偽装取引と作戦の始まり
本当に時というのは思いのほか早くたってしまう物で、僕はギリギリまで訓練を続けたり
作戦を練ったりしてが、それでも完全に準備が整う前に、取引の時間を迎えてしまった。僕は軽く汗を拭うと、そのままフィリアを連れてギルドへと向かう。
「大丈夫、フィリア?」
「自分の心配をしろ。もしこれが失敗したら、私はお前を人質にしてこの町を出る」
「ああ、もしそうなったら好きにしてくれてかまわない」
本当にそうなっても僕はフィリアの人質としての役割を全うするだろう。ただそんなことをしてはまたウーに怒られてしまいそうだから、できるだけその可能性はないに越したことはない。
この作戦には不安要素が多い、しかしそれを誰よりも感じているのはフィリアなのだ。その証拠にみんなの元を離れてからずっと高圧的な態度を取っているが、ずっと肩を震わせている。
「手、つなぐ?」
「はぁ、お前何を言っているんだ、こんな時に」
「だってフィリアずっと怖がってるじゃん」
「そんなことはない、ただの武者震いだ」
以外にも武者震いと言う難しい言葉を知っているのだなと思ったが、絶対にそれではないことは彼女の額に流れる汗が物語っていた。
「着いた。大丈夫?」
「いちいち聞くな」
フィリアは階段にそのまま座り込んだ。僕は彼女を入り口に残し、一人で受付に向かう。いつもの受付嬢に話を通すと、呼んでくるのでしばらく待っていてくれと言われた。なのでフィリアの元に戻って隣に座る。
「君の母親について、もう少し聞かせてくれる? 捜索の手がかりになるかもしれないし」
「お母さんは、ただひたすらに優しかった。私が何をしても決して怒ることはなかったし、いっつも優しい目をしてた。私はそれが大好きだった。それに料理も上手だった。母さんが作る肉の丸焼きには秘密のスパイスが入っててそれがすっごくおいしくて。でもそのスパイスの作り方を教えてもらう前にこんなことになって、それで最後におかあさんの顔を見たのは何年の昔だから・・・もしかしたら私だと分からないかも」
「それはないんじゃないかな」
「どうしてもそう思える?」
「理由なんて、ないよ。ただ親とはそう言うもんだよ」
「そうなのか」
「そうだよ」
「だと・・・いいな」
「そうだね」
そんな話をしていると、後ろの戸が開き、受付嬢よりさらに上品な格好をした女性と、がっちりとした鎧を着込んだ騎士がそれぞれ二人ずつ出てきた。どうやら向こうの準備が整ったらしい。なので僕らの座っていた位置から立ち上がる。扉の奥からのっそりとゆったりとした足取りでギルド長が出来てきた。その瞬間フィリアの嫌な記憶がよみがえる。
「久しぶりだな、くそったれのガキ獣が」
「もう二度と会いたくなかったがな」
「それはお互い様だ」
さっそくバチバチに悪口の言い合いが始まった。このままだとフィリアが襲い掛かりそうなので、僕が場を持ち話を進める必要がある。
「えっと、さっそくなんですが。取引を勧めたいんですけど」
「ああ、そうでしたね。私としたことが、つい気持ちがあらぶってしまった」
ギルド長はハンカチを取り出すと、かいてもいない汗を拭うそぶりを見せた。きっとそうすることで気持ちを落ち着けたいのだろう。
「まずはその娘をこちらに渡してください、万が一にも武装をしていないか調べさせていただきます」
「ええ、かまいませんよ」
僕らの話を聞いていたフィリアが一歩前へと出る。一方ギルド長側は先ほど扉を開けた女性の内一人が前に出てきて、フィリアの体に触れる。その時の彼女の表情はまるで、じゃんけんで負けてごみ処理をさせられているような、苦悶に満ちた顔をしていた。きっと彼女もこの男と同じ価値観をいただいているのだろう。やがて身体検査が終わり、女がギルド長の元に戻り、武装はないと報告する。
「それではお待たせいたしました。お金のことなど細かい話は中でいたしましょう。さあこちらです」
ギルド長が僕らに背を向け、建物の中に戻ろうとした。その時僕らの足元に導火線に火が着いた丸い爆弾が天より降ってきた。




