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どらごん・ぐるーむ  作者: 雪見 夜昼
<樹林の章>
42/81

第39話 テオトル山に巣食うモノ

 ナラシンハは大きな深呼吸の後、表情を消して俺たちに告げた。


「すまないが、君たち。今すぐにベラールを出ていってくれ」


「何?」


 聞こえていたが、聞き返す。


 冗談混じりに俺を追い出そうとしていた先程までとは違い、ナラシンハの言葉に本気を感じる。


「……どういう事か、説明していただきたい」


「何か気付かぬうちに失礼なことをしたのじゃろうか? ここの流儀には疎いゆえ、はっきりと言って欲しいのじゃ」


 ナツメが当然の質問を投げかけて、ニナは自分の非を問うた。


「そうじゃない。……いや、リュースケはここの流儀に関わらず失礼な奴だとは思うけど。出ていってもらうのはこちらの事情だ。すまないな」


 そう言って、もう話は無いとばかりに、俺たちに背を向けるナラシンハ。


「……ラティ?」


 数年来の友に、ナツメは視線を向けて問い掛ける。


「……ごめんなさい。リュースケさん達を匿う約束、守れそうにありません」


 だが返ってきたのは、悲しげな微笑みと拒絶の意志だった。


「なっ……ラティ! どうしたと言うんだ! 拙者たちはラティの友人ではないのか! 何かあるのなら……!」


 何故話してくれないのか。

 問い詰めようとラティに迫るナツメの前に、メイドの1人が立ち塞がる。


「申し訳ありませんが、お引き取りください」


「邪魔を……!?」


 ――ヒュン!


 メイドが振るった短剣の一撃を、ナツメは後ろに飛び退って躱す。

 さすがに狩猟民族。その攻撃は、単なるメイドとは思えない鋭さだ。


「お引き取りを」


 まさか刃物まで持ち出すとは。

 さすがにラティが止めるかとも思ったが、無言でこちらを見つめるばかりだ。

 アミーシャさんも、部屋の隅で悲しげに眉尻を落とすのみ。


 こりゃ、マジだな。


 パチン。


 ナラシンハが指を鳴らすと扉が開き、ネコミミ獣人たちが部屋になだれ込んでくる。

 男も女も、どいつもこいつも雑魚じゃない。

 戦うとすれば、かなり厄介な相手だろう。


「抵抗は無駄だ。すぐにここを出て、ラティの事は忘れてくれ。娘の友人になってくれて、感謝する。……連れ出せ」


 ナラシンハの命令に従って、ベラールの戦士たちが包囲網を狭める。


「ぬぅ……」


「リュースケ……」


 ナツメが悔しげに呻き、ニナが俺を見上げた。

 何人かの獣人が俺たちを囲み、出口へ誘導しようとする。


 ナツメやニナなら振り払えない相手じゃないが、さすがにラティと同じベラールの民に手は出せないだろう。


「くくっ」


 不意に、笑いが込み上げた。

 それを見た獣人たちは、気圧されたように足を止める。


「……何を笑っている?」


 ナラシンハが訝しげに聞いてくるが、それを無視して俺はラティを睨みつけた。


「っ!」


 俺の視線にひるんで、目を逸らすラティ。


「ラティ。おいラティ。まさか、こいつらが俺をどうにかできるとでも?」


「そ、それは……」


 こいつら、などと言われて、獣人たちはむっと不満気な表情を浮かべる。


「ナツメもニナも、ラティの家族や仲間たちに手を出したりはしないだろうが、俺は違うぞ」


 俺の右手を掴んだ獣人男性の腕を、逆に掴んで放り投げた。


「う、おっ!?」


 何が起きたかわからない、といった様子で男は宙を舞い、着地点の仲間たちが慌てて彼を受け止めた。

 別に何か技術を使って投げたわけではない。力任せに放っただけだ。


「貴様! ……おわっ!」


 激昂して襲いかかってくる別の獣人の突撃をひらりと躱し、足を掛けて転ばせる。


「……おい、ラティ。この男は何者だ。ベラールの精鋭が手も足も出てないぞ。黒竜人では、ないのだろう?」


 ナラシンハが苦々しげな顔で問う。

 その問いにラティが答えるのを待つこともなく、俺はラティに別の言葉を投げかける。


「ラティが……ベラールが何を抱えているかは知らない。が、理不尽な仕打ちに黙って身を委ねる俺じゃないぜ」


 にやり、と俺は笑みを浮かべた。


「選べよ。観念して話すか、痛い目見てから話すかをな」


 逡巡は一瞬。

 ラティは苦笑して、強張った体の力を抜いた。


________________________________________


 部屋を変えて、応接室っぽいところ。

 机を挟んで、俺、ニナ、ナツメの3人は、ラティ一家と向かい合っている。


「本当に話すのか?」


「……うん。秘密なのはわかってるけど、話さないとアレの前にリュースケさんが村を滅ぼしかねないから」


 それは言い過ぎ。

 何気なくセリフに混ざった『アレ』とやらが今回の核心か。


「おいおい。そんな馬鹿な」


「聞いたでしょ? ヴァルガノスでの話。それに……やっぱりみんなには知っていて欲しいから」


「……うむむ」


 納得していないらしいナラシンハはさて置いて。


「じゃ、聞かせてもらおうか」


「はい。包み隠さず全てを話します。ただし……聞いた後、どうにかしよう何て考えないでください。いくらリュースケさんでも、今度ばかりは不可能ですから」


「……ふーん。不可能ね」


 俺の辞書に不可能の文字は存在しない、何て言うつもりはないが、そう言われると意地でもどうにかしたくなってくる。


「わかった。話すことは良しとしよう。だが、これから話す事は絶対に他言無用で頼む。もし話せば……ベラール族は滅亡すると思ってくれ」


 ナラシンハの言葉に、ニナとナツメが息を呑む。

 俺は無言で、一種族の命運を左右する秘密の、告白を待つ。


 アミーシャさんは口出しするつもりはないらしく、先程から悲しげに目を伏せている。


「まず先程の音ですが、あれはテオトル山にいる、とある存在の叫びです」


「叫び、じゃと? あれが?」


 ニナが聞き返してしまったのも無理はない。

 アレが『叫び』……すなわち生物の声帯から発せられたものだとは、到底思えない。


「あの『叫び』は、だいたい20年ごとに聞こえてきます。前回は、15年程前でしたが。そして叫びの意味するところは――空腹、です」


 ニナとナツメが首を傾げる。


 俺は……なんとなく、話が読めてきた。

 ファンタジーにおいては実にありきたりな話で、当たり前に胸糞が悪い。


「当然、叫ぶだけでは終わらないんだろう」


「……? どういうことだ? 貢ぎ物でもするのか?」


 俺の吐き捨てるような言葉に対し、ナツメが推測を述べる。


「貢ぎ物……そうですね。その通りです」


「あれがこの地に降り立った数百年前から、変わらず続く悪習だ。悪習だと分かっていても、どうにもならないこともある」


 ラティもナラシンハも、なかなかハッキリとしたことは口にしない。

 ならば、ズバリこちらから聞くしかあるまい。


「何を、何に、貢ぐんだ」


「……貢ぐ物は、獣人。それも歳若い女性に限られます」


「なっ……なんだと!?」


 ガタン!


 ナツメが驚愕と共に立ち上がり、その勢いに椅子が倒れる。


「ば、馬鹿な。人を貢ぐ、じゃと……? 『叫び』が空腹を意味するならば、つまりそれは――」


 ニナはその先は言葉に出せずに、飲み込んだ。


 つまりそれは、人を喰らう、ということ。


「そんなふざけた事が許されるものか! その『とある存在』とやらがどんな悪鬼羅刹か知らないが、皆で力を合わせて討伐を……!」


 熱くなったナツメが、握り拳をつくりながら力説する。


「……う、うむ。どれほどの化物だとしても、今は村ひとつで問題を抱え込む時代でもあるまい」


 ニナも、怯みながらも言葉を紡ぐ。


「外部に助けを求めてもいいはずじゃ。ここは交易都市と呼ばれておるのじゃろ? 何なら、白竜城から兵を出そう。たとえオーバーSランクの魔物であろうとも、白竜人の精兵と、このリュースケが打ち倒して見せようぞ」


 いちいち俺を数に入れんでもよろしい。


 頼もしく思える彼女らの提案に、しかしベラール族長とその家族の顔色は晴れない。


「それが出来るならとっくにやっているさ」


「む」「うぬ」


 そりゃ、そうだ。

 ナラシンハにばっさりと切り捨てられて、ナツメとニナが短く呻く。


「オーバーSランクの魔物? ハッ。それくらいならベラールの戦士にだって狩れるさ。……多分」


 そこは多分なのか。


「あいつは、人の身でどうこうできる相手じゃないんだ。求めに応じること以外、ヤツから村を守る方法はない」


「だから、そいつは何なんだ。ハッキリ言わなきゃわからんぞ」


 俺は返答を促す。


 努めて表情を殺しながら、ラティがようやく答えを示した。


「――堕ちた神。それが、テオトル山に巣食うモノの正体です」


 ナツメの表情が強張り、ニナの顔が絶望に彩られるのを、俺は見た。


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