知の楽園
ダンジョンに入ってからどれくらいの時が立ったのだろうか、時間を知るための物を誰一人として持っていないため、どれくらいの時間僕たちがここにいるのか分からないが、今のところこれと言って危険なことは起こっていない。
そのおかげか、入ってからずっと僕の後ろでびくびくしながら進んでいたチセが、どんどんと活発になっていく。
「見てください。この植物、以前師匠の書斎で見たことがあります。確か特定の毒の治療のために用いることがあると言われているものです」
「なるほど、チセはやはり物知りですね」
「いえ、これは師匠からいただいた知恵です。あ、薬作成のためにいくつか積んでいってもいいですか」
「問題はなさそうだからいいよ、好きなだけ持って帰りな」
「ありがとうございます。でも好きなだけとはいきません。ここの生態系を崩さない程度で取って帰ります」
そう言ってチセは生えている草の半分を取った。
「あ、あそこにあるのは確か地下にしか自生しない。珍しい食材ですよウーさん」
「何ですって。ご主人様少し見て参ります」
「ああうん、行ってらっしゃい」
チセはウーを連れて洞窟の奥へと進んでいった。残された僕とダラスはゆっくりと歩いて二人の後を追う
「あの~、もし何か出たらよろしくねダラス」
「う~ん、どうしようかな。報酬しだじゃあ考えてやらん事もねぇが」
「頼むよ、本当に」
「知らねぇよ。男ならてめぇのことくらいてめぇで何とかしろ」
「そんな~。まあやるだけやるよ」
たわいもない会話を交わしながらぼちぼち歩いていると、地面に座り込む二人を見つけた。
「ご主人様、この植物大変不思議なのです」
「どんなふうに不思議なの」
「なんと全く匂いがしないんです」
「へ~ちょっと試してみてもいい」
僕は地面に跪き、その場に生えている鼻の匂いを嗅ぐ、彼女の言う通り、その花からは一切の匂いがしない。しかし不思議なもののあるものだ。
「これは、光源の少ない洞窟で生き残るために、独自に進化した物なんです。これは葉緑体が優れているのは当然なのですが、ほかの動物に見つからないように、独自に自身の匂いを消す成分を作り出すんです」
「へ~そんなものがあるんだ」
「そのため、この植物事態で食材の臭みを消すために使われたり、オイルを生成しそれを体臭を消すために用いるなど。幅広い用途で使用されていて・・・」
チセは興奮冷め切らないと言った様子で途切れることなくしゃべり続けた。それは当然のことだと思う。かなりの知識がある彼女だが、それらすべてが彼女の中では実在するのかどうか分からない空想上の物ように思って来たからだ。今それらの本物を目の前にして初めて彼女は世界という物を実感したのだ。それは彼女の父親であるトクシンさんが願ったことでもあるのだ。
「どうする、それも持って帰る」
「どうしますか、特に薬になるわけではないので、私はこのままにしようと思うのですが、普段料理をされる、ウーさんは使うことがあるかもしれませんので。一応伺っておきたいのですが」
「そうですね。ではここの生態系に影響が出ない程度に取って帰りましょう」
今度はウーがその花をつみ自身のカバンに入れる。きっとこの後夕飯の時にでも使うのだろう。
「しっかしこいつがいれば、こんな洞窟も宝の山になるな」
言い方は多少引っ掛かるが全くもってダラスの言うとおりである。きっとここに潜る多くの冒険者がモンスター退治が目的になっているため、こういった植物などには一切目もくれず進んでいくのだろう。そのためチセが喜びそうなものがここにはゴロゴロと転がっている。つまりはここはチセにとっては知の楽園なのだ。
「イキイキしてるのはいいことだよ。僕らの仲間になってからあまり息つく暇がなかったし」
「ふ~ん、まあ今後ともあいつの医術や知識には世話になるつもりだから、よろしく伝えといてくれ」
「自分でいいなよ」
僕の言葉に返す言葉がみつからないのか、ダラスはそれ以上話すことなく、僕を追い越した。
「よ~し、お前らこの調子でガンガン進むぞ。少なくとも装備代くらいは稼いで帰るぞ」




