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どらごん・ぐるーむ  作者: 雪見 夜昼
<竜鱗の章>
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第13話 水の都の夜陰に潜む

 蒼竜城とその城下町は、ミッドガルド最大の湖、エアグロス湖の湖上にあった。

 いや、湖上というのはちょっと違うか。

 蒼竜城のある蒼竜島(ブラオ・ドラッケン・インセル)と呼ばれる湖上の島は、正確には島ではなく、半島に当たる。


 石造りの町には、大小の運河が縦横に駆け巡っていた。

 交通の主役はもっぱら手漕ぎボート(ゴンドラ)だ。


 地上の路地は迷路のように複雑に入り組み、地元住民でも頻繁に道に迷うらしい。

 そんな時はやむを得ず竜化して空から道を探すので、上空を見上げれば蒼竜の羽ばたく姿が見受けられた。


「わらわは蒼竜城へ挨拶に行って来る。行かぬのであれば好きに行動しておってよいが、迷子になるなよ?」


 数日かけて蒼竜城下町に到着した俺たちは、商人のマテウスと別れ、今は宿の一室にいる。

 城への挨拶なんて堅苦しいものに付き合う気はないが……。


「それはいいが、ちょっと小遣いが少ない気がするぞ」


 俺が受け取ったのは、ドラッケン銀貨1枚。


 ちなみに、青銅貨10枚で銅貨1枚分、銅貨10枚で銀貨1枚分、銀貨10枚で金貨1枚分、金貨10枚で白金貨1枚分の価値だ。

 だいたい青銅貨1枚が10円くらいだと考えていい。


 白竜城で支給されたドラッケン硬貨は、金貨30枚分。

 その300分の1しか渡さないとは、あまりにケチではないか。


「リュースケに金を渡しても、どうせ全て食事に消えるに決まっておるからの。わらわが預かっておく」


 嫁さんに財布の紐を握られてしまった。


「ではの。戻るのは、明日の昼になるぞ」


 そう言って退室するニナの背を、少々恨みがましく見送った。


 窓の外を眺めれば、運河の水が陽光を反射してキラキラと輝いている。

 はあ。じっとしていても仕方が無いな。

 俺は木製窓のよろい戸を閉め、軽い財布を持って立ち上がった。


________________________________________


 事前にマテウスから聞いていた通り、蒼竜城下町の路地は激しく入り組んでいた。

 記憶力には自信があるが、油断すれば確かに迷子になりそうだ。


 すれ違う人々には、やはり蒼竜人が多い。

 だが白竜城の方と比べて、異人種もかなりの数を見かける。

 軽鎧を身に纏った者もいるが、あれが冒険者というヤツだろうか。


「ギルド、か」


 興味はある。

 大抵のファンタジーものにおけるギルドといえば、いわば仕事依頼の仲介・斡旋を行う組織だ。

 銀貨1枚という心許ない財布事情を抱えている今、覗いてみるのも一興か。

 白竜城下町にはないようだったが、ここには支部があると商人のマテウスも言っていたし。


________________________________________


 剣と、(くわ)のようなものが×字を描く特徴的なシンボルが描かれた看板。

 その下の扉を開け放つ。

 ざわざわと冒険者たちの話し声が耳朶に響いた。


 手前のスペースにはいくつかの円卓が置かれ、竜人、獣人、人間が入り混じって卓を囲んでいる。

 奥には、役所を思わせるカウンターと、複数の受付があった。


 俺は空いている受付に進むと、担当の蒼竜人のお姉さんに声を掛ける。


「ギルドについて聞きたいんだけど」


「はい、わかりました。ギルドについて、基本的なご説明を致しますね」


 事務的ながら、にこやかに対応するお姉さん。


「頼む」


「ギルドでは、仕事を依頼するか、あるいは受けることができます。内容は、法に触れないものならどんなものでも可能です」


「依頼はしないと思うから、受ける方だけ説明よろしく」


「はい。依頼を受けるには、ギルド所属の『冒険者』に登録する必要があります。登録条件は特にありません。名前をお聞きするくらいですね。ただし重複登録は禁止です」


「登録すれば、どんな依頼でも受けられるのか?」


「いいえ。依頼は難易度に応じてランクが設定してございます。また冒険者様ご自身にもランクがございまして、ご自分のランクに合ったご依頼のみを受けて頂きます。ランクは上から、S、A、B、C、D、E、F、G級となっており、登録当初は一部の例外を除いてG級からの開始となります」


「G級なら、G級の依頼しか受けられないのか?」


「いいえ。ご自身のランクよりも2つ上の依頼までなら受けられます。ただし自分より高ランクの方とパーティを組まれた場合、高ランクの方から見て2つ上の依頼まで受けられます。また、ランクに関わらず受けられる、フリーランクの依頼もございます」


「ランクを上げるには?」


「達成した依頼に応じて、冒険者証にスタンプが押されます。スタンプがいっぱいになったら、次のランクへと昇格されます」


「なるほど」


 長々と聞いたが、おおむね想像通りの内容だったな。


「よければ、登録したんだけど」


「わかりました。では、こちらの契約書の内容をご確認の上、サインをお願い致します」


 契約書の内容は簡単。

 ギルドは仕事を斡旋するだけで、その安全性や冒険者の生死に一切の責任を持たないが、よろしいか? ということだ。

 俺は名前を書いて、お姉さんに契約書を返す。


「リュースケ・ホウリューインさん。登録完了しました。こちらがG級冒険者証になります」


「どうも」


 受付のおねーさんから、固い紙のようなものでできた冒険者証を受け取る。


「冒険者証を完全に紛失すると、再度Gランクからの開始となる場合もございますのでご注意下さい。まめにギルドで控えをお作りになることを強くお勧め致します」


「了解。ありがとう。ついでに、短時間で終わるおすすめの依頼はないか? できれば面白いやつ」


「そうですね……」


 お姉さんは俺のわがままな要求にも真面目に応じ、少し考え込む。

 そして表情を輝かせて、1枚の手配書を取りだした。


「短時間で終わるかどうかは腕次第ですが、こちらなどいかがでしょうか」


「……『怪盗シュピーゲル』?」


 お姉さんによると、怪盗シュピーゲルは最近城下町を騒がせている盗賊なんだそうだ。


「毎晩のように現れるんですが、誰も捕まえることができないのです。捕らえたと思ったら幻のように消えてしまう。まるで鏡に映った虚像のようだと。それで誰が呼んだか――」


 怪盗「(シュピーゲル)」というわけか。

 怪盗シュピーゲルは自ら義賊を名乗り、悪徳業者や性悪官僚ばかりから盗みを働いているらしい。

 そうは言っても泥棒は泥棒。

 シュピーゲルの度重なる暗躍に、事態を憂慮した蒼竜城から、ギルドに依頼が下賜(かし)されたというわけだ。

 依頼内容は、怪盗シュピーゲルを捕らえる事。生死問わず(デッドオアアライブ)で。


「フリーランクの依頼なので、誰でも受けることができます。依頼主は蒼竜王様ですから、それなりの報酬ですよ」


「いかほど?」


「白金貨10枚です」


「引き受けた」


 即答。

 だって金貨100枚分ですよ?

 俺の小遣いの1000倍ですよ?


「はい。こちらが依頼証です。がんばってくださいね」


「ありがとうお嬢さん(フロイライン)


「どういたしまして。あ、パーティを組まれるのでしたら、何組か参加希望待ちのところがございますが」


「不要です。俺の活躍にご期待下さい」


 あまりの報酬に口調がおかしくなっている気がする。

 お姉さんの苦笑に見送られ、俺はギルドを後にした。


 クックック。

 義賊という名の偽善者め。

 我が野望(しょくじ)(いしずえ)となるがいい!


________________________________________


 深夜。

 サラサラと流れる水音のみが、俺の鼓膜を震わせる。

 月明かりが照らす水の都は、一種幻想的な雰囲気を漂わせていた。


 俺は月影に煌めく運河を眺めながら、ただひたすらに耳を澄ませていた。


 ここは、とある政府高官の屋敷の裏手。

 石壁の影で闇に紛れる。

 傍から見ても、人がいるとは気づけない位置だ。

 腕を組んで、冷たい壁に寄り掛かる。


 昼間行った情報収集の結果、怪盗シュピーゲルが狙う対象には、ある共通項が存在することに俺は気がついた。


 対象が悪人であり、金持ちであることは勿論のこと。

 問題は、盗み出されたモノにある。


 宝石だ。


 硬貨や美術品など、他の価値あるものも同時に盗まれてはいる。

 だが、全ての犯行において必ず盗まれているものは、宝石だけだった。


 偶然かもしれない。

 だがヤマを張るには十分な推測。

 俺は、城下でも有名な宝石蒐集家であるらしい、この高官の屋敷に張り込むことにした。

 仮にハズレでも、この高級住宅街のどこかから被害が出る可能性は高い。

 騒ぎが起きたら駆けつければいいだろう。


 張り込みを始めてから、はや2時間程が経過しただろうか。


 ――コト。


 ほんの些細な、気を張っていなければ気づかない程の、小さな物音。

 高官の屋敷の裏口から、怪しい人影が姿を現した。


 ちっ。

 出てきた、だと?

 

 心中で舌打ち。

 いつの間に侵入を果たしたのか。


 一手、出し抜かれた。

 だが――見つけたからには。


 俺に遅れること数秒。

 人影は動きを止めて、こちらを見た。


 気づかれたか。

 あるいは初めから……。


「はじめまして、怪盗シュピーゲル。俺の野望のため、お前にはお縄についてもらう」


 俺は壁から背中を離し、怪盗シュピーゲル(と思われる人影)と向き合った。


「……あらあら。今宵の狩人は、一味違うみたいね」


 意外なことに、女の声。

 その声に焦りは感じられず、むしろ状況を楽しんでいる事がありありと伝わってくる。


 女が一歩、前に出る。

 影が覆って判然としなかった怪盗シュピーゲルの姿を、路地裏に射し込む月光が暴きたてた。


 スラリとした長身の女。

 身体にぴったりと張り付くような薄手の黒い布地が、彼女のメリハリの利いた肉体を浮き上がらせる。

 タイツとまではいかないが、それに近い用途であることは一目瞭然だ。


 そしてその顔の上半分は、目の部分を除き、竜の翼を模したと思しきマスクで覆われている。

 流れるような蒼い髪は、彼女が蒼竜人であることを示していた。


 しかし……。


「その格好は、ちょっと、ないわ……」


「なっ……!」


 シュピーゲルがほんのりと頬を染めた。


「き、機能美と形式美を兼ね備えたこの格好の良さは、坊やにはわからないのよ」


「形式美ってことは、趣味ってことだろ? わかりたくもないわ……そんな露出趣味」


「誰が露出狂だってのよ! 全然露出なんてしてないでしょ!」


「いや、露出してるようなもんじゃね? 身体のライン丸わかりだし。恥ずかしくないの?」


 シュピーゲルは、口の端をピクピクと痙攣させる。


「ぼ、坊や。あなたは、少し痛い目を見たほうがいいわね? 目上の人は、敬わないとダメよ?」


「泥棒に言われても……」


「泥棒じゃないの。怪盗。か・い・と・う。そこのとこ、間違えないでちょうだい」


「まあそこらへんの職業意識はわからなくもない」


「わかってもらえて嬉しいわ。それじゃあ――眠りなさい」


 俺は右腕を頭の側面に掲げた。


 ズンッ。


 右腕で受けた存外重い一撃を、下半身に力を込めて受け止める。


「えっ!?」


 シュピーゲルの驚愕の声が、後ろから聞こえてきた。

 同時に、前方のシュピーゲルが溶けて消えた。


「水で出来ていたのか。よくできたお人形だったな」


 俺は振り返って、身構えている本物の怪盗シュピーゲルにニヤリと笑いかけた。


「どうして……!」


 彼女の声には最初のような余裕は感じられず、焦りが滲んでいた。


「簡単な事。俺はお前が屋敷に侵入した事に気づけなかった。にもかかわらず、出てきた事には気づけた。いや――」


 と、いうよりも。


「気が付くように仕向けられた、と言うべきか?」


 シュピーゲルが苦々しげに口元を歪める。


「それを偶然と思えるほどの楽観主義者ではないんでね。アレが囮だということはすぐに気づいた。まあ『虚像の怪盗』シュピーゲルっていう事前情報が無ければ危なかったが……」


 ありがとうギルドのお姉さん。


「そう。まんまと嵌められたのは、私の方だったということね。まさか水の魔宝石の力を見破られるなんて……。思えば私の格好を馬鹿にして挑発したのも、本物の私をおびき出すための罠だったのね」


「……え? あ、うん。まあ、そうかな……」


「憐憫の眼差しを送るなっ!」


 顔を赤くして怒るシュピーゲル。

 だってこの格好は、ねえ?


「……くっ。でも、虚像を見破られたからといって大人しく捕まる私じゃないわよ」


 シュピーゲルは俺に正面を向けたまま、じりじりと後退する。


「逃がすと思うのか?」


「捕まえられると思って?」


 ダッ!


 走り出したのは同時。

 シュピーゲルは真っ直ぐに運河へ向かって走る。


「飛び込む気か?」


 と呟いて、罠に嵌まったフリをしてやる。

 つくづく搦め手の好きな女だな。

 お前の目は、このまま逃げるのを良しとはしていないぜ。


 運河の(ふち)にギリギリまで迫ったところで、シュピーゲルは急ブレーキをかける。

 後ろ向きに跳び上がりながら体を捻り、走り寄って来た俺に体重の乗った(かかと)落としを仕掛ける。

 器用なヤツ。


 予想していなければ、アクロバティックな動きに翻弄されていたかもしれない。


 まさかこの動きを想定していたわけではないが、攻撃に転じてくることはわかっていた。

 俺は右の手のひらだけで、その一撃を受け止める。


 ガシ!


「なぁ!?」


 シュピーゲルの右足を掴んで、逆さまに宙吊りにする。


「は、離しなさい! この、馬鹿力!」


 暴れるシュピーゲルに、一言告げる。


「おやすみ」


 ぐいっと体を回転させ、シュピーゲルを放り投げる。


「きゃあああ!! 覚えてなさいよおぉぉぉーーー!」


 どちゃ。


 壁にぶつかったシュピーゲルは動かなくなった。

 あ、死んではいないぞ。多分。


 俺は怪盗シュピーゲルを官憲に引き渡し、白金貨10枚を受け取ると同時に、冒険者ランクがFに上がった。


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