戦いの前の闘い、その準備
「前にも、言ったはずだぞ商人。あたしは力ある者にしか従わない。それがあたしの生き方だ。何をするのか分からないが、少なくともこれまでのように楽にはいかねぇだろ。下手すらばこの中の誰かが死ぬかもしれない。それも分かった上で言ってんだな」
「ああ、それに誰も死なせるつもりはない」
「それをできるだけの力がお前にはあるのか」
「そのために僕がいる」
「そうか、ならあたしがためしてやる」
ダラスはそう言うと携帯していた手斧を入れ物ごと地面に置いた。
「商人、あたしと決闘しろ」
「いいだろう」
「待ちなさい私が代わり闘います」
「そう言っていつまでもそいつのわがままに振り回され続けるのか? お前は」
「何ですって、ご主人様はあなたと違って崇高な目的のために」
「何だよその崇高な目的って」
「人間と獣人、皆が平等な世界を作る」
ウーが真剣な訴えを聞いて、ダラスはその場に座り込んだそして腹を抑えだした。最初は体調でも悪くなったのかと思ったが、そのうち隙間から漏れ出すように小さな笑い声が聞こえてきた。それはやがてあたりいっぱいに響き渡るほどの大笑いに変わっていった。
「まさか、お前そんなことのためにこいつについていってのか、本当バカみたいだな。おい商人やっぱりおまえこいつに薬盛ってんじゃねぇのか」
「ダラスこれ以上言うなら、今ここで殺しますよ」
「やってみろよ、奴隷風情がこのあたしに勝てるとでも」
「今なんと」
「ああ、分からなかったか。お前はただの奴隷だって言ってんだよ。あいつにいうことにどこまでも従順で、疑うことをしない。お前はこいつの仲間になったつもりなのかもしれないが、結局お前はただこいつに酔心しているだけのただの奴隷だって言ってんだよ」
その言葉を聞いてウーは持っていた槍を地面に落とした。ダラスの言葉は何も間違っていない。だがそれでも確かにウーの心をえぐった。ウーは放心し、そのままその場に跪いた。そんな彼女の様子を見ていられなくなり僕はダラスの前に立ちはだかる。
「もういい、僕と決闘するんだろさっさと始めよう」
僕がダラスの前には立ちはだかると彼女はゆっくりと立ち上がった。
「いい度胸じゃねぇか」
僕は武器を持っていないので、ただうろ覚えのファイティングポーズを取る
「時間がねぇからな、初撃決着スタイルでいいぜ」
「なにそれ」
「はぁ、決闘のルールも知らねぇのかよ。まあ端的に言うと最初の一撃ですべてが決まるってやつだ」
「なるほど簡単だ」
正直この決闘に僕の勝ち目はない。だがこれは勝敗を決めるための物ではない。ダラスにとってこれは秤なのだ。だから僕は勝つ必要はないし、ダラスにある程度僕の実力を認めさせればいい、そう考えればまだやりようはある。前にヌシに立ち向かった時、僕は自分の実力以上の力を出せた、あの時のような力がまた出せれば、まだ僕にもできることはある。
そのためにはあの力がどのようにして発現したのか思い出す必要がある。だがそのヒントは以前ウーにもらっていた。
「ねえ、ウーあの時どうやってダラスを倒したの?」
「あれはご主人様からいただいた力なのですが、もしかして自覚がなかったのですか」
「まあ、あの時は僕も必死だったからね。ウーが死んじゃうんじゃないかと肝を冷やしたよ」
「それは申し訳ありません」
「なんで謝るのさ」
「それで、あれが僕からもらった力だっていうのはどういうことなの」
「あの時私は本当に死を覚悟しました。でもその時ご主人様との約束を思い出したんです。その約束を守るために、ここで死んではいられない。そう思ったんです」
「なるほどね~そうなると僕の力かどうか怪しくなるね」
「どういうことです?」
「だってそれはウーの心が眠っていた力を呼び覚ました。そうじゃない」
「そうと言われれば、そんな気もしなくはないですが。それでもこの心をくれたのはご主人様なんですよ。だからもっと自信を持ってください。あなたはすごい人です」
ウーの話を鑑みるならきっと強い思いを僕が抱くことが出来れば、それがみんなを守るための力を僕にもたらすのだと先の闘いで証明することが出来た。後はそれを常用できるようになる必要がある。今度はそれを実践するのだ。そのためにダラスとの決闘にのぞむのだ。
でもそのまえに今僕らすぐそばで放心状態になっているウーをひとまずは安全なところに移す必要がある。
「ウー、大丈夫?」
「ご主人様、私は」
「その話は後、こんなところで僕たちの旅は終わらない。だから今は立って」
僕が手を伸ばすとそれをウーは弱弱しく握る。よかったどうやら彼女の心はまだ完全にはおられていないようだ
「チマ、ポタ」
「はい」
「あい」
「ウーを頼む」
「「了解」」
「待たせて悪かったねダラス」
「へー」
ダラスは僕の顔を見ると、少し驚いたような反応を見せた。だがすぐに楽しそうな笑顔を僕に向ける。
「いいツラになったな、商人」
ダラスは強く大地を踏みしめた。




