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どらごん・ぐるーむ  作者: 雪見 夜昼
<断章>
49/81

第46話 永久氷晶

 あの熱い戦いから1週間が経過して。

 俺は今……ダラダラしていた。


「ほげー……」


 ベラールの村の中央広場にあるベンチっぽいものに横たわり、少年少女たちと遊びまわるニナを、のんべんだらりと眺めている。


「竜輔殿」


「ん?」


 どこからか寄ってきたナツメが、眉根を寄せながら話しかけてくる。


「何だ?」


「何だ、ではない。竜輔殿は強者と戦う喜びに、努力を重ねる楽しさに気がついたのではなかったのか」


 どうやら、あまりの怠けっぷりに文句を言いに来たらしい。


「明日からやるよ。明日から」


「こらっ! それはやらないヤツの常套句だろう!」


「だってめんどくさい」


「……はぁー……」


 眉間を揉むナツメ。

 人間、そう簡単に変わりはしないよね。


「んな事より、そっちはどうなんだ。刀、手に入りそうか?」


 ナツメのコテツ(偽)は、あの戦いで折れてしまった。

 貿易商でもあるナラシンハのつてで、代わりの刀を探してもらっているらしい。

 と言っても、時折来る商人に心当たりがないか聞いているだけだろうが。


「いや。やはりミッドガルド大陸で、特にこのような西の端で刀を見つけるのは難しいようだ」


 ナラシンハに預けているのか、今は刀を差していない自分の腰を見て、ナツメは寂しそうに呟いた。


 一応、欠けた刀の破片は集めたようだが、打ち直そうにも大陸の鍛冶の主流は、鋳型(いがた)に溶けた金属を流し込み固める、鋳造(ちゅうぞう)方式。

 それに対して、熱した金属を槌で打ち、素材の密度と強度を高めつつ、目的の形に整えていくのが、鍛造(たんぞう)方式だ。


 刀と言えば典型的な鍛造による生産物であり、大陸の鍛冶とは相性が悪い。


「まージパングとはまともに貿易がないみたいだから難しいかもな」


「うむ。いっそ一度ジパングに戻った方が早いやも…………ふむ」


 ナツメは唐突に考え込む。


「(そうか……それも悪くない……)」


「ん? 何だって?」


「いや。何でもない。……では、拙者は鍛錬に戻る。竜輔殿も、あまり怠けすぎないように」


「へーへー」


 歩き出したナツメを、ひらひらと手を振って見送った。

 再びニナたちへ目を向ける。


「やー!」


 パコーン。


 一人の少年が、置かれた木片を蹴り飛ばしていた。


「な……また、負けたじゃと!?」


「ねーちゃん、よえー」


「よわいねー」


「よわいよわいー」


「ぐぬぬぬぬぬ……」


 ニナたちは俺が教えた『缶ケリ』で遊んでいた。

 蹴ってるのは缶じゃなくて、木片だけど。


 鬼はニナ。単純なので、すぐ裏をかかれて木片を蹴られていた。


「リュースケー!」


 涙目で俺に駆け寄るニナ。


「はいはい。俺がオニやるから泣かないの」


「おお、にーちゃんやるのか」


「りゅーにーちゃんやるの? やったー!」


「みんなゆだんするな! にーちゃんはてごわいぞ!」


 子供たちもわらわらと集まってくる。


「フハハハ。小童(こわっぱ)ども。リュースケに勝とうとは100年早いわ!」


「だから何故ニナが威張る」


 身体を起こし、立ち上がる。


「さて……」


 俺は近くの民家の陰から覗いているヤツに、声を掛ける。


「おーい、ラティ。お前もやろうぜ」


「ふぇ!?」


「ラティ、おったのか?」


「あれ、ラティじゃん」


「はやくきなよー。ラティ」


「とろいぞラティ」


「ちょ、みんな、何で私は呼び捨てなんですかっ!?」


 子供たちに呼び捨てられるラティ。

 しかし……。


「うぅ……」


 顔を赤くして、もじもじと悶えるばかりで出てこない。


「はいはい。俺に惚れちゃったのはわかったから、早く来いって」


「ほほほ、惚れてませんよ! なな何言ってるんですか!」


「あんなこと言ってるぞ」


 俺は子供たちに話を振った。


「えー。ラティ、バレてねーとおもってんのかよ」


「どうみても、りゅーにーちゃんのこと、すきだよね」


「ひゅーひゅー。らぶらぶだー」


「らぶらぶー」


 子供たちにからかわれて、ラティの顔がさらに濃い赤に変わる。


「うぅぅぅ! こ、こらー! 大人をからかうんじゃありませーん!」


「ラティがおこった!」


「にげろー!」


「わー!」


「待ちなさーい!」


 缶ケリのはずが鬼ごっこに変わっている。


「リュースケ」


 ニナがジト目を向けていた。


「ま、いいだろ? ラティならさ」


「……むう。仕方あるまい」


 不満げにしながらも、ニナはやれやれと肩をすくめた。


「ちょ、そこ! 勝手に決めないでください!」


 ラティが足を止めてこちらに向き直る。


「何を?」


「な、何って……それは……だから……」


 にやにや。


「うぅぅ……。もう!」


「ははは」


 ベラールは今日も平和である。


________________________________________


 竜輔が力将ガルデニシアを下し、中立の町ラトーニュからチコメコ・アトル大森林へ移動して。

 さらにはそこでロボを止めたり神と対峙している間に、他の勢力もそれなりの動きを見せていた。


________________________________________


 魔導要塞ヴァルガノスに魔力が7割方回復し、一時荒れた国内も落ち着いてきた頃。


「また、世界征服をやめろ、か?」


 力将を辞してから、時折訪ねてきてはそう告げる娘に、魔王ガルガディスは辟易する。


 ここは魔王城、玉座の間。

 父と娘以外には、玉座の傍らに知将ベリアルが無言で立っているだけで、他に人影はなかった。

 見た目にはそれほど年の差を感じない親子だが、実際には2000歳以上離れている。


「そりゃお前……ダメだろう」


「そう」


「そうって……今日は随分あっさり納得するではないか」


「これは、できたらでいいって言われた。だから、もういい」


「言われた、ねえ」


 ガルガディスは笑みを浮かべる。

 逆にベリアルは、眉間に皺を作った。


「ガルデニシア」


「……?」


「お前、例の男に惚れたか?」


「……?」


「いや、だからな」


「……?」


「もういい……。お前にまともな反応を期待した俺様が馬鹿だった」


「父様、馬鹿なの?」


「やかましいわっ!」


「???」


「ええ。この方は、とても馬鹿です」


「そう」


「そう、じゃないっ! まったく……魔王を敬わんか、お前ら」


 ここぞとばかりに便乗するベリアルに、ガルガディスは溜息をついた。


「ガルデニシア。お前は他にやることはないのか?」


「ある」


「ほう。何だ」


「これ」


 バキャア!


 やにわに娘のアッパーカットを喰らって、魔王は玉座から浮き上がった。

 落下し、一度椅子に跳ねてから床に倒れ伏す。


 …………。


 しばらくの間、誰も何も言わない。


「何をするかぁぁぁ!!」


 がばりと起き上がり、ガルガディスは当然の怒りを吐き出した。


「だから、やること。魔法と、体、鍛えてる」


「だからって何故殴る!?」


「……父様なら大丈夫だと思った」


「信頼が痛い!」


 だが実際、元力将に本気で殴られても元気であった。

 ベリアルに冷めた目で見られていることに気づき、ガルガディスは咳払いをして玉座に戻る。


「あー。もうよい。下がれ」


「わかった」


 頷いて、ガルデニシアは玉座の間から退出した。


 再び、沈黙。


「効きましたか?」


 ガルガディスはベリアルに問われ、知らず顎を撫でていた手を止める。


「きかぬ」


「……フッ」


「鼻で笑いおったな、お前……」


 ベリアルの怜悧な美貌で蔑まれると、結構心に響く。

 ガルガディスはすでに慣れていたので平気だったが、別に嬉しくはなかった。


「まったく…………ぬう!」


 ガルガディスの雰囲気が変わり、視線を西の方角へと向けた。


「……?」


 ベリアルもまたそちらを見るが、別段いつもと変わったところはない。


「……やはり、ボケ――」


「それはもうよい」


 律儀に突っ込みを入れつつ。ガルガディスは立ち上がる。


「地下書庫に篭る。しばらく誰も入れるな」


「……」


「いいな」


「イエス。魔王(ロード)ガルガディス」


 ベリアルは急なお達しに礼で返し、扉へ向かうガルガディスを見送った。


「……ふむ」


 そしてさも当然のように、気配を殺してその後を追った。


________________________________________


 魔王(ジジイ)の去り際のあの嗤い。

 いつだったか、ジークがどうとか言っていた時と同じ顔だった。

 そして、姫様を倒した例の男について語るときと、同じ顔でもある。


 地下書庫の本棚の陰から、ジジイの行動を観察する。

 この書庫は限られた者にしか知らされていない、魔国にとって危険な情報も置かれた場所。

 にも関わらず「誰も入れるな」などと、わざわざ命令するとなれば。


 ジジイの足が止まり、壁際の本棚へ体を向けた。


 一冊の本をジジイが押し込むと、


 ――カチリ。


 何かが切り替わる小さな音が聞こえてくる。


 直後に、本棚が扉のごとく壁側に向かって開いていく。

 やはり。何かあるとは思っていたが。

 壁の中は暗く、この位置から内部は見通せない。


 ジジイが入ると、本棚は自動的に元に戻った。


「……」


 慌てず、動かずに待つ。

 きっちり30秒後、件の本棚の前に立った。


 確か、この本だったな。


 ――カチリ。


 押し込めば、先ほどと同じように本棚が開く。

 奥は、長い階段になっていた。

 一本道であり、これを下ればジジイにばったり、という可能性が高いだろう。


「構うものか」


 そのときは、そのときだ。


「構え、阿呆」


 バシッ!


 後頭部をはたかれた。


「……いつの間に」


 何故、この先に行ったはずのジジイが、私の背後にいるのか。

 相変わらず、ジジイの化け物っぷりには舌を巻く。死ねばいいのに。


「まったくお前という奴は……。誰も入れるなと言ったはずだが」


「ええ、確かに。ですが『私も入るな』と聞いた覚えはありません」


「屁理屈を捏ねるな。……まあよい。興味があるなら一緒に来い」


「ほう。いいんですか?」


「ああ。どのみち、お前にはいずれ見せるつもりであった。もっとも、もし今、入るのを躊躇うような男であれば――殺していたかもしれんがな」


 ジジイの口元が、弧を描く。


「……ふん。そんな臆病者に育った覚えはありませんね。何しろ、育ての親が化け物だったもので」


「ククッ。そうだったな」


 半分以上が本気で構成された軽口を叩き合いながら、私とジジイは暗い階段に向けて一歩を踏み出した。


________________________________________


 ジジイが手に持った松明の明かり以外、無明の階段を2人で下る。

 石段を足裏が叩く音が、手狭な空間にこだましていた。


「で、先ほどは何があったのですか?」


「何のことだ」


「玉座の間で。西の方角を見たでしょう」


「ああ、ふむ。あれはな……」


 ジジイは、殴られた顎にまた伸びそうになった自分の手に眉をしかめる。


「神だ。降りたな、ミッドガルドに」


「! それは、以前言っていたチコメコ・アトルの小物ではなく?」


「桁が違う。おそらく、十天神。降りたのはほんの一瞬であったが……」


「十天神……! しかし、一瞬……?」


「一瞬も永遠も変わらない。そんな化け物にひとつ、心当たりはあるがな。クク」


 そしてその心当たりについては、話すつもりがないらしい。

 ジジイの秘密主義には困ったものだ。いつか殺す。


「それで、その事とこの地下に、何か関係が?」


「あると言えばあるし、ないと言えばない。神が動くのなら、こちらも相応の手札を切らねばなるまい?」


「……まさか、神と戦争しようとでも」


「ククク……ふはーはははは! 当たり前だ! 全世界は俺様のモノ。天空大陸とて例外ではないわ!」


「……」


 頭を抱える。

 ダメだこいつ。早く何とかしないと。


「怖気づいたか?」


「……別に。ただ、そう言うからには、手札とやらは、それなりなんでしょうね?」


「フッ……見ればわかる」


 終わりがないのかとすら思えた階段の、終端が見えた。

 地下室に通じているらしい、扉のない入り口から、僅かな光が漏れ出している。


「明かりが……?」


「クク……」


 足を止めないジジイに続いて、私はそこに足を踏み入れる。


 ――ドクン。


「なッッッ!?」


 思いの外、大きな空間がひらけて。


 そこに、ソレは在った。


 どうして、地下にこんな空洞が存在しているのかとか、あの狭い通路の中、どうやってソレを運び込んだのかとか。

 そんな些細な疑問は、すぐにどうでもよくなった。


 氷だ。


 離れて立っていても、ここまで冷気が漂って来るほどの、巨大な氷。

 その氷が発する微細な光が、太陽光の届かぬ地下室を仄かに照らし出している。


「美しいだろう。永久氷晶(エターナル・プリズム)と言うらしい。俺様の知る限り、人間の中では最高の魔法使いが、これを生み出した」


 確かに、美しい。

 氷は隅々まで澄み渡っており、一点の曇りもない。

 光を発する様など、一種神々しささえ醸し出す。

 これを人間の魔法使いが創り出したというのなら、成る程、そいつは天才だ。


 だが。


そんなことは(・・・・・・)どうでもいい(・・・・・・)! アレは一体、何ですか!」


 何故、ここに来るまで気づかなかったのか。

 ソレから漏れ出す濃密な魔力に、冷や汗が浮かぶ。


 ――ドクン。


 そして、鼓動。

 非常に緩慢なリズムではあるが、ソレは確かに、生きていた。


 氷の中に、ソレはいた。


 女性、だろう。

 あまりに生物離れした気配だが、外見だけ見れば我々人類と違いはない。

 永久氷晶は美しいが、彼女がそこに在ることで、ただの飾りと化している。


 我々と見た目に違いがない、といったが……ある一点を除けば、という文言が抜けていた。


 彼女の背にあるそれは、翼。


 純白の(・・・)、翼だった。


「ああ。確かに。彼女の美しさに比べたら、このような氷は引き立て役に過ぎぬ」


「色ボケジジイ。そうじゃないでしょう。これは何かと聞いています」


 背中の翼は神の証か。

 しかし神であるのなら、その翼は黒。

 ……実際に見たことがあるわけではないが、書物にはそのように記されている。


「――『殺すことのできない怪物』」


「なっ……!?」


「そう言ったら、どうする?」


 ジジイを見れば、凄惨な笑みで彼女を見つめていた。


「『怪物』は、英雄ジークフリートが倒したのでは!?」


「殺すことのできない怪物を、どうやって倒すんだ?」


 にやにやと腹立たしく嗤いながら、ジジイが言う。


「…………本当なんですか」


「クク。どうかな」


 どうやら、本当らしい。

 このジジイ。とんでもないモノを隠し持っていやがる。


「……ハァー。『殺すことのできない怪物』は、貴方の別名ではないかと推測していたんですが」


「確かに、俺様はそう簡単には殺せないが……不死ではないぞ」


 不死ではない、というその言葉もやや疑わしい。


「これがジジイの切り札ですか……」


「まあ現状、彼女を利用する手段は皆無だがな」


「は?」


「見ていろ」


 ジジイが右手を、大きく振りかぶる。


「ぬぅん!」


 爆音、激震、そして反響。


「――っっっ!」


 魔王ガルガディスの拳を受けてしかし、永久氷晶には傷ひとつなかった。


「クックク。やはり、無駄か。素晴らしい魔法だ。封印、防御、気配遮断。そしておそらく時間凍結。さすがは――」


「……」


「ん? どうした」


 ゲシッ!


 無言で、ジジイに蹴りを入れる。


「痛っ!? 何故蹴る!?」


「やるなら、やると。鼓膜が破れるかと思いました」


 ゲシッ! ゲシッ!


「わ、わかった。悪かったから蹴るのをやめろ」


「……で、この使えない切り札で、どうやって神と戦うと?」


「なるようになる! ふははははは!」


「ジジイ……」


 結局、楽しければ何でもいいんだろう。


 永久氷晶を見上げる。


 長く艶やかな、ぬばたまの髪。

 閉じた瞼の奥には、何色の瞳が眠っているのか。


 悔しいが、ああ、本当に。

 彼女は、美しい。この世のものとは思えぬほどに。


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