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どらごん・ぐるーむ  作者: 雪見 夜昼
<樹林の章>
36/81

第33話 森の民

 獣人たちの楽園、チコメコ・アトル大森林。


 ミッドガルド大陸のおよそ5分の1を占める広大な森林地帯には、未だ多くの未開の地が残されているという。


 大森林の名の通り、チコメコ・アトルの大部分は森林地帯である。

 しかし一部には、山岳地帯や草原地帯なども点在することが確認されている。

 この深淵な森を抜けてまで行こうという者はそういないようだが、西の端は当然海にも面しているはずだ。


 獣人たちはそこで、部族ごとに小国家群を形成している、とされる。


 が、実際のところ、彼らの多くは閉鎖的である。


 故に、ラティたちベラール族のように、チコメコ・アトルの外部と接触を持った部族から得た情報により、そうなのであろうと推測しているに過ぎない。


 むしろ、人や竜人はもちろん、同じ獣人とすら、部族が違えば交流を図ろうとしない種族が大半を占めるそうだ。

 うっかり彼らの縄張りに足を踏み入れようものなら、極端な話、捕まって大鍋で煮込まれてしまう可能性すらあるのだとか。


「と、そう言ったのはラティだったよな?」


「うっ……。ごめんなさい……」


 涙目で謝るラティに、冷たい視線が3つ突き刺さる。


 俺たちは今、迷子になっていた。


 チコメコ・アトルには道らしい道もないので、馬車で入ることはできない。

 よって徒歩での移動となる。


 まともな地図が存在しないため、ここの住人であるラティの先導に任せた訳だが。


「まさかラティが道を間違えるとはのう……」


「はうっ」


「まあまあ。聞けばラティも帰郷するのは4年ぶりだとか。頻繁に外と行き来するわけでもなかろうし、間違えても無理はない」


 ナツメがフォローを入れるが、ラティは落とした肩が上がらない。


「で、だいたい今どの辺りかもわからないのか?」


「多分、方向的にはあっちの方かなぁ、と」


「……そっちは東だが……」


 戻ってどうする。


「はあ。相変わらず使えんのうラティは……」


「うわーん!」


「よしよし。拙者の胸でたーんとお泣き」


 いつぞやの焼き直しのようになった。


「まあ迷っちまったもんは仕方ないな」


 ここまでの道のりはだいたい覚えているつもりだ。

 戻ろうと思えば戻れるはず。

 ……3日は歩いた道のりを引き返すのはすごく嫌だが。


 そう提案しようと思った矢先に。


「お」「む!」


 俺とナツメが同時に声を上げた。


 と、ほとんど同時に、風を切る鋭く細い音。


「せいっ!」


 木々の隙間から飛来した矢を、ナツメが抜き打ちで叩き斬った。

 真っ二つに割れ落ちた矢を見て、ナツメは満足気に頷く。


「……当たるコースじゃなかったよな」


「そうだったか?」


 目を逸らすナツメ。

 多分、飛んでくる矢を斬り落とすのをやってみたかったんだろう。


「な、何事じゃ?」


 すぐさま俺の背後に隠れるニナ。


「あ、あわわ……まさか他の部族の縄張りに……!」


 おろおろと挙動不審になるラティ。


 いつも通りの皆に和む。

 ってんな場合じゃないか。


「囲まれてるなあ」


「ああ。かなりの数だ」


 ナツメと視線を交わす。

 逃げるか、戦うか、それとも。


 方針と方策を練っていると、ガサリと草をかき分けて、数人の男を引き連れた少女が姿を見せた。


「なっ!?」


 なん……だと……!?


「ど、どうしたんじゃ?」


「竜輔殿?」


「リュースケさん?」


 驚きに固まる俺に、他の3人が視線を向ける。


「あ、あれはまさか……!」


 10歳くらいと思しき、薄褐色の肌の少女。

 強気なつり目に、強い意志の光が宿っている。


 が、問題はそこではない。もう少し上だ。

 彼女の頭部。ラティと同じ位置にあるその獣耳は。


 イヌミミ?


 いや違う。アレはそれとは似て非なるもの。

 そう、その名は。


「キツネミミ……! 白い肌が定番なところを、あえて褐色の肌で攻めてくるとは。悪くない。決して、悪くはないぞ!」


「……竜輔殿は何を言っているんだ?」


「よくわからんが、多分また下らないことじゃと思う」


「なんか緊張感がなくなりますね……」


「おい!」


 つり目の少女が、こちらに向けてビシリと人差し指を突き付ける。


「オマエら、アイツの仲間だな! まだ村を荒そうってのか! そんなことは絶対に許さないぞ!」


 怒髪天を衝くとばかりに、頭やフサフサな尻尾の黄色い毛を逆立てて、少女は俺たちに怒鳴り散らした。


 勿論、アイツなる人物に心当たりはない。


 まわりの男たちも、今にも跳びかかりそうな少女を抑えつつ、こちらを強く警戒している。


「い、いえ! 私たちはちょっと道に迷ってしまっただけで!」


 必死に弁解するラティ。

 少女は一瞬考え込む様子を見せたが、すぐにまた睨むような目つきになる。


「……ウソだ! 獣人が森で迷うわけない!」


 グサッ!


 言葉の刃がラティの胸に突き刺さった。


「ですよね……アハハ……私、獣人の癖に……」


 虚ろな瞳で呟き始めたラティにはもう目もくれず、少女は自分の弓に矢をつがえた。


「構えっ」


 ギリギリギリ。


 弓の弦を引き絞る音が、そこらじゅうから聞こえてくる。


「聞く耳持ってくれそうにないな」


 俺は、服の裾を掴むニナの手をそっと外した。


「……リュースケ?」


 不安そうなニナの頭をぽんとたたいてから、俺は地を蹴る。


「!? うあっ!」


 俺は少女を、後ろから首に手を回す形で捕まえた。

 暴れるが、力将すら超えた俺の腕力から逃げられるはずもない。


「はなせぇー!」


「動くなっ! この子の命が惜しければ武器を捨てろ。隠れてるヤツは出てこい」


「ルナ様!?」


「卑怯な!」


 男たちは浮足立ち、一瞬ためらってから武器を捨てた。

 隠れていた者たちも続々と顔を見せる。

 おお。キツネミミがいっぱいだ。男はいらんけど。女の人も何人かはいる。


「リュースケさん……」


「卑怯な……」


 仲間たちは呆れ果て、白い目で俺を見つめていた。


 あれ?

 味方の視線のほうが痛いぞ?


 ……ふむ。まだ1人出てきてないようだが、まあいい。


「さて。誤解を解いておくが、俺たちは本当に道に迷っただけだ。お前たちの村のことは知らない」


「し、信用できるか!」


「どうしたら信用する?」


「どうしても信用しない!」


 少女は頑なに言って、なんとか逃れようとジタバタもがく。


 ふう……。

 話にならない。


「だったら、仕方ないよな」


「……何がだ」


「お前たちはどうあっても俺たちを殺す気なんだろ。だったら、お前たちも殺されても、文句は言わないよな?」


 俺は目を細め、加減した殺意を少女と周りのキツネ獣人たちに叩き付ける。


「……っ」


 かなり抑えたつもりだったが、少女の顔はみるみる蒼ざめていった。

 獣人たちは慌てふためき、武器を拾うか否か逡巡している。


「待たれよ」


 低くしわがれた声が、1本の木の裏側から聞こえてきた。

 そこからかなり歳をとったキツネ獣人が、しかししっかりとした足取りで歩み出てくる。


「じーちゃん! 出てくるなよ!」


 少女がじーちゃんと呼んだ獣人は、落ち着いた様子で語りかけてきた。


「大丈夫じゃ、ルナ。儂はルナール族の族長、フェネックと申します。旅の方、どうか無礼をお許しください」


「オーケー。許そう」


 俺は少女――ルナを解放し、老いたキツネと向き合った。


「じーちゃん!」


 ルナはフェネックに駆け寄って、俺の方をキッと睨みつける。


「ルナール族……確か、私たちベラール族と同じ狩猟民族です。穏やかな気性の獣人だと聞いた事がありますが……」


 ラティの言葉に俺たち首を傾げざるを得ない。


「穏やかな気性、ねえ……」


「何だよっ! 何であたしを見るんだよ!」


 ルナが憤慨して頬を膨らませる。

 可愛らしいが、穏やかな気性とはとても言えない。

 まあ、子供だからかもしれないが。


「普段はこのような事はないのですが……。つい先日から、儂らの村が妙なモノに立て続けに襲われていましてな。儂も含めて、皆よそ者に対して疑心暗鬼になってしまっておるのです」


「ふーん」


 まあ誤解が解けたんなら何でもいいけど。

 妙なモノとやらに多少の興味はあるが、厄介事レーダーが反応している。

 道だけ聞いてオサラバするのがいいだろう。


「ご老人。妙なモノとは一体? 拙者らでよければ、力になるが」


 おいっ!


「このお節介ザムライ……」


「はっはっは。いいではないか。急ぐ旅でもない」


「私も、同じ狩猟民族として、放っておくなんてできません」


 俺はニナを見る。

 ニナはやれやれと肩を竦めるだけで、賛成も反対もしなかった。


 はぁー。

 まあラティがやる気なら仕方ないか。

 ラティには、これから世話になる予定だしな……。


「おお。それはありがたい」


「じーちゃん!? こんな奴らに頼るなんて!」


「この方の力は、ルナが一番わかっておるじゃろう。あの動き、只者ではない。あるいは、オグロスよりも……」


「親父より強いヤツなんているもんか!」


「なにを言うのじゃ! リュースケより強いヤツなどおらんわ!」


「なんだとぉ!」


「なんじゃ!」


「そこで張りあうのかよ」


 噛みつきそうな勢いで睨み合うニナとルナ。


「落ち着けニナ。世の中上には上がいるんだ。俺より強いヤツもどっかにはいるって」


 多分。


 俺はニナの頭に手を置いて宥める。


「お前の親父は、俺より強いかもな」


「当然だ!」


 ルナは不機嫌な顔を装っていたが、どこか誇らしげな表情をしていた。

 ニナは納得できないのか、本当に不機嫌そうな顔だったが。


「ともかく、もうすぐ日も暮れる。儂らの村で休まれるといい」


 フェネック氏のお言葉に甘えることにして、俺たちはすぐ近くにあるというルナール族の村へと向かうことにした。


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