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この世界の死生観

 元々かなり肉付きの良い見た目をしているため、まあ足は遅いだろうと思っていたが、想像通り、ギルド長は僕が倒して騎士長からそう離れていない場所にいた。カバンいっぱいにお金と重要書類であろう紙切れを詰め込み、それを大事そうに抱えて走っていた。だがそれでも僕が少し早歩きをすれば追いつけるくらいの速度であった。まあずっとあの趣味の悪い人力車に乗り続ければ運動不足にもなるだろうと、先ほど少し力を使ったせいか僕の頭の中にそんなことを考えるだけの小さな余裕が生まれていた。だがそれでもまだまだ僕の思考の大半を占めているのは、この男や、この施設に対しての怒りだった。


「もう逃げられないぞ」


「あいつは何をしている。まさかやられたのか? あの獣人に」


「いいや、あいつをやったのは僕だ。フィリアは今負傷していて動けない」


「そんなバカなことがあるものか、お前は剣すらうまく使えないはずなのに」


「そこのところは僕にも分からない。でも今はそんなことはどうでもいい」


「今はお前を捕まえることが一番大事だ」


「捕まえてどうする」


「ここ意外に獣人たちの収容所がないか、教えてもらう」


「ほぉ、それを知ってどうする」


「きちんとフィリアの母を探す」


「無駄なあがきを」


 僕はまるで床に落ちたごみをつまむように、ギルド長の服の襟をつかむ。男は一切抵抗することなく、手に持っていたカバンを落とし、僕につかまった。


「フィリアの母親の檻に案内しろ」


「いいだろう。お前に残酷な運命を受け入れる覚悟があるのならな」


 僕はそのままギルド長の手を後ろに組ませ、廊下を歩かせた。その間奴はただずっと顔に気持ち悪い笑みを浮かべながら。僕の前を歩いていた。それはまるで僕の怒りを助長しているように思えた。そんなことをしても自分の命が危なくなるだけなのに、それでも今の彼にはこの状況が面白くて仕方ないのだろう。


「さあ、ここだ中を見てみろよ」


 僕が連れてこられたのは、カギのかかっていないそれまでも何度も見てきた檻だった。しかし唯一違う点といえば、カギの周りの鉄格子が強い力を加えられ、へこんでいた。しかしそれでも檻として最低限の機能を保っていた。


「本当にここなのか」


「ああ、私も何度も遊びに来たからな間違いない」


 彼の言う遊びが一体どういう意味なのか考えたくないが、冷め切っていない頭でも容易に想像がついてしまうため、非常に気分が悪い。僕は改めてギルド長に注意を払いながら中を確認する。しかし地下ということもあり、しっかり明かりをともさないままでは何も見えない。

なので僕は壁にかけてあった松明を一本手に取ると、それを持って改めて中に入る。


「はぁ」


 思わず僕は持っていた松明を落としそうになった。そこで僕が見たものは、人でも獣人でもない。いや正確には獣人なのだろうが、でもそれはもはや生きた生物の原型を保っていなかった。そこで僕を待っていたのは、鎖につながれたまま白骨した獣人だった。それは一見すると誰かは分からないが、それでもわずかに残った、松明の光に反射するほど透き通ったきれいな白髪だけが、僕の目から離れなかった。そのきれいな髪に僕は見覚えがあった。


「お前ら」


「何をそんなに怒っている。お前も奴隷商人だろ。獣一匹の命で何をそんなに慌てているんだ」

「黙れ!! 僕をそこら辺のやつと一緒にするな」


「何が違う。その紋章が何よりの証拠だろうが。それともお前あれかこういう獣に発情するのか」


「そんなわけないだろ。俺はお前たちが何でこんなことが平気な顔でできる」


「簡単な話だ。俺たちは人間で奴らは獣だ。獣は力ずくを躾けないといけない。ただそれだけのことだろうが」


「そのせいで、一人の少女が母親を失ったんだぞ。この意味が分かっているのか」


 子供の健全な成長には家族が必要不可欠だ。そんなことを人間として生まれ子供時代を経験した物ならだれでもわかりそうなことなのに、その倫理がこの男には、いやこの世界には欠落している。


「それがどうした。こいつらがこの地上にいる限り、多くの人間が死ぬんだぞ。それをさせないために獣は鎖につながれてなければいけない。それが分からないなんて、世界を知らなすぎるぞ」


「それじゃあ新たな悲しみが生まれるだけだ」


「誰が悲しむんだ。まさか獣どもって言わないよな」


「それしかないだろ」


「そんなことのために命を張ってなんになる。お前にできることなんてたかが知れてるだろうが、地位も権力も金もないただの人間風情が」


「黙れ!!!!」


 僕は激情に任せて男に拳を振るった。先ほどまでのバフがまだ残っているせいでパンチ一発で男の顔面の骨にひびを入れられるほどの威力になっていた。


「今のお前…最高にみじめだぞ…あいつの母親を助けれらなかったことが…悔しいか…自分を責めているのか…だが…その必要はないぞ…お前がどうしようとも…あの獣はああなる運命…だったのだから」


「黙れ…」


 僕は湧き上がって止まらない悲しみと怒りをエネルギーにただひたすらに男に向けて拳を振るい続けた。


 次第に僕の視界がぼやけていく。無数の水滴が瞼から落ちていく。それでもただただ湧き上がる感情を元にしてただただ拳を振るい続けた。


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