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どらごん・ぐるーむ  作者: 雪見 夜昼
<樹林の章>
43/81

第40話 神というもの、友というもの

「……神」


 未だ俺の理解が及んでいない存在を匂わされ、俺は反芻するように呟いた。


 神。


 一言に「神」と言っても、その定義は様々であり、曖昧である。


 以前話題に上った「付喪(つくも)神」は、年を経た道具や生き物には霊魂が宿る、といった概念だ。

 天候、災害といった自然現象を神に見立てることもある。

 この世界を生み出した創造主的存在、と信じる者もいるだろう。


 が、これらは前の世界での定義の話だ。

 こちらで言う「神」は、そういった抽象的な存在ではないらしい。


 というか、あくまでこちらの言葉――ミドリガルの単語を、俺の中で解釈、翻訳した結果が「神」であるというだけで、厳密には神ではない。


 崇拝の対象であり、人々の精神的支配者である、という意味で、俺は「神」と翻訳しているわけだが。


 前置きが長くなった。


 要するにこちらの世界には、実在としての「神」が存在するという事だ。


 神という名のひとつの種族と思っていいだろう。

 この解釈を、キルシマイアをはじめ神官たちが聞いたら怒るだろうけど。


 天空大陸アスガルド。


 それがこの世界において神のおわす場所である。


 天に浮かぶ空中大陸であり、常に移動し続けているため、正確な位置を掴んでいる者はいない。

 数千年に1度、ミッドガルド大陸上空を通過することもあるという。


「し、しかし! その神がこの山に来たのは数百年前、と言ったな。ミッドガルド大陸では、もう1000年以上も神と人との接触はないと聞くが……?」


「知らないよ。現にアレはここにいるし、我々は貢物……いや、言葉を濁すのはよそうか。我々は生贄(・・)を捧げてきたんだ」


 ナツメの疑問に、ナラシンハが答えにならない応えを返す。


「生贄などと……! ……くっ」


 淡々と述べるナラシンハに、食ってかかりそうなる自分を抑えているナツメ。


 所詮俺たちは部外者に過ぎない。

 これまでのナラシンハの……ベラール族の選択について文句を言うのは筋違いだ。

 ナツメもその事は分かっているのだろう。


「それなりに聡いようで助かるよ。ベラールの問題に手出し口出しは無用だ。さ、話す事は話した。納得したら早々に立ち去って――」


「そうはいかないな」


「リュースケ?」


 ナラシンハの言葉を遮って発言した俺に、ニナが複雑な感情を浮かべた視線を送る。

 どうにかしたいが、相手が神では……といったところか。


「これまでのあんたらの選択についてはまあ、どうでもいい。が、これからの事となれば話は別だ」


 神について口にしてから黙り込んでいるラティに、視線を向けた。


「次の生贄はラティ。そうだな?」


「「なっ!」」


 ニナとナツメが弾かれたようにラティを見る。

 ラティは悲しげに目を伏せて、顔を逸らした。


「……何故分かった?」


「村人の反応とかでな。あとは話の流れ的に」


 ナラシンハの問いに軽い調子で答える。


「ほ、本当なのか? ラティ?」


 数年来の友人からの問いに、ラティは首を縦に振った。


「……本当です。前回、生贄を捧げた時から、それはすでに決まっていました」


 それ故に、その時までは自由に旅をすることが許されていたのだ、と語るラティ。

 だから覚悟はできている、と。

 まさか、これ程はやく次の生贄を求められるとは、さすがに思っていなかったらしいが。


「ですから、私の事は忘れて――」


「……暗い」


「え?」


 俺の呟きに、ラティが疑問符を返した。


「暗い暗い暗い! 雰囲気が暗いっての! あー気が滅入る。こういうの、俺たちのキャラじゃないだろ」


 突然明るい声を出した俺を、その場の全員が唖然として見つめる。


「ナツメ」


「あ、ああ」


「どうしたよ。いつもお前なら真っ先に飛び出して、敵に斬りかかってるところだろうが」


「い、いや、だが……」


「ニナ」


「むっ。わらわもか!?」


「いつものお前なら、俺に神を倒せとか言うところだろうが」


「じゃ、じゃがいくらリュースケでも……」


 口ごもる2人。


「りゅ、リュースケさんは神がどういうものか知らないから、そういう事が言えるんです!」


 ラティが焦ったように声を出す。


「知らねぇよ。確かにな。でもな、それなら聞くが、お前らは神の何を知っている」


 神とは。


 曰く、恵みを与える者。

 曰く、人を守り導く者。

 曰く、崇め奉られる者。


「そ、それは……神は、神だ。絶対的存在だ」


 どもりながらも答えを述べたのは、ナラシンハ。


「絶対的存在? ハハッ。そんな抽象的な説明で分かるかよ」


「……神は、数千年に1度訪れるという世界の危機から、人々を救う者じゃ。かの竜人の英雄、ジークフリートも、神の加護を得ていたと言われておる」


「言われている。それは結構。で?」


 ニナのお伽噺をばっさりと切り捨てる。


「実際、我々の先祖はテオトル山の堕ちた神に挑んだ! そして勝てないと判断した上で、生贄を捧げる道を選んだのだ!」


「そうか。先祖は勝てなかったのかもしれないな。だから、神は絶対で、不死身で、敗北を知らず、怪我もしないし血も流さない。求められればどんな事でも人は従わなければならないし、逆らうことは無意味だと?」


「そ、そうです」


 俺の捲し立てるような発言に、ラティが消極的な肯定を返す。


 一拍の間を置いて、俺はきっぱりと言い放つ。


「そんな事は、あり得ない」


 ラティ、ナラシンハ、ニナ、ナツメの反応は似たようなもの。

 言葉が出ない、といった様子で口をぱくぱくさせている。


 今まで瞳を閉じて、じっと黙って聞いていたアミーシャさんだけが、感情を殺した声で俺に問う。


「何故、そう思うのですか?」


 声に抑揚は感じられない。

 しかし開かれたその瞳には、僅かな希望に縋る、期待の光が見え隠れしていた。


「俺の国の言葉に、形あるものはいつか壊れる、というものがある。俺はこれを絶対の真理だと思ってる。完全無敵、なんてことはあり得ないんだよ」


 概念的な、抽象的な、空想の中での神に絶対性を求めるのは人の常だ。


 だが今回の「神」は、ここに「居る」のだ。

 存在してしまった以上、何者であれいつか来る崩壊を免れることはできない。


「っ! だとしても、神が人より上位の存在である事に変わりはありません!」


 バン!


 立ち上がって机を叩きながら、動揺を吹き飛ばすようにラティが叫ぶ。

 何かキャラ違うぞ、ラティ。


「かもな。……だがラティ、どうしてそこまで食い下がる? まるで――神が絶対でなければ困るみたいじゃないか」


「そ、それは……だって……」


 ここにきて、さらにラティが揺らぐ。


「もし……本当に、神を倒せるのだとしたら……」


 下唇を噛み締めて。

 ラティは想いのたけをぶちまけた。


「15年前、私の代わりに死んだお姉ちゃんは、無駄死にだったってことじゃないですか!! お姉ちゃんだけじゃない! これまで生贄になってきた、全てのベラールの女性たちが! そんな事、認められるわけがありません!」


「ラティ、お前憶えて……」


 ナラシンハとアミーシャさんが、目を見開いてラティを見た。


「だから! 私は生贄にならなくてはいけません! だって、そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ……!」


 ラティの迫力に、ニナやナツメは押し黙っている。

 それだけの覚悟を感じる。


 だが、そうだとしても。


 ぽん。


 俺は机から身を乗り出しているラティの頭に、軽く手のひらをのせた。


「無駄なんかじゃない」


 言い聞かせるように繰り返す。


「無駄なんかじゃないさ。こうして今、お前が生きていることが、ベラールが存在していることが、彼女たちが生きて、死んだ、何よりの証じゃないか」


 無駄なんかじゃない。

 我ながらくさいセリフだ。


 ぽろり。


 だがそのくさいセリフが、ラティの心の堤防を取り払った。


「私は、死ななくてもいいんですか?」


「ああ」


「私は、助けを求めてもいいんですか?」


「いいとも」


「私は、私はっ……!」


 ぽろり、ぽろり。


 大粒の涙が、ラティの瞳から次々に零れおちる。


「私は……生きたい。お姉ちゃんの分も、他の御先祖様の分も……。何よりも、私自身のために、私は生きたいです……!」


 ぽろぽろぽろ。

 ラティはこれまで溜めこんできたものを、涙と共に溢れさせる。


「みんな……助けて……!」


「「「勿論だ」」」


 ニナもナツメも、もう迷いはないようだ。


「元より(ひいらぎ)の剣は、(あまね)く全てを斬るための剣。友のためなら、神ですら斬り捨ててみせよう」


「わらわとて白竜城の第3王女。友を見捨てたとあっては白竜人の名折れ。それに……」


 ニナが俺を見る。

 ニナの瞳には、俺に対する無垢で絶対の信頼が蘇っていた。


 例え神でも、やれるじゃろう?


 そう、聞かれているような気がした。


 正直、大言を吐いたものの、本当に神を倒せるのはわからない。

 常々言っているように、世の中上には上がいる。

 「神」と呼ばれる者達こそが、俺の上に立つものであるのかもしれない。


 だが逆に、神の上に立つ者がいないなどと、一体誰が決めたというのか?


 ラティの本心を聞いて涙するアミーシャさん。

 目頭を押さえるナラシンハ。

 覚悟を決めた仲間たち。


 そして救いを求めるラティに俺は、不敵な笑みを浮かべて見せた。


「神を、殺す」


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