迷いの夜と決戦の朝
どれだけ夜が深けてもフィリアの意識はいまだに今日の中にいた。眠らなくてはいけない。そう頭では分かっていてもまとわりついた不安が、彼女の意識をずっと縛り付けていた。
「眠れないの?」
そんな彼女にチマが声をかける
「うん、やっぱりね緊張しちゃって」
「それは明日お母さんに会えるから~?」
ポタもまたチマと一緒に現れた。
「いや、それは違うかも。きっと怖いんだと思う。明日すべてが解決するかもって思っても。それでも頭の中にいろんな不安要素が流れ込んできて、離れないんだ」
自分でも難しい話をしていることは理解していた。それでも今は、こう言うほかに自身の心の内側を説明する術を持ち合わせていないのだ。
「でもだからと言って、あいつの作戦よりいいモノをあたしはだせない。だから乗っかるしかない。でも不安なんだよ、君たちにわかるわけはないだろうけど」
「ううん、そんなことない」
チマとポタはかなり幼いころに人間に連れ去られ、そして今の今まで奴隷として過ごしていた。そのためもう何年も家族に会っていない。だからと言ってその状況に二人が慣れたわけではない。ただずっと自分の気持ちを押し込め、周りの大人たちが見せる景色に自らの視線を誘導してごまかしているだけに過ぎないのだ。
「チマ達もずっと、会いたいって思ってるよ」
「家族大好きだから、でも今は」
「「皆がいるから」」
フィリアはこの時思っていた。この子たちはなんて強いのかと、それでもこの子たちと自分と同じなのだと、それに加え、自分はどちらかと言うと恵まれているのか、かなり困難な道ではあるが、少し顔を動かせば視界に入る街明かりの中に自分の探して求めていた家族がいるのだ。そして自分たちは明日あの街に挑むのだ。
「そうだね、ここにはいい人たちがいっぱいいるね」
フィリアがこれまで出会ってきた人間は誰も彼も、自分達のことを生き物としてすら扱ってくれなかった。でも彼は違った。ほんの数日前にあったばかりの獣人のためにあんな危険を冒そうとしている、だがその意図も狙いもフィリアにはわからなかった。
でもそんなことは今どうでもいい。まずは母さんを救うことが先決だ。それ以外のことはその後で二人で何とかすればいい。すべては明日決する。そのために自分はできることを尽くすだけだ。
「ありがとう、二人とも。もう私は迷わないよ」
「うん、よかった」
「もし、明日母さんを救い出せたら、二人にも紹介するね」
「楽しみ~」
二人が話しかけたことで、フィリアの表情が少しだけ柔らかくなった。そしてナイフと砥石を取り出すと、そのまま周りのことなど気にせず研磨を始めた。
どんなに拒んでもどんなに求めても、変わらず朝はやってくる。僕は自分がもたれかかっている木に生える草の隙間から差し込む日光で目を覚ました。
「おはようございます。ご主人様」
今日がいよいよ決戦の日であるが、ウーは変わらず僕らのために薄味のスープを作ってくれていた。でも変に気合の入った料理を食べるよりもこっちの方が心が落ち着く。だがそれにしても、今日はなんだか作る量が多いような気がする。
「おう、商人起きたか」
その声を聴いて僕は全てを思い出した。そう言えば今日はダラスが仲間たちを連れて戻ってくるんだった。そのために多めに食事を作っていたのか。
それを思い出してみると、あたりの景色は違和感だらけだ。いつもよりも朝食が騒がしいし、チマとポタは完全におびえている。チセは・・・いつも通りだった。時折彼女のメンタルがとても強いように思える。
「それで作戦を聞かせろ、何やら面白そうなこと思いついたんだってな。ガキどもに聞いたぜ」
あの二人があそこまで委縮した原因が垣間見えたような気がしたが、僕はお構いなしに自身が考えた作戦をダラスに話した。意外なことにダラスは僕の作戦を面白そうの一言で納得してくれた。そしてすぐに連れてきた、十人ほどの部下の部隊編成を行った。
こうして組織のリーダーとしてのダラスを見るのは初めてだし、そのおかげで彼女に抱いていいた印象がだいぶ変わった。昔はタダの酒好きの悩筋くらいにしか思っていなかったが、確かに盗賊団一つをまとめ上げる資質は持ち合わせていた。だからリーダーとして見習う点がかなり多い。
そう考えていると、ダラスは部下の一人を従えて僕の元に戻ってきた
「そうだ、商人お前戦えねぇだろ」
「確かにそうだね」
「だから、まあ、付け焼刃程度にしかならねぇが、こいつに剣を教えてもらえ」
そう言って後ろに控えていた男に指示を出した。その男は盗賊団と言うには明らかに雰囲気が一般人のそれに近い。だがそれでも目の前に立たれると、多くの戦場をくぐってきた戦士の雰囲気をまとっていた。
「あなたが、隊長が言っていた商人殿ですか」
「はい」
「私はアウクス、宜しくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願いします」
「あまり時間がないので、護身程度のことしかお教えできませんが。それでも少しでもあなたが自身の身を守れるようにしろとのことですので、全力を尽くします」
そう言ってアウクスは木刀を僕に投げ渡す。
「さあ、構えて。細かいことはその都度指導します」
僕は手渡された剣を自分が思う最善の構えで握った。




