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どらごん・ぐるーむ  作者: 雪見 夜昼
<海流の章>
54/81

第51話 『薔薇色の』ロサ・マリア

「他の方々もはじめまして。どうぞ気軽に、マリア、と」


 そう言って、彼女は軽く膝を折って礼儀を示した。


 『薔薇色の』ロサ・マリア。


 赤色、特に血の赤を好み、返り血に塗れたその姿から、いつしか『薔薇色の』ロサ・マリアと呼ばれるようになったという。


 噂に反して、見た目にはそういった雰囲気はない。

 彼女のタレ目はむしろ、優しげな印象を見る者に与えている。


「(な、なんか思ったほど怖い人じゃなさそうですね)」


「(うむ。だが、強い)」


 ラティとナツメが小声で話している。


 ……俺の厄介事センサーは、安易な判断を下すべきではないと告げていた。


 「ワタシが仕組んだ」と彼女は言った。

 つまり情報屋、ルイス=ミゲルに根回しをして、この状況を作り出したのは、この薔薇色さん本人ということだろう。


 だがしかーし!

 それと、彼女が美人であることは、まったく別の問題である!


 俺は椅子から立ち上がり、キリリと顔を引き締める。


「はじめまして、マリア。俺はリュースケだ。よければ、この後一緒にお茶でも」


「て、てめぇ、タダで帰れると――おぶふっ!」


「「「「親父ィー!」」」」


 足元のやかましい肉達磨を、蹴り飛ばして黙らせる。


「ふふ。よろこんで。でもその前に……」


 カツ、カツ。


 マリアは大げさな身振りで悲しみを表現しながら、悶絶する熊男に近づいた。


「ああ! 可哀想なアレハンドロ。でも、アナタが負けた場合の約束は、果たせなくなってしまったわね。何しろ、ワタシはここにいるのだから」


 アレハンドロは、自分が負けた場合、彼女の居所を教える、と約束していた。


 まあ、そもそも負けるつもりがなかっただろうし、知っていたかは疑問だけどな。


「それはいけないわ。約束は守らなければ。守れないのなら……」


 シャリン。


 豪華な装飾が施された、細身の片手剣を抜き放つ。

 「突く」剣であるレイピアほどには細くなく、重さで叩き斬るタイプの剣ほどには太くない。

 やや突き寄りの用途で、切れ味も重要視された剣、といったところだろうか。


「守れないのなら……罰を、与えないといけないわ」


 悲しみの表情から、一転。

 マリアは鈍い輝きを放つ白刃に頬を寄せ、どこか恍惚とした表情を浮かべた。


「「「「え"……」」」」


 俺たちは一斉にドン引きした。1メートルほど。


 アレハンドロの髭面が、みるみるうちに蒼ざめる。


「待っ――」


 刃が一筋、煌いた。


 一拍遅れて、アレハンドロの手首から血液が噴出する。


「……ハァ、いい色」


「う、うおおお! 血が、血がッ!」


「「「「ギャー! 死ぬな親父ー!」」」」


「うふふ。騒がなくても大丈夫。重要な血管は傷つけてないわ。……まだ」


 まだ?


「死ぬっ。死ぬーっ!」


「まだ元気ね。アナタのそういう『血の気』が多いところは、好きよ。さあさ。次はどこが良いかしら。足首? 太もも? わきの下? こめかみというのも素敵だわ」


 比較的、動脈が斬り易い部位である。


「ふ、ふざけっ――!」


「えっ……? まさか……首筋? 首筋がいいのね? そう。そこまで言うのなら止めはしないわ」


「い、いや、違っ」


「いいわ。一緒に咲かせましょう。真っ赤な真っ赤な、大輪の薔薇を……! ハァハァ」


 マリアは、二つ名のごとく頬を薔薇色に染めた。

 口元を三日月型に歪めて、荒く息を吐き出している。


 ……目が完全に、アッチの世界へイってしまっていた。


「「「「(怖っ!)」」」」


 スススス。


 俺たちはより一層距離をとる。


「(おいニナ。こういう人ならこういう人と……)」


「(わらわも城で数回会っただけじゃから、こんな人物とは……)」


「(あわわわわ……)」


「(止めるべきか否か。しかし凄まじい剣の冴え……!)」


 約1名、思考のベクトルが違う気がする。


 ……お。

 背後から、人の気配。

 振り返れば、20代前半と思われる1人の女性が、つかつかとこちらに歩いてきていた。

 目が合うが、特にリアクションはなく、彼女はすぐに視線をマリアの方へと動かした。


「そこまでにしてください」


 凛とした声が、場を治める。

 またも新たな乱入者だ。


 人間種族には珍しくない、茶色がかった金髪は、肩口で綺麗に切り揃えられている。


 手に持つ指揮棒にも似た杖は、もしや魔法の杖だろうか。

 ローブ風の衣装からして、魔法使いの可能性は高い。


 毅然とした様子はいわゆる「女性らしさ」を薄め、中性的な印象を与える。

 が、ローブを内側から押し上げるソレの存在感は、彼女が間違いなく女性であることを示す。


 俺は特に大きいのが好き、という訳ではないのだけれど。

 どうしても一瞬目がそこにいってしまうのは、男の本能である。


 彼女は気性を表すかのような切れ長のツリ目で、マリアを冷静に睨みつけた。


 マリアは不満げな顔で乱入者を見る。


「……ベル。もうちょっとだけ、いいでしょう?」


「ダメです」


「あん、いけず」


 彼女はそう言いながらも、大人しく剣を鞘に納めた。


「「「「い、今だ!」」」」


 アレハンドロ一家が親分に群がり、全員で巨体を持ち上げた。

 そして一目散に走り去る。


「「「「覚えてろっ!」」」」


 非常にありきたりな捨てゼリフと共に。


 騒々しい連中が去って、酒場の前には荒れたテーブルと俺たちと、マリアとベルと呼ばれた女性だけが残された。


「(……ど、どど、どうするんですか)」


「(どうするったって……なぁ)」


「(拙者らに選べる手段は多くはない)」


「(背に腹は、というやつじゃな……)」


「(で、でででも)」


「さて、皆さん?」


「ひゃい!」


 呼びかけるマリアに、ラティだけが声を裏返して返答する。


「約束通り、お茶でもいかが?」


 そう言って酒場を目線で指し示した。


「え。いや酒場は……」


 お茶はともかく、酒場に入るのはすごく嫌だ。


「まさか、約束を破ったりは…………しないわよね?」


「「「「ご一緒します」」」」


 だから嬉しそうな顔で剣に手を掛けるのはやめて欲しい。


________________________________________


「ベルナと申します。職業は魔法使い。一応、不本意ながら、ロサ・マリア・デ・ロス・アンヘレス海賊団の船員でもあります。本当に残念なことに」


 昼間からそれなりに人が多く、ざわざわと騒がしい酒場の席にて。


 最後の乱入者――ベルナさんから自己紹介があった。

 とても嫌そうに眉根を寄せて、所属を述べている。


「船員だなんて謙遜しないで、副船長って名乗っていいのよ?」


「絶対に断る」


 マリアの言葉を強く否定するベルナさん。

 なんとなく、2人の関係がわかる一幕である。


「俺はリュースケ・ホウリューインだ。で、こっちが」


「紹介はいりません。ニナ様のことはマリアから聞いていますし、ジパング出身のAランカー、ナツメ・ヒイラギはそこそこ名が知れていますから」


「へぇ。そうなのか」


 ニナを見るとミルクをちびちび飲むのに夢中で、話を聞いていない。

 ナツメは平静を装っているが、名が知れていると言われて口元が緩みかけている。


「あのー。私のことは……?」


「……ああ。そういえば知りませんね。興味もありませんが」


「そ、そうですよね……。すみません……」


「いや、謝らんでも」


 哀れラティ。


「あら。ワタシは興味あるわよ? 獣人とはあまり縁がないし、なかなか可愛らしい顔をしてるもの」


「え"……」


 うふふふ。と、危険な視線をラティに送るマリア。

 口元を引き攣らせて少し椅子ごと下がるラティ。


「アナタのお名前は?」


「ら、ラティですけど……」


「そう。ラティちゃん。いい名前ね」


「あ、ありがとうございます」


 彼女の瞳に宿る光が、徐々に危険度を上げている気がする。

 ラティはもう涙目だ。


「そのくらいで、よしてください」


「あら、妬いてるの? ベル。勿論、アナタの事も好きよ。特にそのたわわな……たわわなっ」


 マリアは鼻息荒く、手をにぎにぎさせてベルナさん(の胸)ににじり寄る。


「寄るな変態(ズビシ!)」


「あん」


 ベルナさんは手に持った細い杖でマリアの頬を打つ。

 しかしマリアは嬉しそうだ。


「ももも、もしや、その、ロサ・マリアさんは、そそ、そういう趣味の方なんでしょうか……?」


 ラティが激しくどもりながら訊ねる。


「違うわ。ワタシはレズではないの」


「ほっ……。そ、そうですか」


「ええ。ワタシはバイよ」


「え"っ」


 にこやかに言い切ったっ!


「……加えて言うなら、SでMで血液に性的興奮を覚えるド変態ですね」


「ええっ!?」


「やだベル。そんなに褒めないで」


「褒めてない」


「リュースケ。バイとはなんじゃ」


「ニナは知らなくていいことだよ。ほら。俺の分も飲んでいいから」


「おお。うむ。もらう」


「……ニナ様がリュースケ君のミルクを……ハァハァ」


「自重っ!(ズビシ!)」


「あん」


「?」


 コップを両手で持ちながら、首を傾げるニナ。


 こんな教育に悪い人見たことない……。


「ごほん。とにかく、本題に入ろうか」


「なんかもう他を当たった方がいいような気がしてきたけどな」


 ナツメが咳払いで空気を払拭し、本題を切り出した。


「拙者たちは、ジパングに渡る船を捜している。マリア殿の船が、最も安全に渡航が可能だと聞いたのだが」


「へぇ。ジパングにね」


 わざとらしく呟くマリア。

 あの情報屋と関わっているのなら、無論このことは知っていたはずだ。


「いいわよ。乗せても」


 そしてあっさりと頷いた。


「む? よいのか?」


「ええ。勿論ですニナ様。ただし条件がひとつ」


 ……まあ、タダでとはいかないか。


「条件、ですか?」


「そう、その条件とは……。ラティちゃんがワタシの相手を一晩勤めること」


「ええーーっ!?」


「違う(ブスリ)」


「あ痛。ベル、さすがに刺すのは痛いわよ。痛いのも嫌いじゃないけれど」


 この人堪えねぇ。


「条件は、渡航中の護衛です」


 変態を華麗にスルーして、ベルナさんが条件を告げた。


「護衛……というと? 他の海賊から護ればよいのだろうか」


「海賊なんて怖くもなんともありません。マリアはこんなのですがSランカーですから。相手は、魔物です」


 ほう。


「海の上にも魔物が出るのか?」


「数は少ないですが、ね」


「ジパング間航路で、ちょーっと、厄介な魔物の目撃証言があるの」


 さり気なく会話に復帰したマリア。


「や、厄介な魔物、ですか?」


 ショックから立ち直ったラティが、ビビりながら復唱する。


「そ。ワタシよりランクが高い魔物ちゃん」


「オーバーSランクの魔物……ってそれ、災害級じゃないですかっ!?」


「まぁねぇー」


 軽い調子で肯定するマリア。


 オーバーSランクの魔物と言えば、記憶に新しいのはガルムの森の魔狼ガルムだ。


 ガルムは「魔法防壁」っていう絶対防御ゆえに災害級だったが……。


「ほう……! 災害級か」


 案の定、ナツメは嬉しそうである。


「どのような魔物なのじゃ?」


「クラーケンと呼ばれる種族です。外見は頭足類に酷似していますが、船を海に引きずり込むほど大きい、とされています」


 実際に見たことはありませんが、とベルナさん。


「とーそくるい?」


「タコとかイカのことですよ」


「も、勿論知っておった。ラティを試しただけじゃとも」


 ラティがニナに頭足類について教えている。


「ワタシたちもジパングに運ぶ荷があるのだけれど、少々戦力に不安があるのよ」


「相互扶助、ということでどうでしょう」


 その条件なら、願ったり叶ったりである。

 クラーケンとやらが出る確率は、多分他の船でも変わらない。

 それならSランカーであるマリアと同乗できるのはこちらとしても非常にありがたい。


 ……彼女自身が危険だということを、考慮に入れなければ。


「そういうことなら……」


「た・だ・し」


 マリアが俺の返答を遮る。


「条件の前提条件。わかるわよね?」


 にこやかに微笑む、マリア。


「ふむ。つまり、拙者らが護衛足り得なければ、条件は満たされない、と」


「そ」


「ん? どういうことじゃ?」


「俺たちが弱ければ、いらないってことだ」


「なるほど」


 それを確かめる一環として、俺たちをアレハンドロ一家にぶつけたのだろう。


「さっきのアレだけじゃ、不満なのか?」


「……ふふ。そうね。ちょっとだけ欲求不満かしら」


 ぺろり、と、マリアは自分の唇を舐め上げた。


「よし、いけナツメ! と言いたいところだが……」


「む? 何だ? 拙者なら構わんぞ。むしろ是非手合わせを――」


「ナツメ今、得物ないしな」


「………………………………無念……(がくり)」


 忘れていたらしい。


 うーん。俺はあまり気が進まない。

 いっそ本当にラティを一晩あてがって……。


「リュースケさん? 今何か、不穏な事を考えませんでしたか……?」


「いや、何も」


「わ、わらわは無理じゃぞ。いろんな意味で」


「ふふ。さすがにワタシも、ニナ様に剣を向けられません。これでも騎士ですから」


 そういえばそうだった。

 12竜騎士(ツヴェルフ・ドラッケンリッター)……称号が泣いている気がする。


「ワタシはあの、白い方に興味があるわ」


 しろいかた? …………あ。


「もしかして、エレメンツィアか?」


「……おお。エレメンツィアか!」


「なるほど、彼女なら……」


「うむ。実力的には、申し分あるまい……拙者がやりたかったけど……」


 こちら側は同意。

 本人の意思はまだ聞いていないが、ニナが乗り気ならやるだろう。


「エレメンツィアさん、と言うの。綺麗な方だったわ。すぐ紹介して。今すぐに!」


「「「「興味ってそっち!?」」」」


「……(ズビシ!)」


「あん。冗談よ。じょーだん」


 絶対に8割方本気だった。


「よし……。エレメンツィア」


 ――シーン。


 あれ。

 ニナが鎌を袋から取り出して呼ぶが、出てこない。


「? どうしたエレメンツィア。出てきてくれんのか……?」


 ………………。


 かなり間を置いて。


「……はい。主」


 卓上に置いたはずの大鎌を手に、エレメンツィアが脇に出現した。


 ぎょっと目を見開いた客たちから注目を浴びる。


 が、エレメンツィアはそれには気をとめず、ツツツ、とさり気なく俺の後ろに移動した。


 ……? 珍しい反応だな。


「……どこから出てきたのかしら? 本当に興味深いわ。一度よく、調べさせて欲しいわね」


 「体の隅々まで。ハァハァ」と息を荒げるマリアを見て、エレメンツィアは酷く嫌そうな顔をした。


 ……どうやらニナに呼ばれても出てくるのを躊躇うほど、マリアのことが苦手らしい。


「マジックアイテム……ですか? でも意思を持ったヒトガタを生み出すアイテムなんて……それもこんなに精巧に……」


「ね? どこまで精巧にできているのか、確かめてみたいわよね」


「一緒にするな(ズビシ)」


 この2人の掛け合いも、見慣れてくると楽しくはある。


「エレメンツィア。マリアのヤツに、おぬしの力を見せるのじゃ!」


「…………わかりました」


「……そんなに嫌なら、無理はしなくていいのじゃぞ?」


「いえ……主の期待には、応えてみせます」


「ふふ。よろしく」


 物凄く嫌そうなエレメンツィアと、とても楽しそうなマリアの対戦が、こうして決められたのだった。


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