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どらごん・ぐるーむ  作者: 雪見 夜昼
<東方の章>
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第66話 雷上動弓

 柊家の広間。

 源さんがどこからか持ってきた横に長い漆塗りの箱。

 源さんが蓋に手を掛けるのを、俺たちは固唾を飲んで見守った。


 帝ちゃんが御三家にそれぞれ預けているという、3種の神具。


「これが3種の神具のひとつ、『雷上動弓(ライジョウドウキュウ)』だ」


『おおお~!』


 蓋の開かれた箱に中に寝かされた、1(はり)の和弓。

 色は漆黒。2メートルほどの美しく湾曲した弓は不思議な光沢を放ち、一見シンプルでありながら至高と言いたくなるような造形美を持っている。


 そして(つる)

 通常、和弓の弦といえば麻などの植物を束ねたものが使われる。

 しかしこの『雷上動弓』の弦は、さながらピアノ線の如く1本の線にしか見えない。この1本の弦に一体どれほどの剛性があるのだろうか。

 弦の真ん中より少し下のあたりには、矢を引っ掛けるための中仕掛という部分がある。


 最後に『雷上動弓』と共に箱へ収められているのは、弓と対になる弓懸(ゆがけ)

 弓を引く際に指を保護するための、手袋のような道具だ。

 右手の親指、人差し指、中指の3本の指だけを覆うようになっている。

 この弓懸もまた黒い素材で作られていた。

 ざらざらとした表面から何か皮のような素材だと思われるが、詳細は不明だ。


「すご、すごいです! 上手く言えませんが……なんかすごいです!」


 ラティが珍しくも興奮した様子で、尻尾の毛を逆立てている。

 弓を使う者として、何か思うところがあるのだろうか。


「ミッドガルドの弓とは形状が違うのじゃな。それに大きい」


 ふむふむと、ニナは興味深げに観察している。


「普通の和弓とも少し違うような……何でできてるんだ?」


「さてな。龍神様の骨と(ひげ)なんて言われちゃいるが、実際のところはどうだか」


 俺の疑問に、源さんが肩をすくめながら答えた。


「龍神? 竜人とは違うのか?」


 こちらの世界に来てから、初めて聞く名だ。

 俺が首を傾げると、後ろで見ていた義月が口を開いた。


「太古の昔に存在したと言われる神々だ」


「ジパングでは今でも守護神として(まつ)っている(やしろ)も珍しくないのですよ。柊城の中にも小さな社がありますし」


「拙者たちジパング人にとっては、ミッドガルドで信仰される十天神よりも身近な神だな」


「りゅーじんはとってもえらいのだー!」


 ナズナ、ナツメの補足に、帝ちゃんも声を上げる。

 ジパングでは普通に信仰されている神様のようだ。

 ミッドガルドの十天神のように、実際にどこかにいたりするのだろうか。


「で、この『雷上動弓』だが……こいつがとんだじゃじゃ馬でな」


 顰め面でガリガリと頭を掻く源さん。


「気に入ったヤツにしか弦を引かせねぇんだ、これが」


「えっ、それは……弓に意思があるってことですか?」


 ラティが驚いて質問すると、源さんは曖昧に頷いた。


「と、俺の爺さんは言っていた。それどころか弓と話しができるとまで言ってやがった。まあボケてたのかもしれねぇが……しかし実際のところ」


 源さんはおもむろに『雷上動弓』と弓懸(ゆがけ)を手にとった。

 そして弓懸(ゆがけ)を手にはめると、架空の矢をつがえるように構えをとる。


「ふっ……!」


 源さんの鍛え上げた肉体が、呼気と共に膨れ上がる。

 重厚な筋肉が『雷上動弓』を我が物にせんと、ミシリミシリと軋みを上げた。


「っぬうぅん……!」


 源さんが満身の力を込めていることは、額に浮き上がる血管や汗を見ても明白だ。


 しかし――雷上動弓の弦は、ピクリとも動こうとしなかった。


 僅かの歪みもない、真っ直ぐな弦は、まるで引かれるのを拒むかのように沈黙している。


「……かっ! やっぱり駄目か!」


 全身の力を抜き、源さんは大きく息を吐いた。


「このとおりよ。俺ぁ実際にこいつが射られるところを見たことがねえ」


 なんだそりゃ……たわみもしないとか、どうなってるんだ?


「話す弓……ハッ! エレメンツィアと一緒じゃな!?」


 ニナが布に包まれたエレメンツィアを掲げる。


「あん? 竜の嬢ちゃんの鎌がどうしたって?」


「ふっふっふ。なんとこのエレメンツィア……喋るのじゃ!」


 ババーン!

 と、胸を張るニナ。


「……へえ。そうかい」

「まあ。すごいですねぇ」


 源さんとナズナが、ニナを生暖かい目で見た。

 ナズナに至っては、ニナの頭をなでりこなでりこと撫ではじめた。

 全然信じてなかった。


「!? ほ、本当じゃ! ええい、エレメンツィア!」


「……はい。主」


『!?』


 久しぶりに姿を現す、大鎌の精霊、エレメンツィア。

 大鎌(ほんたい)を手にしたその白い姿を目にしたジパング勢が、身構える。


「どこから……!? いえ、気の流れが人間ではない……まさか神霊の類ですか!?」


「付喪神、ってやつか? こいつぁ珍しいもんを見たぜ」


「……ヒトになるとは。神具とは思っていたが『クサナギ』とは違うな」


 義月の言葉に、今度はナツメが慌てる。


「神具!? 義月様、エレメンツィア――この大鎌は神具なのですか!?」


「我らの言葉で言えばな」


「そうなのか?」


 ニナに聞かれ、エレメンツィアは静かに頷く。


「同系統の武器である、という意味ではそうでしょう。彼らも私と同じ、いわゆる精霊武器というものです。ただしこの神具と呼ばれる精霊武器は私よりも遥か古くに造られたもの。まったく異なるコンセプトに基づいて製造されています」


「ほう。興味がある。我が国の神具について、是非聞かせてほしい。『クサナギ』は多くを語らんのでな」


 義月が促すと、エレメンツィアは話しを続けた。


「私の場合、ほとんど持ち主を選ばず、最悪の場合は単独でも戦闘行為を可能とするように設計されています」


 確かに、エレメンツィアは使おうと思えば誰でも使える。俺も振るったことがあるからな。

 そして魔力さえあれば、こうしてヒトガタをとって単独行動をすることが可能だ。


「対して、この精霊武器――神具は高い性能を持つ一方で、強力な持ち手をなくしてはその能力を発揮できないように設計されています」


「強力な持ち手、ですか? でも、ゲンノジョーさんも見るからに強力ですけど……」


 ラティが、源さんの見事な肉体美を見ながら言う。


「腕力の問題ではありません。私の場合、魔力という比較的運用が容易なエネルギーを動力としていますが、この精霊武器は恐らく初期の波動型動力機構を搭載しているのでしょう。ですから、この武器と波長の一致する波動の持ち主ならば、弓を引くことができるはずです」


 全員の頭上にハテナマークが浮かんだ。


「な、なんじゃ? その、ハドウなんちゃらいうのは」


「強力な波動を動力源とするエネルギー変換装置……と言っても分かりませんか……」


 エレメンツィアは少し考え込むように沈黙した。

 そして再び口を開く。


「……簡単に言えば、武器と使い手の相性がよくなければ、この武器は力を発揮しないということです」


「……結局、使い手を選ぶってこったな」


 源さんが諦めたように呟いた。


「はいはいはい! わらわも引いてみたいぞ!」


 好奇心旺盛なニナが、手を上げながら主張する


「……主。私よりもその弓のほういいと言うのですか」


「えっ!?」


「私の方が最新式のモデルです。そのような骨董品を選ぶというのですか」


「い、いや、そうではないのじゃが……ちょっと引いてみたいなって……」


「……そうですか。ならば好きになさるとよいでしょう」


 ぷいっと明後日の方向に顔をそむけるエレメンツィア。

 やだ……この子妬いてる……かわいい。


「や、やめた。やめたのじゃ。わらわにはエレメンツィアがいるからな。そ、そうじゃ、ラティが引けばよい。うむ、それがよい」


「ええっ!? わた、私ですか!?」


 矛先を向けられて、ラティが慌てふためく。


「た、確かにちょっとやってみたいなー、なんて思ったりもしちゃったりも……あっ! いや! ダメならいいんです! ホント、すいません!」


 謝ることないだろ……。


「いいぜ、猫の嬢ちゃん。やりたいのならやってみな」


「よろしいんですか!? わっ、わっ。思ったより軽いんですね」


 『雷上動弓』を手渡されたラティが、びくびくとその感触を確かめる。

 弓懸(ゆがけ)を着けると、おそるおそる弦に指をかけた。


「……えいっ!」


 可愛らしいかけ声とともに、思い切り弦を引っ張る。


「……っ……こ、れ、は……!」


 ぷるぷると腕を震わせて、必死に力を込めているようだが……。


「…………はあっ! だ、だめでした……」


 猫耳をぺたんと畳んで、脱力する。

 やはり『雷上動弓』は、引き手にその身を預けることをしなかった。


「まあそう落ち込むな、猫の嬢ちゃん。和弓に興味があるなら、改めて指導してやるからよ」


「ほ、本当ですか? ありがとうございます!」


 へたれた猫耳がぴょこりと立った。

 和弓に興味があったのか。


「ここはやはり、兄上様の出番ですね!」


「えっ」


 ナズナが胸の前で両手を握りしめて、期待を込めて俺を見る。


「わたくし、なんだか兄上様なら引けるような気がするのです」


「そうじゃな。竜輔にできないことなぞきっとないぞ!」


 キラキラ。


 ううっ。無垢な信頼の眼差しがふたつも……眩しい……!


「くっくく。こりゃあ引かないわけにはいかねぇなあ、婿殿」


「……なんだろうな……引けるわけがないとは思うのだが、竜輔殿ならもしかして、とも思ってしまう」


「征夷大将軍たる私にも引けなかった『雷上動弓』……果たして、だな」


「りゅーすけは、やればできる子! がんばれ!」


 ……引くのはいいけど、皆でハードルを上げるのはやめてくれ。


「……はあ。わかったよ……とりあえずやってみるさ」


 ラティから『雷上動弓』を受け取る。

 弓懸(ゆがけ)に指を通し、2,3握って感触を確かめる。

 弦に親指を掛ける。そして、深呼吸。


「すー、はー……よし」


 見よう見まねで弓を構えて――引いた。


「ふんっ……!」


 ……!? なん、だこりゃ……!


「ぐうっ……!」


 全身の筋肉に力を込めて、とにかく引く。


「んがッ!」


 ……こんの野郎。超硬金属ででもできてんのか?

 弓のくせに引けねぇとは太ぇ野郎だ。


「ふぎっ!」


 よーし畜生。動かねぇ。


「あ、兄上様? あの、引けないのなら無理は……」


「無理じゃねぇッ!」


 これはもう、一騎打ちなのだ。

 俺と『雷上動弓』の、誇りを賭けた勝負なのだ!


「っああああ!」


 全身の筋肉がギシギシと悲鳴を上げる。

 泣き言は許さない。ここで生かさなきゃ俺の無駄に膨大な筋力は何のためにあるというのか。


「ひ、ぎぎぎ……」


「……無駄です。腕力で引けるようなものではない」


 エレメンツィアが何か言っている。


「ド畜生ぉぉぉ!」


 汗が吹き出し、頭が白熱する。血管がブチ切れそうだ。

 ギシリとも言わないこの生意気な弓野郎が憎くて仕方ない。


 まだ、まだだ。

 まだ出せる力がある。


「いけー! リュースケー!」


「りゅーすけがんばれー!」


 俺と同じく諦めない、ニナと帝ちゃんの応援に力が湧く。


「ぐ、ぎ、ぎ!」


 あれ、俺なんでこんなに頑張ってるんだっけ。


「う、お、お!」


 それでも無理か。無理なのか。

 いや、諦めるな。足りない力はどこかから持って来ればいい。


 何度も見たはずだ。本来以上の力を発揮するための方法。


 あの、赤い光を――!


「ぐ、がああああッッ!」


『なっ!』


 柊家の驚く声。


 視界が赤く明滅する。体の奥底から、見えない力が噴出した。

 気づけば、弦を引く俺の腕が薄赤く発光している。


「……雑だが、『内錬気(ないれんき)』だ。こんの野郎、見ただけで真似しやがって」


 口調は荒いが、どこか楽しそうな源さんの声。


「兄上様! すごいです!」


「……それでも、です。力をいくら強化しようとも、波長が合わなければ――」


 ――ギシ。


 エレメンツィアの言葉の途中。

 駄々をこねる子供のように動こうとしなかった『雷上動弓』の弦が。


「おっるぁぁぁッッ!!」


 ギリリリリリッ!!


『おおおおっ!!』


 動いた。


「ッ!? そんな馬鹿な!?」


 エレメンツィアの驚愕を置き去りに、


 ギリリリッッ!


 弦のたわみは最大まで広がる。


「ッ!?」


 その瞬間、想像だにしていなかったことが起こる。


「ンだ、コレ……ッ!」


 光の矢だった。

 つがえていないはずの矢が、唐突にそこに現れたのだ。

 矢の形をすら成してすらいないが、弦に掛かって弓に交差する黄金の光の束。


「ッ! 天に放ちなさいッ!」


 スパン! と勢いよく庭側の障子戸を開きながら、エレメンツィアが焦りも露わに俺に言う。


「……ッ、無茶、言うぜッ!」


 俺は力を緩めないよう気をつけながら、必死に体の向きを変え、なんとか光の矛先を蒼天へと定めた。


「っづあッッ!!」


 光を、放つ。

 衝撃と、閃光。

 室内に暴風が吹き荒れ、放たれた光の矢は極光の如き閃光の帯を撒き散らし、雲を突き抜けて天空へと消え去った。


「ッハアッ! ハアッ!」


 俺は荒く息を吐きながら、震える手で落とさないように『雷上動弓』をそっと畳に置いた。

 疲労感に立っているのも煩わしく、俺は畳に仰向けに倒れた。


「…………信じられません。あなたは馬鹿ですか。なんで腕力だけで波動型動力機構が動作するのですか。あなたは馬鹿ですか」


「馬鹿って2回言われた!?」


 エレメンツィアは何か珍妙なものを見る目で俺を見ていた。


「す、すごい……これが『雷上動弓』……」


 ナズナが感動を押し殺すように、光の飛び去った空を眺める。


「ほれ見たことか! リュースケなら引けたじゃろう!」


 ニナが腰に手をあて胸を張る。


「……呆れるが、竜輔殿ならさもありなん、だな」


「相変わらずやることがでたらめというか……」


 ナツメとラティが、苦笑する。


「すごいねーりゅーすけ! 義月でもひけなかったのに!」


「っぐ……! う、うむ。なかなか良い『内錬気』であったな」


 帝ちゃんは無邪気に喜び、義月は微妙に悔しそうだった。


「かっ! ったく、柊家を差し置いて引いちまいやがって……こりゃあもう、本当に婿に来てもらうしかねぇじゃねぇか」


 ナイレンキも使われちまったしな、と、どこか嬉しそうな源さん。

 ナイレンキって何?


「はいっ! 是非! お婿に迎えましょう! そのためには兄上様。『錬気』を本格的に体得するために、特訓ですね!」


「えっ」


 そうして、地獄の日々が始まったのであった。


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