地下監禁施設最下層最後の部屋
ここまでくるとかなり明かりの数も少なくなってくるので慎重に進んでいく。
「ここ、覚えてる」
「そうなの」
「間違いない。ここに連れてこられるとき、こっそり見た」
フィリア曰く、二人はめかくしをされてここまで来たのだが、フィリアの目隠しだけサイズがあっておらず、わずかな隙間から足元を見ることが出来たそうだ。その際にこの床や、檻の様子などを見たことがあるらしい。
「お母さん!!」
フィリアは僕の手を振り払い、一人で走り出した。
「ちょっと、待って」
僕もあわててフィリアの後を追う。走りながらあたりを見る。僕らが走っている廊下の両側には無数の檻が設置されており、そのほとんどに獣人が入れられている。だがそこは人が生活するには明らかに劣悪な環境で合った。
檻の中には食事として与えられたのであろう、腐った食べ物が転がっており、それなら強烈な腐敗臭を放っている。それに床や壁は一部が赤く変色していた。それが錆びや汚れによるものなのか、それとも別のものなのかは今の僕には判断がつかない。そして寝床にはボロボロの干し草を無理やりつなぎ合わせて作られているものだった。
そんな折が何個も何十個も続いている通路をただひたすら走る。何事かと時折檻の中の獣人が顔を上げるか、どの顔にも一切の生気はない。これがここの現実なのだ。あの夜も眠ることを知らないほど明るい街の下に眠る、どす黒い闇なのだ。
僕はただ今すぐ彼らを救って上げられないもどかしさから唇を強く噛み。そしてただ下を向いて走った。しばらくすると、僕の視界の先でフィリアが立ち止まっていた。
「どうしたの」
「これ見て」
フィリアが指さした先はドアの上についた。小さな木の板だった。これには『局長室』と書かれており、ここはあのデブ会長の部屋なのかと思うと、以外のようなそうでもないような気がする。しかしもしここにやつがいるなら、捕まえておくとフィリアの母親の居場所を聞き出されるかもしれない。
「行く?」
「もちろん、あのデブは斬り刻まないと気が済まない」
「…そっか」
できることなら、これ以上フィリアに犯罪をさせたくないし、僕もそれを自重するようなことは言えない。だってそうしないともしここにフィリアの母親がいた場合、彼女にどう説明すればいいものか分からない。もし彼女が危ない状況になったら真っ先に僕が飛び出して対応しよう。そう決意を固め、僕はゆっくりと扉を開けた。
「な、なんだお前たちは」
部屋の中には、慌てふためきながら、両手いっぱいに紙の束を抱えたギルド長が、今からまさに夜逃げでもするかのような面持ちでこちらを見つめている。
「ここまでだくそ野郎」
「ガキ獣人、またお前か」
フィリアがいることを見ると、ギルド長は顔を一気にしかめた。僕が知らないだけで、二人の間には相当深い因縁があるのだ。それに今終止符が打たれようとしている。
「まったくあの時は、母親とお前の二人だけだったのに。お前一人を逃がしたせいで今度は獣人どもの大反乱だ。恐らくもうじきここも落ちる、わしが長年の努力で積み上げたものをお前は平気な顔して奪うのか」
「知るか、お前の数十年より、私達が受けた屈辱の方がずっと重い」
フィリアがナイフを抜き、男にとびかかる。ギルド長は一切の武装をしておらず、おまけに両手は紙でふさがれており、防御はできない。このままいけば確実にギルド長の急所を捕らえる。
「死ねーーーー」
ガキン。金属同士がぶつかる鈍い音がして僕らは目を見開いた。そして思い知った。僕らの視界に入っていたのはこの部屋の一部で、奥は完全なる闇だった。その闇の中からフィリアの短剣目掛けて、銀色の輝きを放つロングソードが伸びていた。




