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どらごん・ぐるーむ  作者: 雪見 夜昼
<東方の章>
67/81

第63話 賑やかな旅路

 織田信亜がマリア号へと乗り込んできた翌日。

 征夷大将軍、足利義月公認の入国許可証文の到着を待つ俺たちのもとに、意外な来客があった。


「ん?」


 甲板で野次馬の群れと町並みを眺めて暇を潰している俺の目に飛び込んだのは、群衆をかき分けて前へ出る長身の人影。


 当の足利義月と、その肩に乗る帝ちゃんである。

 義月は武者装束ではないし、帝ちゃんも普通の町人のような恰好をしていたので、一瞬わからなかった。

 足取りは泰然として揺らぎない義月だが、ほんの僅かながら慌ただしいものを感じる。

 それは肩にのる帝ちゃんから発せられる気配なのかもしれない。


「お姉さんお姉さん、ちょっと悪いんだけど――」


「はい?」


 俺は近場にいた船員に声を掛け、港へ足場を渡してもらった。


 足場を渡る義月を待ちながら、密かに嘆息する。


 はてさて。今度は一体どんな厄介事が舞い込んで来たのやら……。


________________________________________


「し、刺客!? 帝に!?」


 漫画だったら目玉が飛び出すほどに驚いて見せたのは、ナツメであった。


 義月と帝ちゃんを船内に招き入れ、彼女らの人払いの願いから、俺とナツメは他に誰もいない船室で話を聞いていた。


「そんなっ!? どこのっ!? だれがっ!? どうしてっ!?」


「落ち着け。あと声がでかい」


 スパン!


 身を乗り出すナツメの頭をはたく。

 人払いした意味がないだろ……。

 まあ、それほどまでに驚くべき事態なのだろうけれども。


「下手人はわかっていない。故に、頼みがあって参った次第だ」


 義月が落ち着いた口調で話す。


「……」


 あの無邪気に明るかった帝ちゃんは、命を狙われたショックか暗く落ち込んでいる。


「……は、はあ、頼み、とは?」


 まだ事態を飲み込めきれていないナツメの問いに、義月が頭を下げた。


「!? よ、義月様!? 何を!」


「私と帝ちゃんを、長門国――柊にて匿ってほしい。ひいては、柊城までの同道を願いたい」


「おねがいします」


 帝ちゃんもぺこりとおじぎした。


「み、帝っ!? そんな、頭をお上げください! そのようなことなら、無論のこと、御三家の名にかけても帝を必ずお守り致します! 当然のことです!」


 とんでもない2人に頭を下げられて、ナツメはあわあわと狼狽する。


「……感謝する」


 断られるとは思っていなかっただろうが、それでも義月はどこかホッっとした様子を見せた。


 しかし帝ちゃんはまだ不安げに、何故か俺のほうをちらちらと見ている。


 ……はあ。

 凄まじい厄介事だ。まだまともにジパングの地を踏んでもいないのに。

 でも、まあ――。


「ちょっと失礼」


 帝ちゃんの両脇に手を入れて、ぐいと持ち上げた。


「!」


 帝ちゃんは驚いたように俺の金の瞳と目を合わせる。

 義月が一瞬腰の刀に手を掛けていたが、俺の顔を見て手を放す。


「俺は厄介事が嫌いだが、友達を見捨てるのはもっと嫌いだ。大丈夫。俺たちは『おともだち』だ。だろ?」


 俺はできるだけ安心させるように、にかっと笑って見せる。

 暗かった帝ちゃんの顔に、じわじわと笑みが浮かんでいった。


「うん!」


 こうして、長門国への旅立ちの準備が整うとともに、新たな道ずれが俺たちに仲間入りしたのであった。


________________________________________


「りゅっ、りゅっ、りゅーすけっはおっともっだちー!」


「……むむぅ」


「うぬぬ……!」


 今度こそ本当にマリア号を離れた俺たち。

 俺、ニナ、ラティ、ナツメに加えて、帝ちゃんと義月は、一路、ナツメの故郷である長門国をめざして旅の道程にある。


 のは、いいのだが……。


「りゅっ、りゅっ、りゅ~」


「ぐぬぬ……!」


「うむむむ……」


「ははは。帝ちゃん、ご、ご機嫌だなー」


 マリア号で「おともだち」と認める発言をしてから、帝ちゃんには一層懐かれてしまい。

 彼女は今、俺に肩車をされて、にこにこと作詞作曲:帝ちゃんの「りゅーすけのうた」を歌っている。


 そしてぐぬぬうむむと唸っているのは、ニナと……義月だ。

 ニナはわかるが、どうも義月のほうも自分のポジションを俺にとられたのではないかと焦っているようだ。


「リュースケさん」


「何だ、ラティ」


「こわいです」


「大丈夫だ。俺も怖い」


「なんとかしてください」


「……」


 ラティは義月という偉くて強そうな人の機嫌が悪いので、とても怯えていた。


「竜輔殿、竜輔殿」


「何だナツメ」


「あそこを歩く行商人……怪しくないだろうか」


「怪しくない」


「しかし……なんだか歩き方が玄人っぽいような……」


「普通だ。怪しくない」


 ナツメはナツメで、帝を守るという使命に燃えて、やたらと周囲を警戒していた。正直鬱陶しい。


「ん、んん! 竜輔?」


 義月がわざとらしい咳払いをしながら俺を呼ぶ。

 帝ちゃんが頭に掴まっているので、あまり首を動かせず視線だけを向ける。

 目が合うと、義月はにこやかに、しかし目は笑わずに言った。


「そろそろ肩が疲れたのではないか? 帝ちゃん? そろそろ私の肩に戻っても――」


「や!」


「(ガーン!!)」


 打ちひしがれた義月が、よろよろと後じさりをする。


「や、やって……帝ちゃんが……やって……」


 胸の前で指をつんつんさせながらいじけ始めてしまった。


「なあ、ラティといったか、聞いてくれ……帝ちゃんはな、こーんな小さい頃から私と一緒にいたんだ。お互いの誕辰(誕生日)にはあんみつを食べてな」


「は、はあ……」


 終いにはラティを相手に輝かりし過去の思い出を語りだしていた。

 旅を始めて判明したことだが、義月は大陸の言葉(ミドリガル)を話すことができた。


「うぬぬぬぬぬ!! リュースケ! ずるいぞ! わらわも肩車! かたぐるまー!」


「やー!」


「やー! ではない! リュースケはわらわの夫じゃぞ!?」


「やあのやあの! りゅーすけはわたしのだもん!」


 帝ちゃんもミドリガルが堪能である。


「うぉのれ小娘。子供と思って見逃しておれば調子に乗りおって! そこになおれ!」


「いてっ!? ニナ、ちょ、何で俺の顔を殴――いてぇ!?」


 大混乱だった。


「だぁー! もう! とりあえずそこの茶屋で休憩! な! 休憩するぞ!」


「ぐぬぬ……その後はわらわが肩車じゃからな!」


「つーん」


「小娘がーー!!」


「竜輔殿、しかしあの茶屋、怪しくないだろうか」


「怪しくねぇよ!!」


 なんかもう鬱陶しいナツメをしばきつつ、茶屋の軒先に腰かけた。

 帝ちゃんをおろして義月の膝の上に乗せてやると、帝ちゃんは不満げだったが義月は満面の笑みを浮かべた。


 立ったままキョロキョロと挙動不審なナツメを再度しばきつつ座らせて、ニナは俺の隣に座らせた。


「リュースケさん、お疲れさまです……」


「……うん」


 ラティのねぎらいを聞きながら、異人に目を丸くするおばちゃんにだんごを注文した。


「あー……必要以上に疲れた。ナツメ、今どのあたりなんだ?」


「そろそろ備後に入ったあたりか。だいたい半分くらいは進んだところだ」


 やっと半分か……

 だんごをつまむ面々を見ながら、俺は気になっていたことを聞いてみることにした。


「ナツメ。御三家ってなんだ? それと“弓の柊”ってどういうことだ?」


 ナツメは口に含んでいただんご飲み込むと、語りだした。


「む、ああ。御三家というのは、ここジパングの3種の神具、『クサナギ』『雷上動弓(ライジョウドウキュウ)』『天之逆矛(アマノサカホコ)』を帝より預かる三つの武家のことだ。柊は『雷上動弓』を預かる家であるから、“弓の柊”と呼ばれている」


「へえ。柊流ってのは剣術じゃなかったのか?」


「いや。柊流には剣術、弓術、柔術の三つの流派があるのだ。拙者は剣の才しかなかった故、弓術と柔術は修めていないがな。しかし……」


 ナツメはそこで口ごもった。


「ん?」


「……いや。“弓の柊”でありながら、肝心の弓術の才を持つ子が今代に生まれなくてな。柔術については天才の妹がいるので心配はしていないのだが。今はまだ父が柊流弓術の師範もしているが、継ぐ者がいなくては、“弓の柊”は返上になるやもしれんな……」


「え? 妹がいるのか? 何歳? 美人?」


「そこだけに食いつくなっ! 結構大変な話をしているのだっ!」


 すいません。


 ナツメのお家事情を聞いている間に、だんごもあらかた片付いた。

 さて、そろそろ再出発なのだが……


「むむ」


「うー」


 ばちばちと火花が散ちそうなほど、ニナと帝ちゃんが睨み合う。


「わ・ら・わ・が! リュースケの肩に乗るのじゃ!」


「や! わたしがのる!」


「むむむむむむ!」


「うーーーーー!」


「み、帝ちゃん? 義月の肩が空いてますよー? 乗り慣れた良い肩ですよー?」


「いらない!」


「ぐはぁっ!?」


 哀れ……義月……。


「よし、わかった、じゃあこうしよう」


 俺は帝ちゃんを持ち上げて、ニナの肩にがしっと乗せた。

 そしてそのニナを持ち上げて、俺の肩に乗せた。


 じゃーん! 三段重ねー!


「おー、たかい」


「まあ……これなら……」


 帝ちゃんはいつもより高い目線に関心を示し、ニナは俺の肩に乗れているので大丈夫のようだ。


「しろいかみのけー。ぴかぴかー」


「こりゃ! ひっぱるでないわ!」


 ……まあじゃれ合っているようだが放っておこう。


「――そう、それで帝ちゃんはそのとき言ったんだ。『おおきくなったらよしつきをおよめさんにしてあげる!』って」


「そ、それはかわいらしいですねえ」


「だろう!?」


 義月はまたラティに絡み始めている。


「竜輔殿、三段重ねはいかがなものか。少し目立ちすぎではないか?」


「それは今更だろう……」


 マリア号を出てからは、常に奇異の視線にさらされている。

 というか、大陸でもそうだったけど。

 今更こそこそしても仕方ない。


「むっ、あの男……さっきからこちらを見て――」


「――帝ちゃんと2人で義海のおかずに唐辛子を混ぜたときはな――」


「わ、わー。そうなんですかー」


「竜輔殿、あの男が――」


「うっさい! ただの通行人だ!」


 そんなこんなで、どたばたと。

 俺たちは長門国への道程を、賑やかに踏破していくのだった。


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