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どらごん・ぐるーむ  作者: 雪見 夜昼
<海流の章>
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第55話 海魔の領域

 ゴウン、ゴウン。


 未だ止まぬ機械音を響かせながら、高速飛空船スレイプニールは接触事故でも起こしそうなほど『マリア号』のすぐ真横で、一定距離を保ち続ける。


 竜輔とオーフェス。


 激しく闘争心を揺さぶられた2人だったが。


「よろしくお願いします」


 オーフェスは元来温和な気質。

 自分から意味なく戦いを挑んだりはしない。


「よろしく」


 竜輔は本質的に面倒臭がり。

 理由のわからない感情に身を任せて、この場で殴りかかろうとまでは思わない。


 2人の最初の邂逅は、それぞれにしかわからない心中でのぶつかり合いで幕を閉じた。


________________________________________


「さてニナ」


 何だか女としての魅力でニナに負けたような感じになったニナの姉さんは、声に若干の苛立ちを込めている。


 コワイ。

 でも美人。


「な、なんじゃろうか」


 調子に乗ったニナだが、一瞥されただけで蛇に睨まれた蛙のように縮こまった。


「ゲオルグ殿下との婚約を破棄したそうだな」


「う、うむ。じゃがそれは正式な決闘に基づいてじゃな……」


「それはそれ。政治的に迷惑をかけたことは事実だろう。帰ったら折檻だ」


「うぐっ。 ……『帰ったら』?」


 帰ったら、とはどういうことか。


「我の今回の任務は、魔導要塞ヴァルガノスで起きたことの事実確認。そして可能ならばニナ及びリュースケ・ホウリューインを白竜城に連れ帰ることだ」


「「げ」」


 ニナと俺の声が重なる。


 前者はともかく、後者は……。


「ヴァルガノスのことは、ワタシも興味があるわね」


 マリアも興味深そう。


 ニナが「どうする?」とこちらを見上げる。


「別にヴァルガノスのことは話しても構わないんだけど……。帰るのは遠慮させてもらいたいなあ」


「勘違いするな」


 俺の発言に、オーレリアさんが眼光を強める。


「『可能か否か』はこちらの判断。貴様らの都合は関係ない」


 チャキン。


 三つ叉の槍の先端をこちらに向ける。


「連れ帰るぞ。例え力づくでもな。可能か不可能かでいえば、それは可能といえる」


 凄絶な笑みを浮かべる、オーレリアさん。


「姉上……もしや怒っておるのか?」


「……別に。全然。見る目がない男どもに怒ってなどいないぞ」


 明らかに怒っていた。


 こちらから、マリアが一歩前に出る。


「でもワタシ、ニナ様たちをジパングに連れて行くって約束しちゃったのよね」


 おお。マリア。

 意外と義理堅い。


「ふん。ならば押し通るか。12竜騎士(ツヴェルフ・ドラッケンリッター)筆頭、オーレリア・フォン・ヴァイス・ドラッケンレイ。そう易々とはいかせんぞ」


「オーレリアさんはSランクの冒険者でもあるんですよ。すごいですよね」


「よせオーフェス。武の才には恵まれなかった妹に悪いではないか」


「ぬぐっ。そ、そんなことはないわっ! 発展途上なだけじゃ!」


 別のところで張り合い始めた。


「ああああ!」


「な、ナツメちゃん? どうしたんですか?」


「オーフェス……もしや、あなたは『勇者』オーフェス殿か?」


「わ。よく知ってますね。でもできればその二つ名は勘弁して下さい」


 ハハハ、と笑うオーフェス。


「そしてもしや、ニナ殿の姉君は『白光の』オーレリア殿?」


「いかにも」


「そしてワタシは『薔薇色の』ロサ・マリアよッ」


「いや、聞いてないから」


「うおおお! Sランカーが3人もっ! なぜ、なぜ拙者は今カタナを持っていないのだぁあ!」


 ダンダン!


 崩れ落ちて甲板を叩くナツメ。

 戦闘狂のナツメには、強者が3人も揃っているのに戦いを挑めないのが、耐え難い苦痛であるらしい。


「我と戦いたいのか? ふ、中々に気概のある。見習ったらどうか、リュースケ・ホウリューイン」


 何故俺。


「いや、理由もなく美人と戦うのは、ちょっと」


 オーレリアさんの眉が、ピクリと反応する。


「ほう……美人とな。それはプロポーズと受け取って相違ないか」


「いや相違あるよ! 一足飛びにも程があるよ!」


「こらリュースケ! まさか姉上にまで手を出すつもりか!」


「言ってないし!」


「よかろう。もしこのオーフェスを倒すことができたら、婚約を考えてやらんでもない」


「え」


「話を聞けぇっ! まあ満更でもないけれどっ!」


「満更でもないんですか……」


「まあ竜輔殿だからな」


「うふふ。面白くなってきたわね」


「プロポーズはともかく、何で僕が……。……ッ!?」


 苦笑していたオーフェスが、突然真剣な顔になって剣を抜いた。


「おお、オーフェス。やる気だな」


「いやいや、違いますよ。邪悪な気配――魔物です」


「何?」


 全員が周囲を見回す。


「どこにいるんじゃ?」


「あ、あそこに!」


 やはり目のいいラティが、はじめに気づく。


 船の進行方向。

 白い触手をくねらせて1匹の魔物が海面をすべるように泳いでいた。

 イカともタコともとれるその魔物は……おそらく。


 全員に緊張が走る。


「ベル! ベルナー!」


 マリアが呼ぶと、船室のほうからベルナさんがやってきた。


「馬鹿騒ぎは終わりましたか?」


「あれ、もしかしてクラーケン?」


「え?」


 言われ、ベルナさんが魔物を視認する。


「っ!?」


 そして慌てて、魔法の杖を魔物に向けた。


 なにやら集中する。


 ……何も起こらない。


 ベルナさんは杖を降ろした。


「……おそらく間違いないでしょう。でもこんなに近くに来るまで私が気づかないなんて……」


「あ、ちなみにベルの魔法属性は『感知』。対象を指定して、一定範囲に対象が入ったらわかるというものよ。対象を絞れば、範囲は広くなるけど」


「勝手にバラさないで下さい」


「ほう。なかなか便利そうな魔法ではないか」


 オーレリアさんが感心している。


「まあオーフェス君の天然魔物察知能力のが高かったみたいだけどね」


「うるさい。……ですが何故反応が」


「多分、まだ遠いからだろうな」


 裏返りそうになる声を抑えて、会話に割り込む。


「は? 遠い? でもすぐそこにいますが……」


「いえ。遠いですね」


 俺の言葉を、オーフェスが肯定する。


「……あれ」


 ごしごしと目をこするラティ。

 そしてもう1度クラーケンを凝視して、口元を引き攣らせた。


「う、そ」


「どうした、ラティ」


「な、何で近く見えるのかわかりました……」


「どういうことじゃ?」


「……でかい、のか。想像以上に」


 オーレリアさんが険しい表情で呟いた。


 見えていた組が、無言で頷く。


 ヤツのあまりの大きさに、俺たちの距離感が狂わされていた。

 この船、マリア号は全長50メートルくらいはある大型船なのだが、クラーケンは恐らく同程度のサイズか……それ以上。


 ピタリ。


 遥か前方を横切るように泳いでいたクラーケンの動きが止まる。


 そしてこちらに体を向けて、


 ――キョーッ!


 不快な甲高い鳴き声をあげている。


「んなっ!?」


「ど、どうしたリュースケ。まだ何かあるのか」


「あれっ、アイツの足元ッ、つか触手元ッ、つか海面! 周りの海面見て!」


 ぽこ。

 ぽこぽこぽこぽこ。


 次々浮かんでくる白いモノ。

 見えていたクラーケンよりは大分小さいが、それでも10メートルや20メートルはあるだろうそれらもまた――クラーケン。


 ぽこぽこぽこぽこぽこ!


「ひゃっ! 一体軟体、じゃない何体いるんですかっ!?」


 ぽこぽこぽこぽこぽこぽこ!


 ――ッキョォォォォォォォォォッッッ!!!


 クラーケンの群れの雄叫びが、遠く大気を震わせて、俺たちの体を揺さぶった。

 そして群れは……こちらに向かって猛スピードで泳ぎ始めた。


『う、うわあああ!』


 白竜城の屈強な兵士たちも、さすがにこの迫力にはうろたえている。


「!!」


 ニナが顔を白くしながら、いつも通り俺の後ろにササっと隠れた。


「ッ! 何たる数かっ!」


「僕たちで倒しましょう! オーレリアさん!」


「何ィ!?」


「もしあの群れがミッドガルドに押し寄せたら……!」


「……くっ! 未曾有の大災害になるのは間違いないか……!」


「幸い今ここには、オーレリアさんやマリアさんがいます! それに彼も!」


 オーフェスが俺の方を見る。

 え、俺?


「確かに危機的状況だが、またとない好機でもあるということか……!」


 ガン!!


「静聴ーッ!!」

 オーレリアさんが槍の柄で甲板を突いて叫ぶと、おろおろしていた兵士たちが一瞬で整列する。


「無様を晒すな! 我の部下だろうがッ!!」


 一喝され、兵士たちは未だ怯えは消えきらずも、神妙に黙り込んだ。


「とはいえ、あの化物どもを相手にするには貴様らでは役者が足りん。船室で丸くなっていろ……と言いたいところだが」


 ガン!!


 再び、槍を鳴らす。


「『人の頂点』を知るにはいい機会だ。Sランカー3人の全力戦闘を見られる兵士など、世界広しといえど貴様らだけだぞ」


 ガン!!


「命令する! 刮目せよ!! ここが、ミッドガルドの頂だッ!!!」


『アイアイマム! ジーク・ハイル・オーレリアッ!! ジーク・ハイル・オーレリアッ!!』


 剣を掲げて天を突きながら、兵士達は雄々しくも彼女の名前を連呼した。


 ……カリスマパネェ。


「はいはーい、うちの乗組員は最低限残って、後は大人しく中に入ってましょうねー」


『はーい』


「空気読め!」


 だが統率はとれている。


 ――ッキョォォォォォォォォォッッッ!!!


 クラーケンの群れはすでに、俺たちの目前まで迫っていた。


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