怒りと悲しみと届いてほしい声
日が昇るまで馬車を走らせたところで、僕らは一度足を止め、野営を築いた。
馬車を降り、皆を起こす。僕も降りしきる朝日を手で遮る。そうすることで誰が、どんな暗い思いを抱こうが、そんなことなどお構いなしに朝は来るということを思い知る。
馬車の中の様子を伺うと、昨日からずっと膝を抱えて蹲るフィリアの姿だけがあった。今はきっとどんな言葉も届かない。だから今はそっとしておいておこう。
とりあえず僕は戦い続きで疲労困憊のみんなのために、簡単な食事を用意する。最初は黙々と目の前の作業に取り組むだけだったが、おいしそうな香りにつられて次第に僕の元へと集まってきた。皆思うところはあるだろうが、共通して腹は減っていたようだ。
とりあえず、できた分からお椀によそい皆に配っていく。食事を取ったことで元気を取り戻したのか、僕らのキャンプはどんどん明るい雰囲気に包まれていった。しかし騒いでいるのは戦闘という娯楽を存分に楽しんだダラス達であり、僕の一団は誰一人明るい表情ではなかった。
そんな中馬車の天幕が揺れ、中からフィリアが降りてきた。しかし彼女はずっと俯いたままで一切表情も見せず言葉も発さなかった。
「フィリア・・・・」
僕が呼びかけても、彼女は一切返事を返すことはなかった。
「ご飯…食べる? 。昨日から何も食べてないよね」
またしても、彼女は言葉を発さない。しかし手だけはゆっくりと動いた。そしてそのまま腰のあたりに伸びる。そのモーションに僕は見覚えがあった。いや、つい昨日間近で見たばかりだ。それに気が付くまでに時間にして一秒未満の間があった。それが僕の命取りとなった。
「くっ」
誰もがそれを認識できなかった。それほどまでに彼女は素早かった。それほどまでに刹那の間に僕にとびかかり、喉元へナイフを突きたてた。僕はかろうじて自身の身を転がし、彼女の手首に自らの手をぶつけ、ナイフの動きを止めた。
「殺す、人間、殺す」
「落ち着いてフィリア」
「殺す、人間、嘘つき、人間、母さん、殺した。だから、殺す」
「話を聞いてくれ、フィリア」
僕の言葉などもう届かない。彼女は完全に殺意に突き動かされるだけの機械と化してしまった。その強い衝動が今までの彼女からは考えられなかった。バカ力を生んでいた。
何とか押しのけようと頑張るが、神様のからのギフトを持ってしても全く彼女の腕を動かすことが出来なかった。
「離れなさいフィリア」
何とかウーの槍が彼女に向けて放たれたことで、彼女はそれをよけるため飛びのいた。そしてその時初めて彼女の顔を見た。
あまりに強く噛みすぎた唇から多量の血を流し、その大きく開かれた眼からは怒りの感情以外読み取れず、髪と毛は逆立ちそれでもって僕らへの敵意を表していた。そしてカチカチと嚙合わせるたび凶悪な牙が音を上げた。
「これは、非常に」
「ああ、言わなくても分かるよ」
とりあえず、子供たちは避難させなければならない。そのための時間をどうやって作るか、一応事態を感じ取ったダラスの部下たちも警戒心をあらわにしているが、いざという時に彼らが戦線に加わってくれる保証はない。彼らの任務はすでに果たされているため、僕の指揮下に入る理由はないからだ。
ならばどうすればいいのか、それを考える時間をフィリアはくれなかった。
彼女は唸り声をあげ、再び突進を仕掛けた。僕とウーが身構えるが。そんな僕らの目の前に来たフィリアは直ぐさま方向を変えた。
「まさか、ウー止めるんだ」
「承知」
本当に紙一重でウーの槍が届いた。気が狂った彼女が次に狙ったのはなんとチセだった。いや、考えてみれば驚くことでもなった。チセも又僕と同じ人間なのだ。そして今のフィリアは人間ならだれでも殺してしまう殺戮マシーンとなっていた。
「フィリア、話を聞きなさい」
ウーの言葉をすべて無視し、フィリアはナイフを振るった。ウーもそれに槍で応戦するが、徐々にウーの方が押されだした。このままではまずい。そしてとうとうウーの手から槍が離れた。このままでは今度はウーが殺されかねないと思った僕は、無理やりながら彼女に向けてスライディングを仕掛ける。しかしそれすらもフィリアは体をひねることで全身を中に浮かせて躱した。
「えっ」
そして再び彼女と目が合う。今度こそ僕は確実に殺される。防御もウーの加勢も間に合わない。やばい、本当にやばい、死ぬ。
「「止めてーーーーーーーーーー」」
どこからともなく声が二つ、同時に響き渡った。それと同時にフィリアの体が、僕の上から消えた。誰かが地面にぶつかる音が三つした。僕はそのヌシを確認すべく体を起こした。その隙にウーも槍を拾った。
そしれそれはすぐにわかった。




