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どらごん・ぐるーむ  作者: 雪見 夜昼
<東方の章>
73/81

第69話 島津の猛攻

 “鍛錬”開始から3週間ほどの時が経過していた。


 相変わらず泣きたくなるような修行が続いているが、ここのところ源さんは忙しいらしく、あまり顔を合わせない。

 まあ雷上動弓を使った筋力トレーニングは引き続きやらされているのだが……。


 多忙な源さんが顔を出さない、ある日の朝餉時(あさげどき)


「リュースケ。しゅぎょーのほうはどうなんじゃ」


 最近飯時くらいしか会わないニナから、そんなことを聞かれた。


「ま、ぼちぼち、かな」


「なんじゃ、煮え切らんのう。せっかくわらわが会うのを我慢しておるのじゃぞ。しっかりせんか!」


 目を尖らせたニナに、ばしばしと背中を叩かれる。


「いて、いて。ちゃんとやってるっての……」


「……ほう」


 ばしばし。


「いて。なんだよ、いて」


「リュースケよ。そなた、逞しくなったのではないか?」


 ばしばし。

 ニナは確かめるように俺の背中や肩を続けて叩いた。


「ぺしぺし~」


 帝ちゃんもニナの真似をして、俺の頭をぺしぺしと叩く。

 痛くないけど、頭は意味ないだろ、あたまは……。


「そういえば、なんだか大きくなったように感じますね。背とか体格はほとんど変わってないはずですけど……なんというか、雰囲気が」


 ラティもこちらを見てそんなことを言う。


「そうか? 自分じゃよくわからないな」


「いや、間違いなく、竜輔殿は成長している。拙者の目から見ても強者としての貫録が出てきたと思うぞ」


 うんうんと満足げに頷くナツメ。


「はい! 兄上様ははじめからお強いですが、内錬気にも磨きがかかってきていますよ!」


「……ふーん」


 未だ手も足も出ない相手に言われても、やはり実感はわかないものだ。

 というか、鍛えるにつれナズナとの実力差が俺なりにわかってくる。

 相性というのもあるだろうが……。

 いつになったら追いつけることやら。


「ふむ。そうだな。そろそろナツメも稽古に加わってはどうだ」


『!?』


 義月のそんな言葉に、俺とナツメは同時に驚きを露わにする。

 逆の意味で。


「よいのですか!」


「えー、嫌だよ。剣相手とか、痛そうじゃん」


「大丈夫だ竜輔殿! ちゃんと木刀を使うぞ!」


「当たり前だ! というかそれでも痛いだろうが!」


「武器への対処法を教えてやる。謹んで受けるように」


「ちくしょー!」


 こうして義月の鶴の一声で、地獄の特訓に新たなメニューが加わった。


________________________________________


 大友家と島津家の戦。

 その最前線。豊後国南西部の、とある島津陣営。


 そこではまもなく開戦の兆し濃厚にも関わらず、鬼人族の将兵たちが地図を囲んで、石を動かし、対大友の軍略を、ああでもない、こうでもないと未だに語り合っている。

 時折怒号すら飛び交うのは、この泥沼化した戦への疲弊感を隠すためでもあるかもしれない。


「正面からぶつかればよいのだ! 鬼人族と人族の力の差は歴然。下らぬ駆け引きなど無用!」


「うつけもの! それで終わるのならとっくに終わっておるわ!」


「大友家は兵の質こそ我らに劣るが、とにかく数だけは多い……まともにやりあっても一進一退が続くだけじゃ」


 そうと言っても、これまでほとんど鬼人族の身体能力に頼って攻め進んできただけに、一朝一夕には妙案が浮かばないのが実情であった。


「し、失礼いたしまする!」


 そんな折、一人の年若い足軽が、慌てた様子で駆け込んできた。


「何事だ! 今は大事な軍議の最中であるぞ!」


「も、申し訳ありませぬ。されど、島津春久様、夏久様、秋久様、冬久様、ご、ご到着にございますれば!」


『何ッ!?』


 それまで荒れていた空気が一変する。

 足軽に続いて陣幕を払って現れたのは、報告通り、島津四兄妹であった。


「春久様! お加減はよろしいのですか」


「ああ。大事ない」


『おお!』


 将兵たちは壮健な春久の様子を見て、どこか漂い始めていた厭戦感を吹き飛ばす。


「あーあー。だめだめ、こんなんじゃ。数に押し潰されるのがオチだって」


 軍配を持った3男、秋久は、地図に置かれた石の配置を見て、顔を顰めた。

 そして思うさま石を動かしていく。


「ここをこうして、鶴翼気味に――」


「がっはっは! 何、我ら四兄妹が来たのだ。どのような陣形をとろうとも、もはや負けはないわ!」


「バーカ。夏久バーカ」


「何ぃ!?」


 来た途端、騒がしい秋久と次男、夏久のやりとりに、将兵たちは表情を緩める。

 夏久ではないが、彼らが揃ったこれまでの戦に、負けはない。


「開戦はまだか」


「はっ。もう間もなくかと」


 春久の問いに、将兵の一人が答える。


「そうか」


 聞くや否や、春久は踵を返して戦陣の外へと歩き出す。


「お館様? いずこへ?」


「俺が先頭に立つ。腕が疼いて仕方ないのでな」


『なっ……!』


「ええー? しょうがねえな……」


 将兵たちが驚きの声を上げ、秋久は呆れたように石の配置を修正しはじめた。


「い、いけません! お館様自ら先陣をきるなどと!」


「あ?」


 止めに入ろうと席を立った将兵に、秋久は額に血管を浮かべる。


「なんだそりゃ? てめぇ誰に意見してんだ?」


「い、いやしかし……」


「黙れ三下。春ニィが負けるはずねぇだろ」


 小柄な体躯から殺意を漲らせる秋久。


「がっはは! まったくそのとおりよな!」


「わぷ! やめろ夏! 頭を撫でるな!」


 それを次男夏久が頭に手を乗せて押しとどめる。

 そんなやり取りを尻目に、春久は陣幕くぐる。


 そして止められはしないが、心配そうな瞳で、冬久はそれを見送るのだった。


________________________________________


 ――ウォォォォ!!


 開戦の狼煙が上がった。


「鬼どもがぁ! 大人しく薩摩に閉じこもっておればよいものを!」


「くそったれの人間共! 支配するのは俺達鬼人族だ!」


「お、俺の腕がああ!」


「どけどけぇ! 我こそは――」


 先頭では無名の足軽や農民兵たちがぶつかり合い、悲鳴と怒号が飛び交った。


 その中でも一際激しく血飛沫が舞う一角に、島津春久と夏久はいた。


「フンッ!!」


「おごぉっ!」


 長身の夏久がその手に持つ槍で、敵兵の喉を貫く。

 そして力任せに槍を振り回し、死体ごとぶつけて周囲の敵を蹴散らした。


 そうして開いた道を、島津春久は堂々と進む。


「は、春久様だ!」


「春久だと! 島津春久か!」


「大将首だあー! 討ち取れぇー!」


 その存在に気付いた味方も敵も、士気を高めてぶつかり合った。


「くく。心地よい。戦場の空気だ」


 口元を楽しげに歪める春久の背後から、大友の武将と思わしき男が近づく。


「島津春久ぁー! その首、この大友義近(よしちか)が貰い受けるッ!!」


「大友義近?」


 突き出された槍を悠々と躱しながら、春久は相手の顔を見る。


「……知らんな」


「きさっ……がっ!?」


 大友義近と名乗った武将は、吐血に言葉を止める。

 地面に倒れる――否、落下する途上で、義近は己が上半身と下半身に分かたれていることに気が付いた。

 しかし何か反応を示す間もなく、その頭部を春久によって踏みつぶされた。


 春久は刀を血振るいしながら、道を切り拓く夏久に続く。


「疼きが……止まぬ」


「……兄者?」


 呟きを聞きとがめた夏久が振り返った時、春久は3人の敵兵を刀一本で薙ぎ払うように斬り捨てたところであった。


『ぎゃあああ!』


「……刃(こぼ)れした」


 春久は刀を放り捨てて、適当な死体から新たな刀を見繕う。


「兄者……」


「どうした」


 夏久は困惑する。

 確かに春久は無双の武者である。

 だが刀一本で3人の人間を一度に斬り伏せることなど、いくらなんでもできただろうか。

 力自慢の夏久でもできるかどうか……。


「おい」


「!」


 夏久の顔のすぐ横を、春久の投げた抜き身の脇差しが通りぬけた。


「ぎょぺっ……!」


 その脇差しを顔面で受け止めた敵兵が倒れる。


「っと……! すまねえ兄者」


「ぼさっとするなよ」


 春久は夏久を追い抜いて、ひとり、前へまえへと進む。


「ぐぎゃあああ!」


「うわあああ!」


「弱い。弱いぞ貴様ら!」


 斬っては刀を取り換えて、春久は血の海を進む。


「兄者……」


 その後ろ姿に、夏久は言い様のない不安を覚えた。


「どうした夏! 続け!」


「お、おう!」


 夏久も負けじと槍を振るうが、春久は夏久に倍する勢いで死体の山を築き上げていった。


「クックック……ハァーッハッハッハ!」


 返り血に塗れた春久は、頬に付着したそれを舐めとりながら、哄笑した。


「ば、化け物だ……」


「鬼神……」


 誰かが、呟いた。

 まさに、その姿、その所業、その強さ、鬼神の如く。


「どうした! 終わりかっ!?」


「む、無理だ。勝てるわけねぇ……」


「ひぃぃ! おっかぁぁぁ!」


「し、死にたくねええ!」


 その凄惨なる光景を前に、大友の兵はひとり、またひとりと背を向けて逃げ出していく。


「こ、こら逃げるな貴様ら!」


 大友の将兵が叱咤するが、一度ついた流れは変えられなかった。


 大友の兵は数が多くとも、そのほとんどが農民から徴兵された農民兵である。

 確かな“死”を目の当たりにして、逃げずにいられるほど戦い慣れしていなかったのだ。


「くっく。歩きやすくなった」


 そうして春久は進んでいく。

 敵陣の奥へ、一歩。また一歩。


「もうすぐだ。もうすぐ会えるぞ……棗」


 春久は誰にともなく、呟きを漏らした。


________________________________________


「大友宗鱗が討たれただと!?」


「馬鹿なッ!? 早すぎる!」


 柊家の評定は、ある一報により大荒れを見せた。


 大友家当主、大友宗鱗、討死。


 大友家よりの援軍要請があってから、僅か数日後のこと。

 柊では要請に応え、援軍をまさに発たせようとした矢先の出来事であった。


「……」


 柊家当主、柊 源之丞は難しい顔で沈黙する。


「源之丞様、いかがなされます」


 家臣の一人にせっつかれ、源之丞は重い口を開く。


「援軍はなしだ」


「で、ありましょうな」


「やむを得なかろう……宗麟が死んでは……」


 次に攻められるのはここ、長門国である。

 守りを固めるに、いくら兵がいても足りないほどだ。

 潰れ行く国に兵を送る余裕などなかった。


「……義月様をお呼びしろ。報告と……意見を求めてぇ」


「!? なんですと!?」


「まだぶつかってもおらぬというに、弱気がすぎるのではないか?」


 源之丞の提案に、家臣達から反発の声が上がる。


「嫌な感じがしやがる。ついこの間まで硬直していた戦がこうも一方的に進むたぁ……普通じゃ考えられねぇ」


「それは……そうですが」


「確かに、おかしな話じゃ」


 源之丞の言葉に、家臣たちは納得まではいかずとも、一定の理解を示す。


「しかし将軍様の手を……これほど早く煩わせるとは……柊の名折れでは」


「黙っていて馬鹿を見るよりゃよっぽどいいだろ」


 源之丞の決断に、最終的には全ての家臣が同意した。


「……肌がヒリつきやがる」


 源之丞は込み上がる不吉な予感に、嫌な汗を流した。


________________________________________


「義月様!」


「ん?」


 ある日の午後。

 いつものように練武場のひとつを借り切って鍛錬をしていた俺達。

 そんな中、入り口の引戸がおもむろに荒々しく開かれ、人の少ない練武場に義月を呼ぶ声が強く響いた。


 木刀を手に俺と対峙していたナツメ。

 それを座りながら見てあれこれと口を出していた義月。

 そして俺、3人の視線が声の主に集中する。


 俺の見たことのない、身なりの良い男が一人、入り口で頭を下げた。


「ふむ……しばし待て」


 義月は正座から立ち上がり、入り口の男に歩み寄る。

 そして二言、三言話してから、こちらへ声を張り上げた。


「しばし空ける! 励めよ!」


 そう言って義月は、男と共に練武場を後にした。


「……なんだ?」


「あれは家臣の一人だ。義月様を呼びに来るとは、只事ではないな……」


 ナツメは木刀を下ろし、すでに閉じられた入り口をじっと見つめていた。


「……何だか嫌な予感がするぜ」


「やめろ……竜輔殿の予感は当たりすぎる」


 そんな軽口を交わしながらも、俺とナツメはしばらくの間、稽古を再開できないでいたのだった。


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