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どらごん・ぐるーむ  作者: 雪見 夜昼
<人魔の章>
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第16話 姫巫女キルシーの魔法教室

 ミッドガルドを救え?

 何で俺がそんな、しち面倒臭いことをしなきゃならんのか。

 だが美少女の頼みは断らない主義だし……。


「それなら大丈夫じゃ。リュースケはすでに世界を救うべく動いておる!」


 ニナが俺の膝から降りて、胸を張って言った。


 おい!? いや確かにそういう事になってるけど!


 俺が動揺している間にニナは、キルシマイアに事情を説明する。


「まあ! そうだったのですか。差し出がましい事を申しました」


「い、いや。気にするな」


 嬉々として説明するニナと、それを聞いて歓喜するキルシマイア。

 そんな2人を見ていたら、とてもじゃないが「嘘ぴょーん」とは言いだせない。

 2人は、キラキラと瞳を輝かせて俺を見ている。


 正直、魔国などというやばそうな国を敵に回したくはない。

 が、世の中には「流れ」ってもんがある。

 異世界に召喚された時点で、あるいは衝突は避けられなかったのかもしれない。


 何て、簡単に割り切れたら苦労はしない。

 何しろ、リスクに見合うメリットがないのだ。

 世界を救って、俺に何の得がある?


「リュースケ様が世界を救った暁には、わたくしを側室に迎えることも許されるかもしれませんね」


「オーケー。俺に任せておけ」


 フ。そういう事なら話は別だ。

 何も魔軍と真っ向からやり合うわけではない。

 魔王の娘の1人や2人、ちゃちゃっと片付けてやんよ!


 キルシマイアは嬉しそうに笑った。

 が、すぐにその表情を曇らせる。


「しかし、魔王の娘ですか……わたくしたちも探してはいるのですが、彼女の情報は本当に少ないのです。お力になれず、申し訳ありません」


 名前も、容姿も、実力も、実在するのかどうかすらも。

 噂程度にしか、情報が入らないのだという。


「噂程度でも無いよりはましだ。知っていることを教えてくれ」


 そうしてキルシマイアから聞いた話によると。


 魔王の娘はその父親と違い、まだ10代後半である。

 実は人間とのハーフである。

 魔法属性が「怪力」である。


 などなど。

 あくまで噂ではあるのだが。


「魔法属性って何だ?」


「……え? ご存じないのですか?」


「知るわけないだろう。俺は異世界人だぞ」


 想像はできるけど。


「そういえば、そうですよね。リュースケ様があまりに膨大な魔力を持っていらっしゃるから、てっきり魔法も使えるものと思い込んでおりました」


「ん? 俺、魔力とかあるの?」


「はい。それはもう。わたくしと同じくらいには」


「な、何っ? そんなにか?」


 ニナがびっくりしながら俺を見た。

 そう言われても、キルシマイアがどの程度なのかわからないのだが。


「わたくしの魔力は、一般的な人間の魔法使い1000人分といったところです。魔人の魔法使いを含めても、トップクラスといえますね」


「ほう。んじゃ俺、魔法覚えたらかなり強くなれる?」


 異世界補正、恐るべし。


「それは、おそらくとしか。というのも、先程言った魔法属性が問題になってくるからです」


「というと?」


「魔法属性とは、その方の魔法の種類・特性を表します。その属性如何によっては、どんなに魔力が高くとも、活用できない可能性がありますから」


「そうなのか。例えばどんな属性が?」


「例えば……そうですね。魔法属性が『怠惰』という方が、かつていらっしゃいました」


「……怠惰?」


「はい。魔法を使うと、著しく怠けるようになります」


「……敵が?」


「いえ、自分が」


 使えねー!

 というか「怠惰」ってなんか身につまされるんですけど!

 俺の属性それじゃないだろうな……。


「個々人の魔法属性がどのように決まるのかは、よく分かっておりません。その方の『本質』を表しているのだ、というのが定説ですね。とはいえ、大抵の方が地、水、火、風の属性か、その派生に収まりますが」


「なるほどね……。ちなみに、キルシマイアの属性は?」


「わたくしですか? わたくしは『時空』です」


 うわー。

 なんだか反則臭い属性ですね。


「未来視も、魔法なのか?」


「はい。わたくしの魔法は未来視と、転移です」


 ふむ? そういえば。


「その『転移』の魔法で俺を元の世界に還せないのか?」


「それは……申し訳ありませんが、不可能です。わたくし自身が行った事がある場所にしか、転移はできません」


 キルシマイアはしゅん、と項垂れる。


「ああいや。気にするな。聞いてみただけだ。別に帰るつもりもないしな」


 キルシマイアに頭を上げさせる。

 ニナも、俺が帰るつもりがない、と言ったあたりでホッとした様子を見せていた。


「ところで、属性はどうやって知ればいいんだ?」


「方法はいろいろありますが、ヴァルハラでは魔法見の水晶と呼ばれる道具を使います。これはかつて『認識』の魔法属性を持つ魔法使いが作ったもので、触れた方の魔法属性を示してくれるものです」


 そう言って、キルシマイアは机の引き出しから透明な水晶玉を取りだした。


「ってそんな無造作にしまってあるのかよ! 貴重なものじゃないのか?」


「いえいえ。認識の魔法使いはこれを大量生産して販売し、莫大な富を得たのです。ですから、巷にもたくさん出回っているのですよ」


「……そうか」


 まあ、俺が認識の魔法使いでもそうするかもしれない。


 キルシマイアが持つ水晶には、こちらの言葉――ミドリガルで『時空』と表示されていた。


「わらわも! わらわもやってみたい!」


 ニナがキルシマイアに駆け寄って、アピールする。


「竜人のニナさんは魔力がないので、無理です」


 がーん。とショックを受けて、ニナはすごすごと引き下がった。

 頭を撫でて、慰めてやる。


「では、リュースケ様、どうぞ」


 キルシマイアは、水晶を俺に差し出した。


「ああ」


 若干緊張しつつ、水晶を受け取る。


 表示されていた文字が、ぼやける様にじわりと変化する。

 そして表示された俺の魔法属性は――


「……」


「……」


「……」


 しばし、沈黙が場を支配した。


「これは……」


 キルシマイアが首を傾げる。


 表示された属性は、『暴食』。


「ぷっ。あっはははははは! まさにリュースケにぴったりじゃのう!」


 ごちん。ぱたり。


 大笑いするニナを拳骨で黙らせてから、キルシマイアに問いかける。


「暴食の魔法って、どんなんだろう……」


「さ、さあ。わたくしもこのような属性は聞いた事がないので、想像もつきません……」


 2人で首を捻る。


「使って確かめるしかないんだろうが……。魔法って、どうやって使うんだ?」


「それはですね、こう、ぎゅわっ、ばーん! といった感じで」


 ……はい?


「……もう少し、具体的に教えてもらえると助かるんだが」


「えーと、ですから、むむっ、ぎゅわっ、ばーん! と」


「むむっが加わっただけじゃねぇか! 全然具体的じゃねぇよ!」


「ああ、すみません……。私は気が付いたら使えていたので、人に伝えるのが難しくて」


 肩を落とすキルシマイア。

 いくら俺でも、むむっ、ぎゅわっ、ばーんだけじゃ……。


 目を閉じて、集中する。


 むむっ。


 なんとなくニュアンスとして、全身の神経を意識する。


 ――ドクン。


 あれ?


「なんか、身体を流れる力のようなものを感じたんだが、これが魔力か?」


「あ、はい! そうです! 多分」


 キルシマイアが胸の前でパチンと手を合わせて、そうそうそれですよといった様子でにこにこしている。


「……そうか」


 何かいまいち不安だが、続けてみる。

 とりあえず最初から。


 むむっ。


 身体を循環する、血液ではない別の何か。

 まぶたを下ろしてその流れを意識しながら、次の段階、ぎゅわっへ移る。

 ……言ってて馬鹿らしくなってきた。


 ぎゅわっ。


 ニュアンスを独自解釈し、力の流れをせき止めて溜め込むイメージ。

 溜まった力は流れを外れて、溢れ出しそうになる。


 そこまでの工程を行い、一旦集中を解いた。


「なんか、いけそうだな……」


 閉じていた目を開き、呟く。


「ほらっ! ね?」


 得意気なキルシマイア。

 ……なんか納得いかない。


「危ないかもしれないから、ここでは発動しないほうがいいよな?」


「あ、そうですね。では町の外に転移いたします」


 キルシマイアがまた魔法の杖を取り出して、振った。

 足元に魔法陣が出現。


「範囲内の方を、ガルムの森へ」


 光に包まれて、一瞬の後には、どこかの森にいた。

 かなり鬱蒼と草木が茂っており、背の高い木々に覆われた森は、昼間であるのに薄暗い。


「ぬおっ。冷たっ! なんじゃなんじゃ!?」


 拳骨で倒れていたニナが、地面の冷たさに跳ね起きた。


「よし。今から魔法を放つ。念のためにちょっと離れておけ」


「お、おお。わかった」


 ニナは頷いて、すでに離れていたキルシマイアの方に下がった。


 今度は目を閉じず、ただ頭を切り替えるように集中へ入る。


 流れを意識し、流れをせき止め。


 体内の魔力らしきものが猛り狂う。それを一気に、撃ち出すイメージ。


「ばーん!」


 俺はキルシマイアに教わった通りの言葉を発しながら、右手を前方に突き出した。


 その瞬間、闇が溢れた。

 俺の右腕から放たれたソレは、闇黒(あんこく)

 闇は俺のイメージした通りに動き、拡がり、形を変える。


 ゾゾゾゾ。


 蠢く闇は、たちまちのうちに前方の木々を覆い尽した。

 俺が頭の中で「止まれ」と命令すると、闇はピタリと膨張を止めた。

 右手を軽くふると、手のひらに繋がっていた闇が切り離される。


 切り離しても、闇はそのまま滞留していた。

 巨大な真っ黒いスライムを連想してもらえば、わかりやすいだろうか。

 覆われている部分がどうなっているのかは、黒に塗り潰されてわからない。

 念じれば、縦に伸びたり、トゲトゲの鉄球のようになったり、形は自由自在だ。


「……なんだコレ……」


「な、何でしょう? このようなモノは、初めて見ました」


 キルシマイアは闇を見つめながら、冷や汗を流している。


「どれどれ……」


 ニナが折れた木の枝で、黒い物体(?)を突いた。


 スッ。


 何の抵抗もなく、枝は闇に吸い込まれる。

 引っ張れば、何の損傷もなく引き出された。


 次に俺が小石を拾って投げつけると、何の抵抗もなく闇の反対側から小石が飛びだした。


「「「?」」」


 3人で首を傾げる。


「……ニナ、ちょっと触ってみないか?」


「嫌じゃ! こんな不気味なものが触れるか!」


「だよなあ…………消えろ」


 命じると、何事もなかったかのように、黒いモノは消え去った。

 黒いモノが在った場所にも、特に変化はない。

 木々も地面も、そのままだ。


「……少なくとも、物理的破壊力はない、のか?」


「の、ようですね」


「暴食……闇……黒……んー。わからん」


 直接生物にでも試してみないことには――


 ――……グ……オオオ……!


 突然、森に獣の雄叫びが木霊した。

 声は、遠い。かなり離れた場所から聞こえてきた。

 バサバサバサ、と葉を揺らして鳥たちが飛び立つ。


「……今のは?」


「ああ。おそらく、このガルムの森の主、魔狼(まろう)ガルムですね」


 にこやかに告げるキルシマイア。


「な……何ぃー!? ここはガルムの森じゃったのか!?」


 ニナが顔を青く染めて叫ぶ。


「何だよ、その魔狼ガルムってのは」


「数少ないオーバーSランク……災害級(カラミティクラス)の魔物の1体です。この森は彼の領域なので、誰も近づこうとはしません。人を巻き込む心配がないので、魔法の試し打ちには最適かと思いまして」


 ……オーバーSランク? 災害級?


「……もし、そいつに見つかったら?」


「うふふ。この森は5000ベクト(約50平方キロメートル)もあるんですよ? そうそう鉢合わせるわけが――」


 バキバキ!


 何か巨大な質量が、枝へし折る音がした。


 音の方を振り向けば、以前見た黒狼などとは比較にならない程巨大な狼が、そこにいた。

 というか、竜型の竜人よりもでかい。

 体長は10メートルを優に超えているだろう。


 グルルル……。


 牙をむき出して涎を垂らしながら、侵入者(おれたち)を睨みつけている。

 ニナはすぐさま俺の背後に回ってガタガタと震え出した。

 俺ですら、そのプレッシャーで額に汗が滲む。

 キルシマイアは表情が笑顔のまま固まっていた。


「……見つかったら?」


「……食べられる前に、転移で逃げるしかないのではないでしょうか」


 ――グオオオオオッッ!!


 魔狼ガルムは、戦闘開始の雄叫びを森に轟かせた。


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