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どらごん・ぐるーむ  作者: 雪見 夜昼
<東方の章>
76/81

第72話 開戦

 ――ブォォォォッ!!


 法螺(ほら)貝の低く大きい唸り声が、遠く平野に響き渡った。

 開戦の合図である。

 源さんは城や町に犠牲の出る籠城戦ではなく、野戦を選んだ。

 九州から長門国へと渡って間もなくの位置にある、とある荒地が今回の戦場だ。


 ――ウォォオオオ!!


 前線では互いの兵たちが(しのぎ)を削り、命を賭した戦いを始める。

 俺とニナ、そしてナツメとラティは最前線よりも少し下がった位置に陣取っていた。

 背後を見上げれば丘の上に立つ、柊家の家紋が縫いこまれた本陣の陣幕が、風にはためいて揺れている。

 源さんはあの中にいるのだろう。

 ナズナは帝ちゃんや義月と共に、城でお留守番である。


「さて、どうするか」


「我々は基本的には別働隊として動こうと思う。趨勢(すうせい)の思わしくない箇所へ赴き、そこを下支えする」


「は、はい! がが、がんばります!」


 ナツメの指示に、ラティはカチコチに緊張しながら応える。


「まあ落ち着くのじゃラティ」


「に、ニナさんは随分落ち着いていますね……」


「うむ。こう見えても魔国との小競り合いを見物に行ったこともあるのでな。さすがに参戦したのは初めてじゃが……。それにリュースケやナツメと共にあれば、まず死ぬことはなかろう」


 人任せの自信だった。


「でもさすがに、柊家は武術の名門だな。鬼人族ってのは身体能力に優れてるらしいが、互角にやり合ってるじゃないか」


 前線に目を向ければ、前に出よう出ようと強烈な圧力を掛けてくる鬼人族に対し、柊の兵は見事な槍衾(やりぶすま)でこれを押しとどめている。


「今のところは一進一退、どちらも決め手にかけている、か……」


 そう言いながらも、ナツメの表情はどこか不安を滲ませていた。


「なんだよ。何か気になるのか?」


「うむ。父上から聞いたのだが、島津は苦戦していたはずの大友相手に、ある時から突然急激な侵攻を進めている。その決め手となったのは何だったのかと思ってな」


 ナツメは油断なく戦場に視線を走らせて、警戒をしているようだ。


「秘密兵器でもあるってのか?」


 正直、この文明レベルでそんなことがあるだろうか?

 もしかしたら鉄砲くらい持ち出してくるかもしれないが、今のところそういう気配はない。


「わからん。だが警戒はするにこしたことはない」


「そ、そうですね。私もよく周りを見ておきます」


 視力には定評のあるラティも、きょろきょろと落ち着きない様子で警戒を始めた。

 なんかおどおどとした様子がとても弱そうなので、敵に狙われないか心配である。


『うわあああ!!』


「!」


 そんな折、一際高い悲鳴が右翼の方向で上がった。


『どけどけぃ! 我こそは島津夏久なり! 死にたい者から前に出よ! 命惜しくばとっとと逃げ出せい!』


『ぐわあああ!』


『なんて力だ……! 止められない!』


『ぎゃあああ!』


 そこには地獄絵図が広がりつつあった。

 島津夏久を名乗る巨漢が、槍衾の槍を正面から掴んで、持ち主ごと振り回す様子が見てとれる。

 槍に打たれた兵士は重力を忘れたかのように宙を舞い、その一部だけ槍衾が完全に崩壊してしまった。

 人が紙切れのように吹っ飛ぶさまは、敵の攻勢ながら爽快ささえ感じさせる。


「おいおい。ゲームじゃねえんだぞ……」


 島津夏久……確か島津四兄妹の次男坊だったな。

 ヤツの行軍する様は、まるで人間台風だ。人間じゃなくて鬼人族だけど。


「竜輔殿!」


「わかった。いくぞ、ニナ、ラティ」


「う、うむ!」


「はい!」


 さすがに緊張してきたらしいニナと、逆に覚悟を決めたらしいラティを連れて、俺たちは右翼の方向へと駆けだした。


________________________________________


「む!?」


 島津夏久は、奇怪な集団(俺たち)を目の当たりにして、人間台風を一時中断した。


「何奴!?」


「法龍院 竜輔だ。覚えなくてもいいぜ」


 俺は駆けつけた勢いのまま、島津夏久に接近した。


「ぬうん!」


「おっとぉ!」


 横薙ぎに振るわれた槍を、俺は跳躍して躱した。


「俺を飛び越えただと!?」


「っらぁ!」


「ぐほぉ!?」


 俺は夏久の、立派な一本角が生えた頭を飛び越えて背中側に着地。

 振り向きざまに、その背中の甲冑に掌底をぶち込んだ。


 吹っ飛ぶかと思ったが、夏久は前へ2,3歩たたらを踏んで耐えて見せた。


「重ッ!? なんつー鎧を着てやがる!」


「げっほ……! 貴様こそ、徒手でなんという一撃を放つのだ……!」


 夏久は背中への衝撃にむせ返りながらも、俺の方へと振り向いた。


「法龍院 竜輔とか言ったな。その名、しかと覚えたぞ!」


 そう言って、夏久は身長に合わせた長大な槍を頭上でぐるぐると回して見せる。


「くっ!?」


 それは夏久の背後から近づこうとしていたナツメへの威嚇でもあったのだろう。

 ナツメは高速回転する槍を気にして、近づく足を止めざるを得なかった。


 ――ウオオオ!!


 俺は背後から聞こえくる鬼人族たちの怒声が、近づいてくるのを感じていた。

 一撃で仕留められなかったのは痛かった。援軍が向かっているようだ。


「夏――! そいつヤバそうだ! 一旦下がれ!」


「応!」


 その中からひとつ少年のような声が聞こえてきた。

 夏久はそれに応え、回転させていた槍を、遠心力を載せたまま俺に振り下ろした。


「噴ッ!」


「っとぉ」


 それを横に躱すが、槍が地面に当たると土煙が舞い、一瞬視界が乱れる。


「っ! ちっ!」


 その一瞬の間に、夏久は援軍の方向へと駆けだしていた。

 えらく重い鎧を着ていたはずなのに、かなりの俊足だ。


「竜輔殿! 深追いはするな! ここは兵に任せてこちらも一旦引く!」


「ああ、わかった!」


 俺は立て直した柊側の槍衾の隙間を縫って、本陣方向へと抜けた。


 ――オオオオオ!!


 背後では柊の兵と鬼人族の、再度の衝突が行われている。


「あの巨漢……猪突猛進かと思えば、思いの外引き際を弁えておったのう」


 確かに。遠く聞こえた少年の声に従っただけかもしれないが……。


「ええ。それにリュースケさんの攻撃に耐えるなんて、すっごく頑丈ですね」


「うむ……しかし竜輔殿がいち早く駆けつけたおかげで、こちらの被害も軽微だ。一度下がってまた全体を見るとしよう」


「ああ」


 俺達は会話を交わしながらも、体力を消耗しすぎないようにしつつ、できるだけ急いで後方へと下がっていった。


________________________________________


「夏! 大丈夫か!?」


「秋か……がっはっは。心配するな――ぐっ、げほっげほっ」


「夏!」


 本陣まで下がった島津夏久は、それまで堪えていたが、とうとう耐え切れず思い切り咳き込んだ。


「夏兄さん……!」


 島津冬久が夏久の背を撫でようとして近づいたが、その背中を見て息を呑んだ。


「……!」


「どうした冬……!? なんだこりゃ!?」


 島津秋久もまた、夏久の甲冑の背中側を見て、驚愕した。


 手形だ。


 一際強靭に造られているはずの夏久の鎧に、人の手形がついているのだ。


「ぐ……ちと、油断したか……」


 夏久は吐血まではいかないが、かなり内部に衝撃が響いたのであろう、やや憔悴した様子を見せている。


「あの法龍院 竜輔とかいう男、相当の手練れだ……いや、人間にしておくのが惜しいヤツ」


 がっはっは、と力なく笑う夏久。


「っ! バカ夏! いいからちょっと休んでろよ! 俺が戦線を支えてやるからさぁ!」


「がっはっは。すまんな、秋」


「ふんっ……!」


 少し照れたように鼻笑いしながら、秋久は陣幕をくぐっていった。

 直接戦闘能力は高くない秋久だが、夏久はあまり心配していなかった。

 自分が前に出たりはしないだろうし、秋久の指揮能力はジパングでも指折りだと信じているからだ。


 秋久や冬久に遅れて、春久も陣奥から姿を見せる。


「夏。大事ないか」


「兄者。ああ、大丈夫だ!」


 夏久は右腕を掲げ、力こぶを作って見せる。


「どれ、俺にも見せろ」


「ん? ああ」


 春久は夏久の背中に回り、そこについた手形を見る。


「ほう……」


「がっはっは! 見事にやられたわ」


 春久は手形の部分を指でなぞる。


「……この跡のつき方なら、内臓までは響いてないはずだ」


「がっはっは! だから大丈夫だと言っているだろう! 少し休めばすぐに出られる!」


「……左翼は避けろ。しばらくしたらお前には中央から攻めてもらう」


「ん? そりゃいいが……」


 そう言いながらも夏久は少し不満を滲ませた。

 手跡をつけた竜輔に、再戦を申込みたかったからだ。


「くっく。気持ちは分かるがな。思い通りにはならん……それが戦の醍醐味と言うものよ」


「これまではそんなことなかったがな。というか、兄者よ、そう言いながら、自分が戦ってみたいだけじゃなかろうな?」


「……気づいたか」


「ぬ!? ずるいぞ兄者!?」


「ハッハ。お前ばかりじゃ、それもまたずるかろう」


 春久はぺろりと舌舐めずりをする。


「俺にも味見をさせろ」


________________________________________


 しばらくの間、鬼人族は引くかと思えば、嫌なタイミングで攻めたててきて、こちらの兵力を削りにきている印象を受けた。


「どうもよくないな」


「そうだな。一方的ではないが、少し押されているかもしれん」


 ナツメも険しい顔で趨勢(すうせい)を見守っている。


「そうじゃな。どこが押されているとは言いづらいが」


「ええ。これは相手の軍師を褒めるべきなんでしょうか……」


 ニナもこう見えて王女だけあり、多少軍事には明るい。

 ラティは先ほどから目を凝らしているようだが、あちらを立てればこちらが立たずな状況のようで、どこに援護に向かうか決めかねている。


「鬼人族……聞いてた話と違うじゃないか」


 力に任せた高速侵攻が売りだと聞いていた。


「拙者が言うのもの何だが、柊は強敵だ。敵も慎重にならざるを得んのかもしれんな」


 そんな、迂闊には動けない、歯痒い状況が続いていたが、とうとう敵中央に動きがあった。


「あ! ナツメちゃん! リュースケさん! 敵中央にあの大きい人が!」


「お、本当だ」


 休憩は終わりなのか、島津夏久が敵中央の前線に姿を見せていた。

 相変わらず凄まじい勢いだが、中央には柊も多くの武将を置いている。

 例え槍衾を突破されても、すぐさまどうこうとこいうとはないだろうが……。


「行くか?」


「そうだな…………他に目立った動きはないようだ。やはりここは中央を支えるのが上策だろう」


「よし、んじゃまあ……!」


 俺は一歩だけを中央へ向けて踏み出し、そこで動きを止めた。


「……? どうしたリュースケ」


「……」


 俺は首をぐりんと回し、右翼……敵から見れば左翼に視線を飛ばした。


 そこに――いた。


 体格の良い者が多い鬼人族の中にあっては、中堅どころといった様子の、一人の武者。

 額から2本の角を生やし、その下には爛々と輝く双眸を覗かせて、まっすぐにこちらを見ていた。

 その後、男は人の壁の中へ隠れるように潜んでいった。


「……右翼だ」


「何?」


「右翼がやべえ。そんな感じがする」


「で、ですが中央も放っておくわけには」


「……勘か……」


 ナツメはしばし黙考してから言った。


「拙者とラティは中央に赴いて中距離援護を。竜輔殿とニナ殿に右翼を任せたい」


 ナツメとしては戦力の分散はしたくなかっただろうが、俺の勘を無視できないようだ。


「悪いな。行くぞ、ニナ」


「お、おう」


「お気をつけて!」


「そっちこそ。へまするなよ」


「きき、気を付けます!」


 そうして俺達は二組にわかれ、島津家の猛攻に耐えるべく、各々、前線へと進んでいった。


________________________________________


「棗ではなくあの男が来たか」


 島津春久はそう呟くと、味方を掻き分けて前へ出た。


「どけ」


「!? 春久様!」


「春久様だ! お前ら道を空けろ!」


「うぉおお! 春久様ぁああ!」


 春久は鬼人族たちの声援を受けながら槍衾の前に出る。


「……ふん」


 腰の刀に手を掛けると、やや姿勢を低くして抜き打った。

 ひと振り。


「何ッ!?」


 ひと振りで3本の槍を半ばから斬り捨てた春久の剛腕に、柊側から驚愕の声が漏れ聞こえる。


「しッ!」


『ぎゃあああ!』


 そして返す刀で、壁を作っていた柊の足軽たちを斬り払う。


「道が拓けたぞ!」


「春久様に続けぇー!」


『オオオオッ!』


 続け、と言いながら、刀の血振るいをする春久を抜き去って、鬼人族たちが我先にと柊陣営になだれ込む。


「糞ッ! 止められない!」


「誰か、誰か止めてくれぇぇ!」


 形勢が島津へと傾き、陣形の崩れた柊の兵たちが悲鳴を上げる。


「――どっせいッ!」


『うわあああ!?』


 しかし――柊陣営になだれ込んだ10余名の鬼人族は次々と宙を舞い、再び槍衾の向こう側へと押し戻された。


「な、なんだ!?」


 そのうちの1人。鬼人族の男は信じられない光景を見た。

 たった1人。

 たった1人の男が、鬼人族の流入を押し留めていたのだ。


「おらぁ!」


「がはぁっ!?」


 人間としてはそれなり背の高いその男が顎に掌底を打ちこむと、さらに大柄な鬼人族の兵は、人ひとり分程も天高く舞い上がり、島津陣営に吹っ飛ばされた。


 島津夏久の人間台風に勝るとも劣らぬ強烈な光景であった。


 鎧兜ではなく道着を着こんだその男は、特徴的な金の瞳を煌々と輝かせて、歯を剥き出しにして笑っている。

 そしてその背後には、白金の髪と、男と同じ金の瞳を持った異国の少女が、腕を組んで佇んでいた。


「す、すげえ」


「何者だ」


「あっ! 確か棗様の婿だとかいう……」


「ああ!」


 柊側もあまりの衝撃的光景に感嘆の声を上げ、加勢するのも忘れていた。


「……クック。アレが棗の婿だと?」


「は、春久様!」


 茫然と立ち尽くす男の隣に、いつの間にやら春久が歩み寄っていた。


「下がれ、お前たちでは相手にならん」


 春久はそう告げると、刀を抜いたまま金眼の男へ近づいた。


「一応聞いてやる。名を名乗れ」


「弟に聞かなかったか? 法龍院 竜輔だ」


 島津の大将、島津春久は、異界の日本人法龍院 竜輔とついに対峙した。


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