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どらごん・ぐるーむ  作者: 雪見 夜昼
<海流の章>
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第52話 死神の輪舞曲

 アレハンドロ一家とひと悶着あった酒場の前は、今は誰もいないし、スペースも広い。

 誰もいない、といっても、酒場の扉や窓から、荒くれの船乗りたちが野次馬をしているが。

 マリアが誰なのか分かっているらしく、外に出てくる様子はない。


 その開けた空間で5メートルほどの距離を置いて、エレメンツィアと『薔薇色の』ロサ・マリアは向かい合っていた。

 俺たちは酒場側に並んで立ち、2人の対峙を見守っている。


「さあ、ワタシが勝ったら約束通り、その神秘の肉体を隅々まで……ハァハァ」


「……そんな約束はしていません」


 露骨に顔を歪めるエレメンツィア。

 蔑みの視線を受けて、マリアは嬉しげに体をくねらせた。


 何故喜ぶ。


「では……。両者、構えてください」


 マリアのウザい反応を意図的に無視して、マリアいわく副船長なベルナさんが仕切る。


「……」


 エレメンツィアは無言で、大鎌を胸の前に掲げる。


「ふふ」


 マリアは不敵に笑いながら、片手剣を鞘から抜き放ち、切っ先をエレメンツィアに真っ直ぐ向けた。


 マリアの剣は胸の高さで、地面に対してほぼ水平に構えられている。

 元の世界で言えば、フェンシングの構えに近いだろう。

 半身の姿勢――体はほぼ、真横を向いている。

 首から上、それに剣とそれを握る右腕だけが、エレメンツィアに向けられていた。


 トーン、トトーン。


 不定期なリズムで、ステップを踏んでいる。

 これは割合どっしりと構えるフェンシグとは、大きく異なる。


 彼女の剣は片手剣といえど、現代競技としてのフェンシングに使う、フルーレとかエペとかいう剣と比べれば遥かに重い……ハズだ。

 詳しくは知らないけど。


 まあつまり、長く構えていると腕が疲れてしまうのではなかろうか。

 故に、短期決戦型の構えなのでは、と推測する。

 所詮素人の考えなので、隣にいるナツメに確認してみた。


「おそらく、その通りだろう」


「じゃが、その割には……」


「……ええ、動きませんね」


 固唾を呑んで見ている俺たちだが、2人は睨みあったまま、攻撃に移ろうとしない。


「……」


「……」


 微動だにしないエレメンツィアと、軽くステップを踏み続けるマリア。

 片や無表情に、片や微笑んで。


 そして先に動いたのは、マリアだった。


「っふ!」


 高速の突き。


 いわばそれだけだが、マリアの派手な赤髪を見失いそうな速度。

 瞬く間もなく距離が詰まる。


 ギィンッ!


 肩口に突き出された鋭い切っ先を、大鎌の刃の背の曲線が、余裕を持って受け流す。


「ワオ。やるぅっ!」


 楽しげに笑いながらも、マリアは立て続けに突きを放つ。


 ギギギィン!


 先ほどより速度を増した3連突き。

 それもまた、無表情のままエレメンツィアは受け流す。


「まだまだ!」


 ギギギギィン!


「これなら!」


 ギギギギギギィン!


「アハ、アハハハハハ! マリア式百烈突き! なんてね!」


 ギギギギギギギギギギギギギギギギ!!


 突きは、止まない。


「こ、これは!」「おお……!」


 ナツメが興奮した様子で身を乗り出し、ニナも瞳を輝かせた。


「あ、あれ。剣が分裂して……」


 視力はかなり良いものの、動体視力はそうでもないラティが、目をこする。


「……驚いた。あんな特殊な武器でよく……」


 ベルナさんはマリアにではなく、その攻撃を凌いでいるエレメンツィアに瞠目しているようだ。


「……手が疲れそうな様子はないな」


 やっぱり所詮素人意見だった。


「腐ってもSランクじゃな。いろんな意味で腐っても」


 ニナに激しく同意しつつ、戦いの行方を見守る。


 ギギギギギィンッ!


「アハハハッッハ!」


 笑い続けたために、マリアの呼吸が一瞬、乱れた。


「ふっ!」


 隙とも呼べないような僅かな隙を、エレメンツィアは見逃さない。

 回数を数えるのも馬鹿らしい突きの合間を縫って、受け流した勢いのまま、鎌の柄の部分が斜めに大きく跳ね上がる。


「……!」


 咄嗟に背筋を大きく反らしたマリアの顎先を、柄の先が掠めた。


 驚きながらも、マリアは突いていた剣を引き戻すが、今度はエレメンツィアが反撃を許さなかった。


 跳ね上げた鎌をそのまま回転。

 反り返るマリアに、下から刃が斬りかかる。


 ギャリッ!


 かろうじて剣で受けるが、


「はぁぁぁ!」


 気勢を上げてエレメンツィアが鎌を上に振り切ると、勢いに押されたマリアは、後方へ大きくよろけた。


 返す刃がマリアに迫る。


「……アハ!」


 トンッ。


 慌てる様子もなく、マリアは軽く地面を蹴った。


 ヒュン!


 押されるに逆らわず後ろへ跳んだマリアは、紙一重で大鎌をやり過ごす。


 間髪を入れず、エレメンツィアが追い立てる。


 斜めに振り下ろされた大鎌は、やや歪な円を描く軌道で旋廻。

 360度を一瞬で消化し、三度刃はマリアを襲う。


 ギキッ!


 先程とは立場が逆転し、マリアが剣で受け流した。

 しかし動かずに、とはいかず、横にステップを踏みながらの回避だ。


 振り切って終わり、ではなく、エレメンツィアは鎌をバトン回しのようにくるくると輪転させる。


 ヒュン。

 ギィン!


 旋廻する大鎌を、マリアは独特のステップで躱し、流す。


「何と、見事な足捌き……!」


 ナツメも、マリアのステップに注目している。


 エレメンツィアが不動に受け流していたのに対し、マリアは足を使って攻撃を捌いていた。


 しかし。


 ヒュン。


「あら」


 ヒュン、ガキッ!


「これは」


 ヒュン。


「お返しってこと?」


 ヒュン……ヒュン…ヒュン、ヒュン、ヒュンヒュンヒュヒュヒュヒュ!


 廻転は、止まない。


「……死神の輪舞曲(ジ・エンド・ロンド)、とでも」


 微かに口角を上げながら、エレメンツィアが呟いた。


 技名を宣言するとか中二病クサいのに、エレメンツィアがやると様になる。


 ヒュヒュヒュガキキキヒュキキィンッ!


 止まらない斬撃をしかし、マリアは無難にいなす。


「アハハ! これ以上は本気になっちゃいそう……!」


 三日月型に口端を大きく吊り上げながら、マリアは強く石畳を蹴りつけ、エレメンツィアから距離をとった。


 無論、逃がすまじと、エレメンツィアも地を蹴るが、


「必殺、マリア式投剣術ー!」


 マリアは引いたと見せて、すぐさま逆足でブレーキ、反転。

 突進しながら、自らの武器を「投てき」した。


「なっ……くっ!」


 まさか唯一の得物をここで投げてくるとは思わず。

 エレメンツィアは珍しくも驚愕をあらわにしながら、マリアの片手剣を上方に弾いた。


「もらったっ!」


 ドン!


「ぐっ……!」


 マリアはそのまま突っ込んで、手を巻きつけるようにタックルをかます。


 ドサ!


 エレメンツィアを押し倒し、マリアは、


「ああ! 至高の感触! ワタシもう死んでもいい!」


 もふもふもふ!


 エレメンツィアの胸元に顔を押し当てて、ぐりぐりと頭を擦り付けていた。


「「「「「……」」」」」


 あ、ダメだ。今全てが台無しになった。


「何てうらやま……ねたましいことを!」


「いや竜輔殿、それは言い直せておらんぞ」


 間違えた。


 エレメンツィアはしばし茫然。

 徐々にその顔から血の気が失せて蒼く染まり、

 次いでブツブツと、真っ白な肌に鳥肌を立てた。


「……き」


 き?


「きゃあああああ!!」


 ボグシッ!


「あべしっ!」


 悲鳴を上げたエレメンツィアの右拳が、マリアの左頬に突き刺さった。


「!? え、エレメンツィアが……!」


「悲鳴を上げて……」


「『殴った』!?」


「うははははは!」


 俺、ナツメ、ラティが衝撃を受けて目を見開き、なんかツボに入ったらしいニナが涙を浮かべて大笑いした。


 ドサリ。


 宙を舞ったマリアが、落下。


 ピクピクと気色悪い痙攣を繰り返してから、ゆらり、と上半身だけを起こす。


 そして鼻血を垂らしながら、いい笑顔で親指をビシリと立てる。


「……合格よ。ナイスパンチ、あーんど、ナイスおっぱ……(がくり)」


 力尽きて地に伏す彼女を、哀れむ者はいなかった。


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