を潰せると考えているのだろう。

 実際、島津春久、島津夏久の両名は、単騎で戦をひっくり返しかねない力を持っていると思う。


「あ、言っとくけど柊が弱いわけじゃないよ。むしろ鬼人族(おれたち)相手にここまで正面からやれるのは、ジパング全土でも柊と上杉くらいじゃないの」


 秋久は饒舌に語る。


「でも――」


「秋」


「っ!」


 春久に名前を呼ばれ、秋久は言葉を引っ込めた。

 そう。秋久は饒舌すぎた。まるで決着を先送りにしたいかのように。


「棗。今一度尋ねよう。俺のモノになる気はないのだな」


「ない」


 春久の問いに、ナツメは即座に返答した。


「……そうか」


 春久は瞼を閉じ、そして開いた。


「ならばその気にさせるまで」


 腰の刀を抜き放つ春久。

 昨日の怒気が嘘のように、今日の春久は不気味なまでに落ち着いている。


「竜輔殿。春久は拙者が」


「……ああ、わかった」


 ここで止めるほど野暮じゃない。

 決着は自分の手でつけるといいさ。


「法龍院 竜輔!」


 怒声を上げたのは島津夏久だ。


「今日こそは決着をつけるぞ!」


「相変わらず暑苦しい奴だな。わかった、わかった」


「ぬ! 貴様! 手を抜いたら許さんぞ!」


「ハッ。だったら本気にさせてみな」


「ぬうう! どこまでも不敵な奴め!」


 島津秋久は数歩、後ろへ下がる。


「悪いけど、俺は見物だぜ。あんたらみたいな脳筋とは違うんでね」


「わらわの出番はなさそうじゃな。残念じゃー。とてつもなく残念じゃー」


「わ、私も、一騎打ちの邪魔立てをする気はありません」


 ニナとラティはかなりホッとした様子で、俺たちの後ろへ。


「棗……俺と共に天下を目指せ。お前にはそれが相応しい」


「決めつけるなよ。拙者の道は、拙者が選ぶ」


 島津の2雄と最後の勝負が始まろうとしていた。


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