夕飯は何にしましょうか?
「いや~今日は豊作だったね」
その後もチセの知識をもとに多くの植物や鉱物をカバンいっぱいに入れ。僕らは洞窟を後にした。だがその時にはすっかり空はオレンジ色に変わっていたため、かなりの時間あの中にいたことになる。そのためかなり久しぶりに日の光を浴びながら、ゆっくりと背伸びをする。
「さ~ってこっからどうするか」
「私は、今日取った植物でやりたいことがあるので早めに戻りたいのですが」
「じゃあ、あたしもそうするか。ついでだ護衛してやるよ」
「ありがとうございます」
「では、私は夕飯の買い出しに行くとしましょう。ご主人様はどうされますか」
「僕も買い出しについていくよ。もしかしたら荷物持ちが必要になるかもしれないし」
「そんな、ご主人様にそんなことをさせるわけには」
「いや、ただの冗談、たとえ話だから。いや、まった手伝わないわけではないけどさ」
「そうでしたか。ではご一緒に参りましょうか。ダラスチセのことは頼みましたよ」
「はいはい。せいぜいデートを楽しんで来いよ」
「ご主人様やはりダラスの分の夕飯はなしにしましょう。いいですよね」
ダラスがまた余計な冷やかしを入れたせいでウーが不機嫌になったので、何とか彼女を慰めて場を収める。とりあえず全員のやりたいことが定まったため、宿泊先に再集合することを約束し、僕らは一度解散になった。
「悪かったって、市場の場所教えるからそれで勘弁な」
「まあ、いいでしょう」
ダラスはサクっと手書きに地図を作りウーに渡す。ウーはしぶしぶそれを受け取ると、はぶてた表情で彼女から顔を反らした。
「では、参りましょうご主人様。日が落ちる前に戻らないといけませんので」
「そうだね、いこっか」
僕とウーがダラスの地図が示す通りに歩みを進める。僕らとすれ違う人々が時折僕らのことをふしぎそうな目で見る。それもまあこの世界の常識で考えるなら当然と言えなくもない。だが、これが僕とウーの二人の形なのだ。
「ご主人様、今日は何が食べたいですか?」
「そうだね。正直よくわかんない」
「よくわからないってどういうことですか」
「うーん、そう聞かれてもね。正直自分が何を食べたいのか分からないんだよね」
正直これが聞かれた側にとって一番困る答えであることは僕もよくわかってはいるが、本当にそんな気分の時はそう答えるほかない。
「それは困りましたね。ではもう少し簡単な質問をしますので、それに答えてください」
「うん分かった」
「では質問です。今日食べたいものは酸味のある物ですか、それとも甘みのある物ですか」
ああ、なるほどこういう形式か、用は二択の質問を出して。それをもとに今日作る料理を絞り込もうとしているのだ。
「甘いのかな」
「ではそれは、砂糖による甘みですか。それとも牛乳による甘みですか」
「牛乳かな、流石に夕飯のメインがお菓子なのはちょっと」
「それもそうですね。ではメイン食材はお肉ですか、それともお魚ですか」
「当てようか、お肉がいいんでしょ」
そう言うとウーのしっぽがピンと跳ねる。彼女のしっぽは本人以上に彼女の感情を映し出す。だからこそ僕が当てずっぽうに言ったことが見事彼女の心をとらえたのだと確信を持てる。
「はい、流石です。ではお肉の種類は鶏ですか、それとも豚ですか。それともそれ以外ですか」
「急に三択になったね」
「それは仕方のないことです。お肉はどれでもおいしいので、それをその中から二つだけを選択肢に上げることは美味の可能性を奪う行為。許されないことです」
そう言えば彼女はお肉になると途端思考が意味不明になるとともに謎のこだわりを見せる。でもそう言うところも僕はいいと思う。
「それじゃあ、鳥にしようか。知ってる? 運動の後は鶏肉が一番体にいいんだよ」
「それは一体どういう原理ですか、明確かつ分かりやすい説明を求めます」
なんだがレンズが渦巻き状になっている眼鏡をクイクイと上げながら話している姿が頭の中に浮かんだが、実際はそんなことはなくただまっすぐに僕の顔を見つめていた。だが話し方はやっかいなオタクそのものだ。
「えっと、僕も詳しくは知らないんだけどね。鶏肉に入っている成分が筋肉によく利くとかなんとか」
「何ですか、それとても抽象的でよくわかりません」
ウーからの厳しいご意見をいただき僕は少し傷ついた。でも仕方がないのだ。僕だってなんでも知っているわけではない。だからちょっとくらい妥協してもいいじゃないかと思う。
「そうは言ってもね」
「ふふふ、冗談ですよ。では鶏肉にいたしましょう。それで残りの具材は何にしましょうか」
「野菜が無難だけど、其れだと大雑把すぎるよね」
「ではそのあたりは現地についてから決めましょうか」
「それがよさそうだね」
周りの視線とは裏腹に僕らは他の奴隷と主人の関係をもはや軽々と超えていると言っていいと僕は思っている。そもそもウーは奴隷ではなく大切な仲間だし、とても頼りになる存在だ。そしてそんな仲間を持っている僕は今とても幸福だと思う。
「もしかしてあれじゃないかな市場」
僕らの視線の先からどんどん人の活気に満ち溢れた声が聞こえ、それが徐々に大きくなっていく。僕らはそれに胸を躍らせ目の前の角を曲がる。すると思っていた通りそこにはたくさんの人たちが僕らと同じように夕飯の食材を求め、道塞ぐほど立ち並んだ露店に押し寄せていた。
「それにしてもすごい人の数ですね」
「うん、正直僕もびっくりしてる」
正直ここをどのように進めばいいのか分からない。何とか頭と目を動かして通れそうな隙間を見つけようと努めるが、見つけた先からどんどん塞がれていってしまう。このままではこの場から全く動けないまま時間だけがたってしまう。そんな時だった。
僕の体が前に傾く。何か強い力に引かれ体制を崩す。何とか体を起こし視線を上げると僕の手がウーによって強く握られていた。
「行きますよ。みんながおなかをすかせて待ってます」
「うん」
今度は僕の方から強く彼女の手を握る。いかなる人込みに紛れても決して離れるようにしっかりと指を絡め、外れぬように。そして少しずつ前へと進む。そうして僕らは夕日と活気に彩られた市場に足を踏み入れた。




