表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どらごん・ぐるーむ  作者: 雪見 夜昼
<海流の章>
59/81

第56話 白熱の頂

 ――ッキョォォォォォォォォォッッッ!!!


 海を埋め尽くす白、白、白。

 10や20では利かないだろう。


 1体でさえオーバーSランク――災害級と目される海の魔物クラーケンは、未だにその数を増やし続けている。


 まもなくその第一陣が、並び進む2船……海賊船「マリア号」と高速飛空船「スレイプニール」に到達しようとしていた。


「マリア号と距離をとれ! 帆を畳んで船首180度回頭。この場で迎えうつぞ」


 スレイプニールの船長、白竜城第2王女にして、12竜騎士筆頭。

 Sランカーの冒険者『白光の』オーレリアが指示を飛ばす。


 空中で静止すらできるこの船ならば飛んでいたほうが安全だが、オーレリアはそれをよしとしない。

 そんな事をすれば、クラーケンの狙いがマリア号に集中することは火を見るよりも明らかだからだ。


『アイアイマム!』


 兵たちも疑問を浮かべることはなく、彼女の指示に迅速に応えた。


「こっちも帆を巻いて。180度回頭ね」


『はーい』


 一方マリア号の、ロサ・マリア・デ・ロス・アンヘレス海賊団。

 随分軽いノリでしかし、こちらも船長『薔薇色の』ロサ・マリアの要求にすぐに応える。


「マリアぁ!」


「なぁーあーにー」


 がくり。


 マリアのあくまで軽い返答に、オーレリアが少し脱力する。


「……しばらくクラーケンを近づけるな。お前ならできるだろう」


 海中はクラーケンの領域だ。

 たとえ一匹でも船の下にとりつかれれば、Sランカーといえど手を出しあぐねる。

 そして船が沈めば、助かる者はいないだろう。


「えー? 本当にワタシもやるの? 魔物の血には興味ないんだけど」


「命令だ」


「ワタシは白竜城の兵士じゃないし。有事の際にも12竜騎士は命令拒否権があるし」


「…………くっ! ……わかった。片付いたらニナとリュースケを連れ戻すのは諦める」


「オッケー。そうこなくちゃ」


 はじめからその報酬を引き出すつもりだったのだろう。

 マリアはすぐに自身の片手剣を抜き放つ。


「ニナ! よく見ておけ。魔力を持たない竜人が、何故最強の種族であるのかを」


「!」


 竜輔の足にしがみついていたニナが、オーレリアの言葉に反応して顔を上げる。


「そんなに熱心に見られると……興奮しちゃう」


 嗤いながら、マリアは『力』を解放した。


 竜人のみが持つ、この世界でいう「魔力」でも「気」でもない特殊な力。


 力ない竜人では、竜型の「ブレス」か、あるいは「飛行」という形でしかそれを発現できないが、力を使いこなした竜人は、人型であっても「力」を行使することができた。


 尤もそれを可能とするのは、現状、12竜騎士の他には将軍級であるほんの一握りの竜人に過ぎない。


 そして状況にもよるが、戦闘において竜化を行うのはあまり名誉なこととは言えず、人型のまま力を行使できる12竜騎士は、ドラッケンレイの軍人にとって最高の憧れである。


「あ。くる、きちゃう」


 憧れなのである。


 『薔薇色の』ロサ・マリア。

 彼女の全身が、濃い赤色に発光した。


 向かい来るクラーケンの群れに相対し、身軽な体捌きで船のヘリに飛び乗る。

 クラーケンが押し寄せることで発生した波で船は酷く揺れているのだが、彼女はそれに頓着することもない。


「うふふ。受けとめて。ワタシのあつーい、気持ちをねッ!」


 眼前に迫り来た第一陣へ向けて、マリアは片手剣を横なぎに振り払った。


 ――キョーーーッッッ!!


 白刃から、紅蓮の業火が迸る。


 クラーケン10数体をまとめて焼き払った炎は海面で留まり、天まで焼き尽くせとばかりに燃え盛った。


 それはそのまま、船を護る防壁となる。

 想像を絶する高熱に、クラーケンたちは停止を余儀なくされた。


「アッハハハハ! マリア式紅蓮剣ー! 美味しそうな香りね! 悪くないわ!」


 まさにイカを焼いたような場違いな匂いに、マリアは楽しげな笑い声を上げた。


「っ! なんという炎!」


「熱がここまで……!」


「あっちゃちゃ! 熱いのじゃー!」


 火の粉に触れてしまったニナがバタバタと駆け回る。


「ふー、ふー…………ん?」


 火傷した手に息を吹きかけながら、ニナは竜輔の反応がないことを疑問に思う。


「――――」


 竜輔は、魅入られたように炎を見つめていた。


「……リュースケ?」


「あ、もう無理。疲れた……ワタシ帰る……」


 狂ったように嗤っていたマリアが急に顔を蒼ざめさせて、ふらふらと船のヘリから下りる。

 力を使い果たしたのだろう。


 途端に火勢は急激に衰えていくが――彼女は十分に役目を果たした。


「ふっ。時間稼ぎ、ご苦労だったな。下がっていいぞ」


 『白光の』オーレリア。

 彼女が力を最大限に発揮するには、「溜め」の時間が必要だった。


 いつの間に力を解放していたのか。


 三つ叉の槍をクラーケン群に向けて構えたまま、オーレリアは白色の光を全身に纏う。


 光は刻々と強さを増し、彼女は白以外の色を失っていく。

 マリアの炎が消え失せる頃には、直視するのも難しいほどに、光の塊と化していた。


 光の中で、オーレリアは好戦的な笑みを浮かべる。


「白光のオーレリア――参るッ!!」


 フッ。


 光に目を細めながらも彼女を見ていた者たちは、瞠目する。

 音もなく、オーレリアはその場から消失した。


 炎の壁が無くなったことで再び勢いを取り戻そうとしていたクラーケンの一群の間を、白色の光が駆け抜ける。


 ――ボンッ!!


 遅れて、光が通り過ぎた直線上、及びその周囲に固まっていたクラーケンは――弾け飛んだ。


 比喩ではなく、破裂したようにその肉体が弾け飛んだのだ。


 断末魔の叫びを上げることさえ許されなかった魔物たちの肉片が、熱に沸騰した海の中へと落ちてゆく。


 一体何が起きたのか。


 正しく理解している者はこの場に1人。

 オーレリア・フォン・ヴァイス・ドラッケンレイその人だけだ。


 ――グォォォオオォォォォオオ!!!


 猛々しい咆哮に空を見上げれば、船に戻るためだろう、美しく力強い白竜と化したオーレリアが、勝利の雄叫びを上げていた。


 ――ゾクリ。


 哮り立つオーレリアの勇姿に、竜輔は全身に鳥肌が立つのを感じていた。


 ――ッキョォォォォォォォォォッッッ!!!


 たった2度。


 人種族風情のたった2回の攻撃で、群れの悉くを狩り尽くされたクラーケンの頭目が、困惑と怒りに猛り狂う。

 波を掻き分け、海面にほぼ全貌を現したそのクラーケンの大きさは、他のそれとは比べものにならない。

 全長目測、50メートル超。


 およそ人の身で立ち向かうには、あまりに馬鹿げた怪物だった。

 その巨大な触手で一撫でされれば、脆弱な人の身は粉砕されるし、その対象が帆船だとて、それほど違いはないだろう。


 遭遇したら最後。

 その船と乗組員に未来はない。


 ただし――乗員に、彼らような例外中の例外がいなければ、の話だが。


 ――露払いはしてやったぞ! やれいッ! オーフェスッ!!


 竜化した竜人特有の、頭の中に直接届くかのような声が、その場に広く響き渡る。


「ふっ!」


 短い呼気と共に、『勇者』オーフェスは甲板の反対側から助走をつけた。


 ――ダンッ!


 両手剣を大きく振りかぶりながら、オーフェスは躊躇いなく海へ――クラーケンへと飛び掛かった。


 ――ッキョォォォォォォォォォッッッ!!!


 心臓を鷲掴むような禍々しい鳴き声ごとき(・・・)で、勇者が怯むことはない。


「おおおおおおおッッ!!!」


 クラーケンの叫びを打ち消すような、オーフェスの激しい気勢と共に、ごく普通の両手剣であるはずのそれが、黄金色の輝きを放つ。


 オーフェスの魔法属性――聖剣。


 彼がその手に握るなら、例えいかなる(なまくら)であろうと、闇を斬り裂く聖なる刃。


 切れ味が増す。

 耐久力が上がる。


 余禄的な効果も勿論あるが、そういった小さな事よりも。


 聖剣は邪悪なるもの――特に魔物に対し、圧倒的な威力を誇っていた。


「でやああああああッッ!!!」


 右上から斜めに振り下ろされた聖剣は、


 斬ッッッ!!


 クラーケンの巨体を、完全に2つに切り分けた。


 ――ッキョォォォォォォォォォッッッ!!!


「ふっ!」


 死に際に振るわれた長大な触手も、空中で華麗に斬り飛ばす。


 ――オーフェス!


「っ!」


 ガッ!


 そして海に落下する寸前。

 完璧なタイミングで飛び込んできた竜化オーレリアの足に掴まり、片手でぶら下がる。


 そのままスレイプニールの甲板に運ばれ、着地した。


「っふう」


 その隣に、人型に戻ったオーレリアも降り立つ。


 ――3撃。


 ミッドガルド最強の称号、Sランク冒険者の肩書を持つ3人の、それぞれたった1撃だけだ。


 それだけで、ミッドガルドを襲うはずだった、未曽有の危機は防がれた。


 ――ドクン。


「――すっげぇ」


 その事実を目の当たりにし、竜輔は感情を昂ぶらせる。


「(すっげぇ、すっげぇ!)」


 興奮のあまり、拙い褒め言葉しか出てこなかった。


 勝てない。


 今の自分では、彼らには決して、勝てないと感じた。

 あの変態淑女マリアにすら、彼の力では届かない。


「……マジですげぇよ」


 チコメコ・アトル大森林で戦った神を思い出す。

 さすがに運命神フォルトゥナのほうは未知数だが、あの堕ちた神、シヴァと比べても、この3人のほうが強いと、竜輔は思う。


 実際にシヴァと戦ったらどうなるかはわからないが、少なくとも簡単に負けはしないだろう。


 知らず、口の端が吊り上る。

 全身に熱い汗が噴き出した。


「(こりゃサボってる場合じゃないだろ)」


 強くなりたい。

 改めて思う。


 ただ彼の場合、それが一過性に終わる可能性も高いのだが。


 ――ッキョォォォォォォォォォッッッ!!!


 唐突に、海面から猛烈に飛び上がる影。


『!!!』


 終わった。そう全員が油断して、力を抜いた瞬間だった。


 ここまでずっと、海中に潜んでいたのか。


 最後にオーフェスが倒したクラーケンと同等。

 体長50メートルを超えるその個体は、怒りに狂って海中から飛び出した。


 つがいだった。


 オーフェスが倒したのが雄と雌、どちらだったのかはわからないが、その片割れ。


 つがいを奪われたクラーケンの、怒りに任せた驚くほど高い跳躍が、マリア号を押し潰さんとする。


「しまっ……!」


 声を漏らしたのは、マリアか、オーレリアか、オーフェスか。

 あるいはそれらの、全員か。


 自分の油断を責めるが、遅い。


 攻撃が間に合わないのもあるが、今クラーケンを斬ったとしても、ついた慣性は殺せない。


 その体は、死してもマリア号を押し潰すだろう。


 クラーケンと戦うならば、決して船に近づけてはいけない。

 上からでも下からでも、クラーケンは容易に船を押し潰すのだから。


 オーバーSランク。災害級の魔物。

 例えSランクの冒険者と言えど、決して侮ってはならない相手。

 しかし全員が許されぬ油断故に、硬直していた。


 全身に高揚と熱を感じていた、ただ1人の男を除いては。


(これでやらなきゃ)


 死の恐怖よりも何よりも。

 自分にも暴れる機会を与えてくれた、神以外の何かに感謝した。


(これでやらなきゃ、男じゃねぇッッ!!)


「ニナッ!!」


「! 応ッ!」


 竜輔と魂で繋がっているニナは、竜輔の激しい昂ぶりに呼応して、一時的に恐怖心を払拭した。


 瞬時に竜化して飛び上がるニナの足に、先ほどのオーフェスのようにぶら下がる。


 ニナが凄まじい勢いで加速をつける。そして中空のクラーケン数メートル手前で手を離し、飛び出した。


「オォォォラァァアアアッッッ!!!」


 さらに猛烈な横回転が加えられた竜輔の全力の回し蹴りが、クラーケンの重心の、ほとんど真ん中を打ち抜いた。


 ドッゴォッッッ!!!


 ――キョオォォォォォォォォッッ!!


 軽く10メートル以上は吹っ飛ばされたクラーケンが、海に落ちる。

 大きな水飛沫が上がり、揺れる海面が船をぐらつかせた。


 無論、それだけの衝撃を生み出した竜輔にも反動がある。

 船を挟んでクラーケンとは反対側に、すごい勢いで吹っ飛んだ。


「おおおおぉぉぉ!? ニーーナーー! チームワークが甘っ――」


 どぼーん!


 ――すまん……リュースケ……。


 ニナはそれに追いつけず、竜輔は海に落下した。


「ヒュー!」


「ふっ……なかなかやる」


「ははっ。すごいや」


 ロサ・マリア、オーレリア、オーフェス。


 3者3様の反応ながら、彼らが『英雄』の存在を認めた瞬間だった。


 クラーケンが死んだかどうかはわからないが、その後、クラーケンを見たという報告が再び上がることはなかったという。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ