作戦終了と心の行き先
「………さま、ご…さ。ご主人様」
ふと声をかけられ、やっと僕の拳は止まった。
「大丈夫ですか」
「ウー、どうしてここに」
「上の掃討がし終りましたので地下におりてみれば、フィリアが負傷しており、さらにご主人様の姿が見えぬので探しに来ました」
「してこの男は」
「ここの施設の長だ」
ようやく体がうまく動くようになり、ゆっくりとウーの方へと振り返る。その時僕の様子を見てウーの顔が驚愕の色に染まった。
「ご主人様、お手をこちらに」
ウーに言われ僕は腕を持ち上げた。その時になった初めて僕は自身の手が血まみれになっていることに気が付いた。
「そのまま、動かないでください」
ウーは包帯用の布で僕の手を拭った。そしてそのまま僕の手にきれいな包帯を巻いた。
「念のために巻いておきます。後でチセに診せてください」
「ウー、僕は、僕は」
ウーは僕の後ろに広がっている状況を見てすべてを察したようだ。
「分かっています。早く行きましょう」
「どういうこと」
「ダラスから撤退の指示が出ました。これ以上ここにとどまっては本当に我々の中から死亡者が出てしまうとのことです」
「分かった。ところでフィリアは?」
「今治療中です。終わり次第こちらに合流します」
フィリアがここに来てしまう。それは、それだけは絶対だめだ」
「ウー、今すぐダラスにフィリアを連れてここから出るように言うんだ早く」
「は、はい」
「あたしがどうしたって?」
僕が指示を出した時にはもう遅かった。ダラスはフィリアを背負って僕らに合流してしまった。そしてすぐに僕の後ろに広がる光景を見てしまった。
「えっ、そんな嘘だよね」
フィリアはダラスの背から降りると、そのまま僕を押しのけ、檻の中へと入っていった。そして例の白骨の前に立った。
「おい、これがお前の母親で間違いないのか」
「ダラス」
「大事な事だろ。あたしたちはこれのためにこんな危険なことしてんだろうが」
「…間違いない。この白髪は母さんしかいなかったから、間違いない」
「そうか分かった。野郎ども撤収だ急げ。増援が来る前にここからずらがる」
ダラスの号令を受けて、仲間たちは再び隊列を組みなおした。
「いくぞ、フィリア」
ダラスの呼びかけに一切返事をせず、フィリアは黙って隊列に加わった。
「ご主人様、我々も行きましょう」
「わかった」
僕も又ウーに急かされるまま、牢屋の前を後にした。しかしフィリアも僕も自分の心をあの牢獄に置いてきてしまった。
その後僕たちは特に追われることなく無事にギルドから、そして町から脱出することが出来た。ずっと今夜唯一の幸いはチマとポタ、そしてチセの三人は敵に襲われることなく無事にいたことだった。でもその三人も帰ってきた僕らの雰囲気からすべてを察したようで、馬車が走り出してからしばらく何も話さなかった。
「うまくいかなかったのですね」
「…うん、僕らは遅すぎたよ」
「そうですか」
念のためにと手の治療を受けている僕にチセが簡潔に事の顛末を聞いた。彼女曰く、なぜか鋼鉄の鎧を素手で殴ったにも関わらず、ただ軽い炎症だけで特に大きな怪我には至っていなかった。
「これで終わりです。後は…私では直せません」
「うん、そこは自分でどうにかしてみるよ」
「あまり無理をしてはいけませんよ」
「そうだね」
「それでは今度こそ私は休ませていただきます。おやすみなさい」
「ありがとうお休み」
とりあえず朝までウマを走らせれば完全に追手が来ることはないだろう。それが今の僕たちの予測だった。それまで交代で馬の手綱を握る。腕の治療が終わったので、僕は今度こそしっかりと両手でそれを握る。
幸い道は平たんな上に障害物もない。だからというわけではないが、自然と視線が荷台に向く。こっちに戻ってきてからずっと俯いたまま一言も話さないフィリアのことが一番気がかりだ。でも今の僕には何も、非常に無責任な話だが、だれか彼女の心を癒してくれる人は現れないだろうか、今はただそう願いながら馬を走らせることしかできなかった。




