長との取引~誘導尋問編~
ギルド長と共に歩いているとは言え、ギルドの雰囲気はいつも通りというほかなかった。今日も多くの人が仕事を求めここを訪れている。ここの成り立ちを聞いた後だと、それまで関心がなかった自分以外の人のことも少しばかり気になってくる。あの人はきっと出稼ぎにきたのかなとか、あの人たちは今日はちょっと稼ぎのいい仕事に挑戦するのかなとかそんな想像を膨らませてしまう。
だがそれもほんの一瞬の出来事で、すぐに誰も歩いていない通路へと進んでいった。そしてついには狭い部屋の中で二人きりにされてしまった。
「さて、それでは手続きを始めますか」
「手続きって具体的に何をするんですか」
「なに、難しいことではありませんよ、ただこれから先一体何を見ようともそのことを一切口外してはいけない。ただそのことを誓っていただければいいのです」
そう言ってギルド長は一枚の書類を取り出し僕に見せた。そこに書いてあったことはひどくシンプルで先ほどこの男が公言したことをそのまま紙に写し取ったみたいにそのままだった。
「さあ、こちらの書類にサインを」
これを拒めばきっとこの先には進めない。
「分かりました」
僕は渡されたペンで書類に自分の名前を書いた。そしてそのまま書類を彼に帰す。
「はい、確かに確認しました。それにしても珍しいお名前ですね」
確か異世界転生物のラノベでは日本人ぽい名前を名乗る人は少ないということは知識として記憶していた。もちろんそこを指摘された時の対処法も又心得ている。
「ええ、東の方の生まれでして」
「そうですか、あそこは奇抜ながらおいしい料理がたくさんあるので、私もよく休暇の際に行くのですよ」
「そうでしたか」
まさかと思うが、この世界の東側には日本文化が浸透した町が存在するのかと思ったが、そんなことを聞いては今着いたばかりの嘘がばれてしまう。それだけは避けなければならない。なのでここはまたしても大人の対応をしておいた。
「はい、手続きは以上にです。それではまいりましょうか」
「えっ、本当にそれだけ?」
「はい、それだけですよ。細かい売買契約はまた中で行いますので」
ギルドの長が立ち上がり外への扉の前に立った。だが扉を開くだけでそこから出ようとはしなかった。
「そうだ。一つ聞き忘れていたのだがね」
先ほどまでとは明らかに違う声色に僕の背筋が一気に凍り付く。この後この男から一体どんな言葉が出てくるのか、それ次第で状況は大きく変わる。それでも僕はこの動揺を悟られないように、落ち着いた声色で彼に対抗する。
「何ですか」
「これは部下から聞いた話なのですが、かなり優秀なあなた様でも未達成の依頼が一つあるとか」
「・・・・・」
「あれは、確かこの町を騒がせる獣人の強盗の確保でしたかな」
「そうですね」
「それの進捗を伺っても宜しいかな」
「以前あなたの部下にも聞かれましたよ。まあお話した通り全く進捗がありませんが」
「そうですか、でもおかしいですな」
ギルド長が僕の肩に手を置く、それもかなりの力で。そのせいで僕の体は椅子に座った状態から一切動かせなくなっていた。それはまるでここから逃がさないと言っているようなものだった。




