第61話 おともだち
間が空いたのでこれまでのあらすじ。
気が向いたら読んでね。
≪主要登場人物≫
【法龍院 竜輔】
主人公。17歳。日本人。黒髪で金色の瞳。高い身体能力を持つが、誤魔化して適当に生きていた。
異世界に召喚されることで、身体能力を生かす機会に恵まれる。
基本的に面倒臭がりだが、美人や美少女からの頼みごとは嫌々ながらも極力断らない。
それでも最終的には自分の思ったとおりに行動する。
一人称は『俺』。
【ニナ・ベラ・アドルフィーネ・エルメントラウト・リア・ミュリエル・ヴィオラ・ナターシャ・フィオーナ・フィロメーラ・ルイースヒェン・ヴェロニカ・フォン・ヴァイス・ドラッケンレイ】
白竜城の第3王女。15歳。白竜人。竜輔の婚約者。名前が長い。背中まで伸びる白金の髪と黄金の瞳。背は低めで胸は結構ある。
わがままでおてんば。ただし良い意味でアホなので大したわがままは言わない。
自分が有利なときは調子に乗るが、相手が強いとビビリになる。旅を通して少しは成長している……のか?
竜輔のことをこの世の誰よりも信頼している。
一人称は『わらわ』。
【ラティ】
ネコミミとネコ尻尾を持つ獣人。23歳女性。ベラール族族長の娘。茶色い毛並みで髪は首丈。胸は大き目。
臆病なところが前面に出ているが、決して仲間を見捨てない強い心も持ち合わせている。
戦闘能力はさほど高くないが、弓の腕は超一流。3本の矢を別々の標的に同時に命中させることも可能。
でもやっぱり基本ビビリである。
最近の悩みはマリアのセクハラ。
一人称は『私』。
【柊 棗】
黒髪ポニーテールのジパング人。23歳女性。長門国を治める柊家の長女。ラティの親友。サムライ。胸は残念。
Aランカーの凄腕冒険者。基本的には常識的な人物だが、好戦的なところがあり、強者との戦いを好む。
柊流の剣術において宗家の師範代であり、白兵戦においては世界的に見ても有数の実力者である。
やや天然ボケのふしがある。
一人称は『拙者』。
≪あらすじ≫
日本の高校生、法龍院 竜輔は高い身体能力を持ちつつも、普通の高校生活を送っていた。
しかし自宅の蔵にあった謎の魔法陣の光に呑まれ、気づけば異世界、ミッドガルドに召喚されていた。
<竜鱗の章>
白竜城第3王女ニナ・ベラ・【中略】フォン・ヴァイス・ドラッケンレイに気に入られた竜輔は、ニナの魂の伴侶となった。
そして魂の契約でパワーアップというズルもあり(なくても勝てるけど)、彼女の婚約者を決闘で倒し、新たな婚約者となる。
酒に酔った勢いで魔王の娘討伐を誓った竜輔は、ニナを道づれに嫌々旅立つのだった。
手始めに、ネコミミをもふもふした。
旅の途中、水の都である蒼竜城の城下町で怪盗シュピーゲルっていう全身タイツの変態蒼竜人をやっつけたりした。
賞金もらった。
<人魔の章>
人間の盟主国、神聖ヴァルハラ皇国を訪れた竜輔とニナは、路地裏で襲われていた少女を助ける。
そしてナンパした。
しかしその少女はなんと現人神と謳われる姫巫女、キルシマイアであった。
彼女いわく救世主の竜輔は、魔法の特訓中、キルシマイアのお茶目なドジで、オーバーSランク――災害級の魔物であるガルムと遭遇する。
辛くも自らの魔法『暴食』によりガルムを撃退した竜輔は、また酒に酔った勢いで魔王討伐を宣言。しかも神聖皇帝相手に。
やむなく竜輔は、泣く泣く国境の中立都市ラトーニュへと旅立つのだった。
中立の街ラトーニュで、竜輔とニナは、旅のはじめに出会ったネコミミさんこと獣人のラティと運命的な再会を果たす。
そしてラティの友人兼護衛のジパング人、柊 棗とも友誼を結ぶこととなる。
意気投合した4人は、協力して再登場の変態タイツ、怪盗シュピーゲールことマルティナを撃破。
しかし盗賊退治も束の間、何故か巨大な肉食系恐竜ティラノ(命名竜輔)に襲われる一行。
ナツメの活躍でティラノを見事真っ二つに。
だがそんな彼らを見つめる怪しい影がそこにはあるのだった。ぶっちゃけ魔王の娘だった。
強さを見込まれたナツメは、魔王の娘であり、魔国最強の将、魔人四魔将軍の力将、ガルデニシアに決闘を申し込まれる。
ナツメはフルボッコにされてしまうが、竜輔が間に入り一命を取り留める。
しかし竜輔と戦いたいガルデニシアの(というか知将ベリアルの適当な)策略によって、今度はニナが誘拐されてしまう。
キレた竜輔は魔導要塞ヴァルガノスに殴り込む。
ガルデニシアをフルボッコにした竜輔は、魔国の報復を恐れて、新たな仲間、大鎌の精霊エレメンツィアを伴い、一路ラティの故郷、西のチコメコ・アトル大森林を目指すのだった。
<樹林の章>
チコメコ・アトル大森林で、ラティの道案内によって見事に遭難した一行は、キツネミミの一族、ルナール族と出会う。
謎のロボを撃退し幼女につばをつけた竜輔は、今度こそラティの故郷であるベラール族の村へと向かうのだった。
意外と発展していたベラール族の村に着いた一行は、ラティの父ナラシンハ(見た目少年)、母アミーシャと出会う。
歓談の最中轟く謎の奇音。態度の一変した村の衆に異変を察知した竜輔は、事情を無理矢理問いただす。
テオトル山にいるという堕ちた神の話。そしてラティが生贄にされると聞き、竜輔、ニナ、ナツメは神の打倒を決意する。
はじめての自分より強い相手に苦戦を強いられた竜輔と仲間たちだったが、激戦の末に堕神シヴァを追い詰める。
しかし突如現れた十天神の一柱、運命神フォルトゥナによって、シヴァの身柄は引き取られるのであった。
大騒動も一段落した一行は、折れたナツメの刀を新調するため、遥か東方、隔絶の離島ジパングを目指し、旅立つのだった。
<断章>
なんやかんやと竜輔たちが活躍しているころ、各国では各々権謀術数が渦巻いていた。
魔国の魔城では、地下に凍結された『殺すことのできない怪物』が封印されていた。魔王は一体何を企んでいるのだろうか。
人間の国、神聖ヴァルハラ帝国では、魔人四魔将軍を倒したという『黒金の男』が話題になり、演劇として流行していた。
竜の都ドラッケンレイ。白竜城でも『黒金の男』について話題になり、竜輔ではないかとまことしやかに囁かれていた。
<海流の章>
ジパングへ渡るため、港湾都市ポスクェへと到着した竜輔たち。
怪しい情報屋に騙されたり、荒くれものと腕相撲をしたりして、自称海賊である十二竜騎士のひとり。Sランク冒険者でもあるロサ・マリア・デ・ロス・アンヘレスと出会う。
彼女の船に同乗し、ジパングへ向けて航路をとるのだった。
海の旅も序盤から、竜輔とニナを空飛ぶ船で追ってきた、白竜城の第2王女にして十二竜騎士筆頭、そしてSランク冒険者であるオーレリア・フォン・ヴァイス・ドラッケンレイによって大荒れに荒れる。
しかしついに現れた海獣、クラーケンによって、舞台はさらなる混乱の坩堝と化す。
たまたまオーレリアと共にあった『勇者』オーフェスも合わせて、Sランク冒険者3人、そして竜輔の4人でクラーケンを撃破。
交渉によりジパング行きを許された竜輔一行は、穏やかになった海をジパングへ向けて進むのだった。
<東方の章>
その頃ジパングでは、各地で戦が相次ぎ、群雄割拠の戦国時代へ突入しようとしていた。
九州南西部から徐々に勢力を広げており、何やらナツメとも因縁がありそうな、鬼人族の島津家。
どこか能天気な帝ちゃんと征夷大将軍、足利義月。
帝の暗殺を企む、すちゃらか武家、織田。
その他有象無象の勢力が渦巻く中、竜輔たちはいかなる物語を紡ぐことになるのだろうか。
船から港へ降りた俺たち4人に対して、民衆は磁石の同極を近づけるかの如く距離をとった。
「……ますます警戒されているような気がします」
「拙者は普通にジパング人なのだが……」
文字通り極端な反応に、ラティとナツメが気まずそうに呻く。
背後、船の甲板を見上げれば、にこやかに手を振るマリアと船員たち。
ぶんぶんと満面の笑みで手を振りかえすニナを横目に、ふと思う。
「そういえば……」
「む。どうした、竜輔殿」
「俺たち勝手に降りてるけど、いいのか? 入国許可的なものとか」
「……」
「……」
「(ぶんぶん)」
ナツメとラティが黙り込み、ニナは無邪気に手を振っていた。
甲板のマリアは、ひたすらにこやかに俺たちを見守る。
「誰も何も考えてないっ!」
俺も含めて。
……頭を抱えた。
ほとんどミッドガルドと隔絶した離島であるジパングには、外国人の入国を制限するような決まり事はない可能性もある。
だからといって、怪しい「異人」がうろついていれば、行く先々で職務質問じみた扱いを受けたり、面倒事が起きたりすることは確実だろう。
できることなら、見せるだけでそれらを解決できる、入国許可証的なものを入手したいところだ。
「おお。何やら慌ただしいのが来たぞ!」
手を振るのをやめたニナが、はじめてのジパングにはしゃぐまま、見物人の方向を指差した。
見れば、強面の男がひとり、群衆を掻き分けてこちらへ向かっている。
「げっ。まさか取り締り的な何かじゃ……」
「……の、ようだ」
「ええっ。それってまずいんじゃ……」
「妙な頭じゃな」
自警団か役人あたりとおぼしき男は、『まげ』を結った頭部を、おそらく怒りに赤くしていた。
男が野次馬の壁を抜ける。
そうして口を開き、こちらへ声を張り上げようとしたところで――
群衆の最前列で、男の肩に手をのせる長髪の女がいた。
苛ついた表情のまま振り返った男が、ぎょっとした様子で一歩下がる。
場違いなことに、重厚な黒い武者装束を着込んだ女がいた。
腰には長めの太刀を佩用しており、野次馬の中でも一際異彩を放っている。
「……マジか」
あれほど目立つ存在に、今この瞬間まで気づかなかった。
存在感がない、というわけではない。気づいた今となっては、やはり派手だし、一番目に付く。
ただ、そう、なんというか……自然だった。
彼女の雰囲気が、周囲の空気に違和感なく同化している。
ものものしい恰好なのに、殺伐としたものを感じさせない。
「……!?」
そんな女を見て、ナツメはなにやら言葉も出ないほど驚愕しているようだ。
よく見ると、額に汗の玉まで浮かべている。
ラティがナツメの尋常でない驚きように若干引きつつ、質問する。
「えっと……お知り合いですか?」
「む……し、知り合いというか……何故ここに……肩に乗っているのは……いやまさか……それはさすがに……」
微妙な返答。ナツメは目を泳がせながら、思考の海に潜ってしまった。
「確かに肩に女の子が乗っていますが……」
「リュースケ! わらわもあれやりたい!」
「後でな」
ぶーぶー言いだしたニナは後で宥めるとして。
武者装束の女の肩に、藍色の豪奢な着物を纏う少女が腰かけていた。
一般的な肩車ではなく、左肩にのみ尻を置いている。
それを女が左手だけで支えていた。
あれでは左右のバランスがかなり崩れるはずなのだが、女武者は綺麗な姿勢で直立している。
そして少女が、役人か何かと思われる男に対して、無邪気な笑顔で何かを話す。
一生懸命、身ぶり手ぶり説明するさまが、見ていてとても微笑ましい。
困惑を見せる男だったが、続いて女武者が二言、三言、口を開くと、慌てたそぶりで繰り返し頭を下げはじめた。
女武者がそれを止めて、あっちへいけと顎を揺らす。
せかせかと歩き去る男の背を見ながら、ラティがナツメに続いて汗を滲ませながら言った。
「あの……取り締まりの方を顎であしらってますけど……」
「ああ。ナツメの反応と併せて考えると……」
「考えると?」
「どうも偉い人のようだな」
「やっぱりそうですよね!」
ネコミミと尻尾をピン! と立たせながら、ラティが同意した。
ナツメに詳細を問いただす間もなく。
遠巻きに見守る民衆から離れて、少女を肩に乗せたまま、女武者がゆっくりとこちらへ歩いて来た。
そして警戒心からだろうか、声は届くが会話をするにはやや離れた場所で、女は立ち止まった。
そうして近くで見ると、女武者より肩の少女の奇異さに目が行く。
十二単にも見える分厚い着物は、素人目にも高級品で、明らかに外出用のものではない。
というか、裾が長すぎて地に足をついて歩くことすら難しいだろう。
同じく、自分の足で立てば地につきそうなほど長い、艶やかな黒い髪は、しかし癖なのかところどころでぴょこぴょこと外にハネている。
「ほう、見知った者がいるな。確か……」
女武者のほうもやはり知っているようで、ナツメを見ると意外そうな声を上げた。
ちなみにジパング語で発せられた言葉なので、ニナとラティには通じていない。
「ひ、久方ぶりにお目にかかります! 柊の長女、棗でございます!」
しゃきっと背筋を伸ばし、ナツメが強張った表情でやや硬い挨拶をした。
「おお! 『弓の』柊の棗か! 覚えているぞ。女だてらに素晴らしい剣才を持っていた。腕は鈍っていないか?」
「はっ! 無論です!」
「はっはっは! 無論か、そうか。『柊』の者に、愚問だったな」
談笑を始めてしまった。
しかし『弓の』柊……? 『剣の』ではなく?
……まあ、そのことは今はいいだろう。
ラティは何を話しているのか気が気でないようで、各人の間で視線を彷徨わせている。
ニナは武者装束や少女の着物が気になるのか、興味深げに観察していた。
「大陸のひとだー」
肩の少女は大きな瞳をキラキラと輝かせて、その2人――主にラティのネコミミや、ニナの見事なプラチナブロンドを見つめていた。
確かにジパング人からすれば、真っ先に目がいくところだろう。
「あー、ナツメ?」
そろそろ紹介してほしい。
「あ、ああ、すまない」
声をかけると、はっとして様子でナツメがこちらに顔を向ける。
「それで、この人たちは? 見るからに只者じゃないけど」
「ほう、わかるか」
女武者がこちらに笑みを向けた。
まあ……服装からして只者でないのは誰でもわかる。
「う、うむ……竜輔殿、失礼のないようにな……」
その言い様も失礼だな。
「わかってるよ。明らかに、マリアやオーレリアと比べても見劣りしない」
「うむ、恐ろしいほどの――」
「ああ。恐ろしいほどの美人だな」
ナツメが脱力した。
「違うっ!」
「ん? 違う?」
女武者がにこりと笑ってナツメを見た。
「あっ! いいいいやっ! ちがっ、違くはない! たたた、確かに美人ではあるのだが! 恐ろしいほどの使い手だということだ!」
「あ、そうなの。ふーん」
「どうでもよさそう!?」
どうでもいいということはないが……。
「……こ、この方はだな……」
そこでナツメは、女武者にチラリと視線を向けた。
女武者が頷くと、続きを口にする。
「足利将軍家の当主、足利義月様であらせられる」
……ん?
「将軍家の当主ってことは」
「……帝直轄の令外官――征夷大将軍を拝命しておられるお方だ」
「私のことは気軽に義月と呼んでくれ。呼び捨てでも構わないぞ。まあ、本当に呼び捨てる奴は少ないが」
将軍様は、凛々しくもにこやかに言った。
「……それは、それは。俺は法龍院竜輔と言います」
どえらい大物が出てきたものである。
しかもやたらフランクだ。
征夷大将軍と言えば、ジパングで遭遇しうる、ほとんど最高の権力者と思っていいだろう。
それが女性とはなおのこと驚きだ。
彼女より立場が上なのは、それこそ帝くらいのものである。
「義月様は、たびたび柊の道場に稽古に来ておられたのでな……頻繁ではないが、幼少のみぎりよりの交流がある」
「なるほど……。こっちの2人はニナとラティ。挨拶なしで申し訳ありませんが、ジパング語がわかりませんので」
「わかっている。気にしなくていい」
寛大そうな人でとりあえず安心である。
しかし、足利将軍家ということは、日本でいえば室町幕府か……。
室町時代といえば、その末期には戦国時代に突入している。
九州では戦争やってるみたいだしなあ。
厄介事センサーに反応が……。
い、いや、考え過ぎだろう。たまたま足利氏が一致しただけかもしれない。
「して、義月様。何故ここに……? 肩の少女は一体……」
その肩上の少女は、相変わらず好奇心旺盛な目で俺たちを――というかラティとニナを見ていた。
「うむ。ここに来たのは単なる大陸船見物だ。この方は……わけあって詳しくは明かせないが、やんごとなき身分のお方だ」
「やんごとないぞー!」
自分の話に反応し、肩の少女が小さな拳を振り上げて言った。
征夷大将軍が敬意を持って接しているところからして、相当な身分の持ち主なのは間違いないと思われる。というか肩に乗っているし。
「名前は……帝ちゃんだ!」
「帝ちゃんだぞー!」
「隠す気ねぇだろ!?」
つい、全力でつっこみを入れてしまった。
というか、名前なのかそれは?
「…………」
ナツメは驚きすぎたのか、魂が抜けたように固まっている。
帝、ね。
目を向けると、俺の視線と「帝ちゃん」の視線がはじめて重なった。
すぐにラティのネコミミへと逸らされた目が、
「…………あっ!」
二度見をするように、俺の方へと戻された。
帝ちゃんがくりくりと大きな目を見開く。
そして俺の事を指差すと――叫んだ。
「あっ……あーーーーーーーーーーっ!!」
叫ぶと同時、ぴょんこと飛び降りようとした帝ちゃんの腰を、義月が焦りながらも空中で掴まえた。
「おっ!? ちょ、帝ちゃん! 危ないぞ!」
「め! よくみせて!」
「み、帝ちゃん?」
義月の諌めも耳に届いていない。
帝ちゃんは空中で掴まれたまま、俺に向かってバタバタと小さな手のひらを伸ばした。
ニナとラティは話の流れがわからないので、目を点にして首を傾げている。
いや、わかっても謎だけど……。
「そんなに俺の目が気になるか?」
俺のいた「日本」ならともかく――いや、そうであったとしても、ここまでの反応は珍しい。
金色ということなら、ニナと大差ないのだが。
むしろ髪色からして、ニナのほうがジパング人の目に映えるだろう。
「竜輔、といったか、すまないが」
「みせて!」
「……まあいいけど」
義月と帝ちゃんに歩み寄る。
ちくり、と、義月の視線が俺に突き刺さった。
あれ……なんか怖い。
特に睨まれているわけでもないのだが。
いくらフランクでも、将軍様か……。
帝(?)に近づく者に警戒はしているようだ。
義月は長身で、彼女に抱えられた帝ちゃんに視線を合わせるのには、ほんの少し膝を折るだけで事足りた。
がっし。
「おうふ……」
小さな手のひらが、俺の両頬をしっかりと押さえる。
黒の瞳が、俺の黄金の瞳を覗き込んだ。
「(じー)」
「……」
「(じじー)」
「……」
なにこれ……。
謎の沈黙の最中、背後からは仲間たちのひそひそ話が聞こえてくる。
「(やっぱり……リュースケさんって……)」
「(いや、さすがにこれは……ルナール族のルナよりも幼いぞ……?)」
「(むむむ……)」
おいこら。
たっぷり10秒ほど、俺と目を合わせていた帝ちゃん。
そして唐突に、花が綻ぶような満面の笑みを見せた。
「おともだち!」
「はい?」
「おともだちっ!」
帝ちゃんは嬉しそうに俺の頬をもてあそんだ。
「「お、おともだち……?」」
奇しくも、俺と義月の発言が重なった。
「それはどういう……ん?」
一瞬のことだった。
この距離でも見落としかける程に、刹那の時間。
俺を見つめる少女の瞳が。
――金色の光彩を、放った気がした。
「っ!?」
穴が開くほど凝視する。
しかしいくら視線を交わしても、彼女の澄んだ黒瞳に黄金はなかった。
「いまのは――」
「帝ちゃん。さすがに人目が増えてきた」
「うん。じゃあ、あんみつ食べにいこう!」
「よーし。ならば君たち、あんみつだ!」
「……えー……」
俺の当惑をよそに、彼女らはくるりと踵を返すのだった。
________________________________________
京都近郊のとある宿場街。
その中でも一際目立つ高級宿の二階。
露台のような場所から、扇子片手に、賑わう街を見下ろす女がいた。
織田信亜。
知る人が見れば、「何故ここに」と言わざるを得ないだろう。
場違いすぎる織田家女当主は、常と変らぬ不敵な笑みを湛えたまま背後――室内へ向けて声をかけた。
「遅かったなハンゾー」
「……御意」
いつからなのか。音も立てずに、影が佇む。
服部半蔵は、そこにいた。
信亜の凄みある声音に、膝を折った半蔵が、それとわからぬほど微かに声を震わせる。
「責めているわけではない。だが、その様子だと」
にやりと。
実に、嬉しそうに口の端を持ち上げながら、信亜が看破する。
「失敗か」
「…………御意」
目を伏せて、感情を押し殺すように、半蔵が肯定を返した。
「失敗か……ふはっ! そうか失敗か……ふはは! 果たしてお前では無理か!」
扇子で口元を塞ぎ、溢れ出す哄笑を押し留める信亜。
「ふふ……やはりな。足利義月と神器“クサナギ”。そして帝を弑せるのは、オレとこの“ムラマサ”だけかよ」
そして愛犬を愛でるように、腰に佩いた愛刀を撫でる。
やや古めかしく反りの深いその太刀は、しかし新品同然の黒鞘に納められ、抜かれるのを心待つかのごとく、異様な気配を放っていた。
「……」
ふと、無口無表情な半蔵から、僅か漏れる感情を信亜は読み取る。
「ん? なんだ納得がいかなそうだな」
「今回は……偶然」
「偶然とな。ほう。偶然」
ぱちん。と扇子を閉じる信亜。
半蔵はびくりと身を揺らす。
「おっと、怒ってない怒ってない。とにかく話してみるがいい。光彦っ。みつひこー!」
隣室にいる重臣――明智光彦を呼び寄せながら、信亜は露台から室内へと戻る。
「みーつーひーこー!」
「あーはいはいはいはい……ここにいますよっと……」
がらりと出入り口の襖が開き、頭をがりがりと掻きながら光彦が入室する。
ずかずかと畳を踏み進む光彦の袖を、くいくいと半蔵が引っ張った。
「うおっ!? い、いたのか半蔵。いつになく気配が薄いな……まるで忍者だ、なんて」
「……(しゅーん)」
「あーあー。落ち込んじゃった」
やらかしたー、とばかりに信亜が言う。
「え、今日のは本当に冗句だって。忍者忍者。半蔵は忍者だ間違いない……え、何これ。何でこんなに落ち込んでんだよ」
「失敗したらしい。『暗殺』にな」
「本当か!」
嬉しそうに驚く光彦に、半蔵はさらに落ち込んだ。
「あっ! いや違くて! いやでもやっぱり帝をやっちゃうのはマズイというか。そうかー。失敗かー」
信亜とは別の意味で、暗殺の失敗に光彦は喜んだ。
「今から経緯を聞く。光彦も一緒に聞け」
「おう聞くとも。帰りの道すがら」
「ん?」
「え?」
「いや、帰らんぞ?」
「だって失敗したって」
「うむ。今回はな」
「え?」
「次はがんばるよな?」
「(こくこく!)」
半蔵は握りこぶしを作って頷いた。
「うそーん」
光彦はがっくりと膝をついた。
「では話せ。暗殺の名手、服部半蔵が、いかにしてそれを失敗したのか」
楽しげに促す信亜に、やや恨みがましい視線を向けながら、半蔵はたどたどしく語り出した。
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「うーまーいーぞーっ!」
叫ぶ異人ニナが、店内の視線を一身に受け止めていた。
餡蜜。あんみつ。
みつまめと、賽の目に切った寒天に、餡子とみつ(黒蜜や白蜜)を掛けた甘い和菓子だ。
地域差などはあるだろうが、基本はこれだろう。
「確かに……甘くておいしいですね」
「懐かしい味だ」
ラティとナツメもご満悦である。
「はぐはぐはぐはぐ」
そして一心不乱に頬張る帝ちゃんと、
「ふむ。なかなか」
上品にみつまめを口へ運んでいる、義月が正面に座っていた。
この港町――兵庫野津きっての高級甘味処「甘味将軍」に、俺たちはいた。
どうでもいいが、この世界の店舗にネーミングセンスを期待してはいけないということは確信した。
座敷形式の席で四角い卓袱台を囲み、俺たちはあんみつなどを嗜んでいる。
「……本当になんだろうこの状況」
「ねーねー。あんみつ食べないならちょーだい」
「食べるけれども!」
「えー……うん……」
じーっ、と、帝ちゃんが物欲しげにこちらを見ている。
「……ほら、半分だけだぞ」
途端、帝ちゃんの顔が笑みに変わる。
「わーい! ありがとう!」
身内3人が、何か言いたげに俺を見つめる。
……ロリコンじゃないから。
あとニナ、わらわにも半分くれってそれ俺の分ゼロだから。
しょうがないな……四分の一なら……。
……はっ。そんなことより気になるのは。
「あー、帝ちゃん? さっきの『おともだち』ってのはどういう意味なんだ?」
「ふむ。それは私も気になるところだ」
俺と義月の質問に、あんみつを食べる手を止めて、帝ちゃんがこっちを見る。
「りゅーすけは、はじめての、いちばん新しいおともだち」
「へえ、はじめての…………初めての、一番新しいお友達……?」
一瞬聞き流しそうになったが、これはおかしい。
「初めてできた友達」であるのなら、「一番新しい」という表現はあてはまらない。
「いちばん新しい」という表現は、それ以前の友達も存在するからこそ使われるはずだ。
で、あるのなら、「はじめての」という部分と矛盾する。
「はじめての友達」と、「いちばんあたらしい友達」はイコールにならないからだ。
子供の言うことだから、真面目に考えても仕方ない……とはまったく思わなかった。
俺の勘と、滅多に働かない頭脳が、今この瞬間だけ冴えわたる。
『りゅーすけは、はじめての、いちばん新しいおともだち』
この文章がおかしいのは、『おともだち』という単語に、その前の言葉がかかっているように思えるからだ。
つまりこの『初めての』と『一番新しい』のどちらか、もしくは両方が、『おともだち』ではなく、『りゅーすけ』の方にかかっているということだろう。
もちろん『初めてのりゅーすけ』とか『一番新しいりゅーすけ』という意味であるはずがない。
……そうか、つまり。
法龍院竜輔という存在そのものが、帝ちゃんにとって初めて遭遇する「何か」だということ。
そして、その初めて遭遇した「何か」が、帝ちゃんにとっては「おともだち」に該当するモノだということ。
かつ、その「何か」の中で、最も新しいのが法龍院竜輔だということだ。
こうなると「おともだち」という単語も文字通りに受け取ってよいものか。
……。
…………。
ああっ。ややこしいっ。
「何か」って何っ!?
「でも違うかも……? でもたぶんそう」
しかもあんまり自信がなさそう!
「それはこの『目』に関係してるのか?」
「うん! だってそれは――」
言いかけて口を開いたまま、帝ちゃんが停止した。
そして、両手の平を重ねるようにして、自分の口を塞ぐ。
少々、俺と見つめ合ったあと、両手を膝に戻してから言った。
「ううん。かんけいしてない」
「はい、それ嘘!」
「だってこれ言っちゃダメなやつだった!」
「言っちゃダメなやつって言っちゃった!」
なんかもうダメダメだった。
かたん。
音の方を見れば、義月があんみつを食べるのに使う竹の楊枝を机上に取り落としていた。
よく観察すると、楊枝を持っていたはずの右手が僅かに震えており、頬は引き攣って半笑いのような表情になっている。
「言っちゃダメな……って、まさか」
「しー! 義月しー!」
「あ、ああ、言わないが……そういうことなのか……? ということは、この間言っていた、ジパングに来た『すごいの』も」
「うーん……たぶん」
将軍様がごくりと音を立てて息を呑み、緊張の面持ちで俺に視線を向ける。
「ええ……そんなに……? 言っちゃダメなやつってなんなの……」
ナツメに目で訊ねるも、困惑した様子で首を横に振る。
ナツメも知らないのか。気になる……。
「えーっと。話はわかりませんが、偉い人に入国許可はもらえたんですよね?」
流れはぶった切られたものの、ラティの言葉である意味最も重要なことを思い出す俺とナツメであった。