第14話 運命の、あるいは運命外の出会い
ニナに「自分1人だけ楽しそうなことしてずるいぞ!」と怒られつつ、俺たちは蒼竜城下町での滞在を終えた。
レインコート的役割の服も買ったので、ニナに乗ってすいすい移動。
ドラッケンレイの隣国にして人の国のひとつ、ブラキアーノ国を経由し、今俺たちは、人間たちの盟主国――神聖ヴァルハラ皇国にいる。
もっと正確に言えば、その神聖ヴァルハラ皇国の首都。
この都の名前もまた、ヴァルハラだ。
「ここがヴァルハラか。さすがにでかいな」
「うむ。わらわも来るのは初めてじゃ」
まず、目を惹くのは町の東西に位置する2つの巨大建築物。
東に見えるのはヴァルハラ皇帝様がおわす、ヴァルハラ宮殿。
西に見えるのが姫巫女とかいうのがいる、ヴァルハラ神殿。
ヴァルハラヴァルハラと自己主張が激しくて、俺は好きになれそうもない。
「さ。宿もとったし、魔王の娘の情報を集めるのじゃ」
「あ、あー。うん。そうだな」
ニナに手を引かれて、露天が立ち並ぶ一画を進む。
――……っ……。
喧騒に混ざってふと耳に入った声に、足を止める。
「ぬおうっ」
勢いよく手を引いていたニナが、俺に引っ張られて後ろに倒れそうになったので、受け止める。
「な、なんじゃ。どうした」
「今、美少女の悲鳴が聞こえたような」
「……何故声だけで美少女とわかる?」
ニナがジト目を向けてくるが、無視。
俺は耳を澄ませた。
――……離してくださいっ。
間違いない。
これは、フラグの気配がする!
「こっちだな!」
「あ、こら! 待たぬか!」
俺はニナがちゃんと付いてきていることを確認しつつ、路地裏へと駆け出した。
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「離してくださいっ」
「へっへっへ。そうはいかねぇな」
「ここで俺たちと会ったのが、運の尽きよ」
大男に掴まれた腕が痛みます。
迂闊でした。
ヴァルハラ内に未知なる力を感じて、こっそり町に出てきたらこのようなことに。
町の治安が悪化しているとは聞いていたけれど、このような輩が堂々と闊歩しているなんて……。
これも、戦争が近いことの影響なのでしょうか?
「じゃあ、行こうか? お嬢ちゃん」
「たっぷり可愛がってやるぜ」
大男の2人組は、下品な笑いを浮かべながらわたくしをどこかへ連れていこうとしています。
已むを得ません。
民を傷つけることには気が咎めますが、魔法を使って――。
「ちょっと待った!」
「ぜぇぜぇ……。リュースケ、速すぎるぞ……」
突如路地裏に響く、静止の声。
わたくしは声の方に視線を向けます。
黒竜人にしかあり得ない、漆黒の髪。
白竜人にしかあり得ない、黄金の瞳。
在るだけでわたくしを震わせる、膨大な魔力。
なんて凛々しく、神々しいお姿。
彼を見た瞬間、わたくしは全てを理解しました。
――……離してくださいっ。
彼こそが、運命を打ち破る者であると。
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「ちょっと待った!」
俺は女の子を連れ去ろうとする男2人を呼び止める。
スキンヘッドの男と、くすんだ茶髪の男。
どちらも筋骨隆々とした大男だ。
「ぜぇぜぇ……。リュースケ、速すぎるぞ……」
遅れて到着したニナがぼやく。
それはともかく、女の子だ。
フードをかぶっているので、ほとんど顔は見えない。
だが!
僅かに覗く下顎や、形の良い唇を見れば、一目瞭然。
間違いなく、美少女である!
フードの女の子はこちらを見て息をのむような気配を見せた。
「何だあ?」
男たちは苛ついた様子でこちらに振り向く。
そして俺とニナを見て、ぎょっとしたように目を見張った。
「こ、黒竜人? いや、違うのか?」
「だけど、女の方は間違いなく白竜人だぞ……」
人の国で出会った人間は、だいたい同じような反応だ。
白竜人や黒竜人がドラッケンレイの外に出ることは少ないらしい。
「その子を離してもらおうか」
俺は精一杯格好をつけて言った。
男たちは一瞬、迷うようなそぶりを見せる。
「小僧は多分、人間だろう」
「女も白竜人だが、まだ餓鬼じゃねえか」
男たちが頷き合う。
男たちが腰からナイフを――
「ニナ」
「応」
俺とニナは、同時に動く。
俺は瞬時に美少女(仮)を掴んでいるスキンヘッドに駆け寄り、鳩尾に拳を一撃。
「ぐふっ」「ぎゃっ」
ドサッ。ドサリ。
重なる悲鳴と音に振り向けば、ニナが倒れ伏す茶髪の男を踏みつけたまま、にっ、と笑顔を向けてきた。
それに頷いてから、俺はフードの女の子に向き直った。
そしてニコリと爽やかスマイルを浮かべて、話し掛ける。
「お怪我はありませんか、お嬢さん」
「……誰じゃおぬしは」
ニナの突っ込みが聞こえたが、気にしない。
女の子はフードをとって、俺を見上げた。
うほう! これは、想像以上だ!
キラキラと輝く金髪は肩甲骨あたりまで。低い位置でひとつに纏めてある。
こちらを見上げる瞳は、サファイアのような深い青色だ。
整った顔立ちはまだ幼さを残すが、数年後には誰もが振りむく美人になるだろう。
15~17歳くらい……同い年くらいか?
「危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
彼女は胸の前で手を組み、祈るような格好でお礼を述べる。
心なしか、その頬は薄く朱に染まっているように見えた。
ヤヴェ。
フラグ立ったかも。
「いや。人として当然の事をしたまでさ」
ファッサー、と髪をかきあげてみせる。
「だからおぬしは誰なんじゃー! 他の女に色目を使うな!」
ニナがガシッっと俺の腰に抱きついて、涙目で訴えてきた。
「何を言う。側室オーケーという話だったろうが」
「うっ。そうじゃけど……そうじゃけどー!」
クスクス。
金髪の女の子が、俺たちのやりとりを見て笑いを漏らしていた。
「まあ。わたくしを側室にしてくださるの?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、女の子は言った。
「君さえよければ、是非にでも」
「リュースケ!」
「うふふ。リュースケ様とおっしゃるのですね。よろしければ、そちらの白竜人のお嬢さんもお名前をお聞かせ願えませんか?」
「……ニナじゃ」
ニナはぶすっとした顔のまま、吐き捨てるように言った。
「こらこら。何だその態度は」
「ふふ。いいのですよ。恋敵なのですから、当然の反応です」
なん……だと……。
「と、いうことは……」
「ええ、わたくし、リュースケ様のことがとっても気に入ってしまいました」
「ブラボー!」
「なんじゃとー!?」
ひゃっほう! モテ期到来!?
これも異世界補正ってやつか!
「でも、リュースケ様の側室にはなれないと思いますよ?」
「何っ!? くっ。だがどんなに高い壁が待っていようと、俺は諦めない!」
「わらわの立場は……」
「心配しなくても正室はお前だ」
「むう。ならよいが」
「うふふ。申し遅れました」
女の子は姿勢を正し、真っ直ぐな瞳でこちらを見つめる。
そして堂々たる威厳を持って、告げた。
「わたくしの名はキルシマイア。ここヴァルハラの姫巫女を司る者です」
……。
「壁、高ぇぇぇぇ!」