ダンジョン攻略二日目 幸先の悪いスタート
「ご主人様、朝ですよ。ご主人様」
誰が肩を優しくゆする。僕が瞼を開けると、そこには優しい笑みを浮かべこちらを見つめウーの姿があった。
「おはようございます」
「うん、おはよう」
体を起こす。馬小屋の壁の隙間から朝日が差し込んでいる。僕はそのまぶしさに思わず瞼を手で隠す
「朝食がもう少しでできますので、顔を洗っておいでくださいませ」
「うん」
のそのそと立ち上がり、ふらふらと歩く。そして木の桶いっぱいに入った水で顔を洗う。そしてそのまま服を着替える。ようやくこの辺りで意識がはっきりとしてきた。
「起きたか商人」
「うん、おはようダラス」
僕よりも先に起きていたダラスが空の器を掌で転がし、朝食の時を今か今かと待っていた。そのほかにもチセはウーの手伝いに、チマとポタは互い髪の毛を確認し合っている。しかし僕が起きてきたことに気が付き、大急ぎで寄ってきた。
「「ねえ、ご主人様」」
「なんだい?」
「今日チマたちもダンジョンに連れて行ってほしいのです」
「おねが~い」
「どうしたの急に」
「昨日チセの話を聞いて」
「それで、ポタも行きた~いってなって」
「なるほどね」
まあ正直気持ちをは分かる。自分とたいして年が違うチセが一人連れてってもらって、その上で様々なことを見たり体験したりしてきたのだ。当然この二人も興味を持つ。しかしチセはあくまで医者として同行しているので、正直そこに年齢などはあまり考慮していなかった。チセの医師としての技術と経験は素人の僕が見ても大人の医師と遜色ないように思える。事実トクシンさんの看護や前の街での僕ら一団とダラスの部下たちの治療をほぼ一人でやり遂げるなど、実績も確かだ。だから僕たちは彼女を連れて行くことに決めた。
「どうしましたか二人とも」
僕らの会話を聞きつけたのか、それともちょうど調理が終わったからなのか、ウーが朝食がたっぷり入った鍋を抱えてやってきた。
「どうしたましたか、二人とも」
「あのねウーお姉ちゃん」
「なあに、ポタ」
「ポタたちもダンジョンに連れて行ってほしいのです」
「その話をご主人様にも?」
「うん、でもまだ何も言われてない」
「チマもお願いなのです」
ウーは持っていた鍋を置くと、二人の目線の高さに合うように屈む
「ダメ、二人には危険すぎます」
「でも、チセは連れて行ってもらってるのに」
「二人は気持ちはわかります。きっとチセだけが優遇されていると思ったんでしょ?」
二人は静かに首を縦に振る。ウーはそれを見てすこし安心したような表情を浮かべた。きっと彼女は自身の考えが正しかったと、二人の気持ちを理解できてていたと確信が持てたからだと思う
「確かにチセだけを連れて行くことに対して、二人に配慮が足りてなかったことは謝ります。でもチセは私たちのが頼れる唯一の医者です。ですので、もしダンジョンで怪我をしたときにはすぐに治療できる人が必要なのです」
「だったらなんで、そんな危険なところに行くの? お金も食べ物もいっぱいなのに」
チマがいつものゆるい口調ではなく、真剣な口調で話しているところを僕は初めて見た。それほど、ウーのことが心配なのだろう。確かに僕らが今やっているのはゲームで言うレベリングという行為でただ強くなるためという理由を除けば一切意味も目的もない。それを僕等は必要と思っても、チマたちにとってはその意味が理解できないのも無理はない
「それはね、僕がもっと強くならないといけないからだよ」
だからこそこの先は僕が言うべきだった。ウーやダラスではこれを言っても説得力がない。それは二人がこの一団の中で頭三つくらい抜けて強いからだ。それは一見自然な事だと思う。元々人間よりもはるかに高い運動能力を有して生まれる獣人でありながら、軍隊経験者である二人が強いのは誰がみてもわかるが、それでは足りないのだ。僕がもっと強ければ変えられた過去があったかもしれない。守れたものがあったかもしれない。しかしどんなに悔やんでも考えても過去は変えられない。だったら今を未来を変えるために強くならないといけないんだ。
「確かにウーやダラスは強い。でも僕はそうじゃない。こういう言い方をするのは非常に僕も嫌なんだけど、僕は一応君たちの主人だから。最後までしっかりみんなの安全を守らなきゃいけないんだ。そのために今僕らは頑張っているんだ。だから君たちを危険な目に合わせては意味がないんだ。分かるかい」
「うん、分かる、けど」
「大丈夫、ちゃんと晩御飯の前には帰ってくるから、ね」
僕は二人の頭を優しく撫でて揚げるこれで二人が納得するかは分からないが、少なくとも安心させることはできたのかもしれない。
「でも、チマたちだって戦えるのです」
「ありがとう、でも君たちにはここを守ってもらいたいんだ。できる?」
なんて体のいいことを言っているが要はお留守番である。でもそれは彼らにしか任せられない役割なのだ。
「できる」
小さな声での返事がこぼれる。きっとすべてに納得したわけではないのだろうが、彼女たちなり今回の件について結論を導き出したのだろう。
「よし、それじゃあ朝食にしよう。今日も一日元気にいこう」
何とか雰囲気を持ち直すために、無理やり話題を変える
「そうですね。これ以上話していると冷めてしまいます。さあ器をこちらに。順番によそっていきますよ」
僕の意図を察したのか、ウーも乗ってくれて全員に食事をいきわたらせる。だがその日の朝食では誰も口を開くことはなかった。




