ギルドの長と奴隷人力車
「よいのですか、先に帰してしまって」
「秘密の話なのでしょ、ならば外に漏れるリスクは、少ない方がいいかと思って」
「流石、分かっていらっしゃいますな」
ギルドの長は分かりやすく気分を良くし、僕の背中に手を回しそのままぐいぐいと押していった。
「彼に茶を出すように、手配しておけ」
「かしこまりました」
ギルドの長が指示を出すと、受付嬢は血相を変えて走り出した。
「さあ、我々も参りましょう。車を用意してますのでそれで」
車と聞いてまさかとは思ったが、自動車がこの世界に存在しているのかと思ったが、僕の期待は完全に外れ、そこで待っていたのはあっちの世界でも観光パンフレットなどでよく見るタイプの人力車だった。だが一応これもはるか昔は車の一種として扱われてきたはずなので、言い分としてはまちがいではない。だが問題はそれを引いているのが、今にも倒れそうな獣人奴隷であることだった。
「ささ、乗ってください。操り方は言うまでもありませんな」
気は進まないが恐る恐る座席に座る。その途中で人力車をこれから引くことになる獣人と目が合った。彼の瞳に宿っていた感情は憎悪、怒り、そんなくらいものだった。それを受けながら僕はこの人力車で走らなければならないのだ。
そんな感情を忘れるように柔らかいシートに腰を掛ける。頭上には大きな屋根があり、それが日光を遮っている。その二つの要素の御かげその椅子の上だけはかなり居心地がいい。だがただ座っているだけでは、人力車は一切動かなかった。もしかするとチップか何かを払わないといけないのかと思い、財布を取り出そうとすると、横から笑い声が聞こえた。
「まさか、初めて乗られるのかな」
見透かされてしまったが、分からないものは仕方がないので、素直に答える。
「馬車での旅が長かったので、こうして一つの街にとどまるのは久しぶりでして」
「ああ、それなら仕方がありませんな。一応この奴隷人力車はこの町のメジャーな移動手段にするべき励んでいるのですか、なかなかに普及していなくて困ってまして。なのでこれを機にぜひ、あなた様にも普及活動に加担していただきたく思います」
そんな嫌な事の片棒を担ぐ気はないが、そこは一応大人の対応をしておく
「それではこれの操り方ですが、まずは座席の横を見てください」
そう言われてみてみると、手を置くスペースが明かに大きい気がする。そしてその真ん中に小さなくぼみがあることに気が付いた。
「どうやら見つけたようですね。そこに指をかければ簡単に明けられるようになっておりますので、開けてみてください」
そう言われて試してみると、本当にその部分が開いた。試しにその中に手を入れてみると、中に何か入っていた。僕は何の疑問も抱かずにその中身を取り出してみる。そして僕の手が再び陽の元にさらされた時、そこには鞭が握られていた。
「これは一体」
「ああ、それでこれらを動かすのですよ。こんな感じで」
そう言ってギルドの長は自分の乗っている人力車を引く奴隷に鞭を振るった。絞り出された苦しみの声を上げながら奴隷はゆっくりと立ち上がった。それを見て僕は血の気がひいていくのを感じた。鞭なんてあっちの世界にではそれこそSMクラブとかに行かない限りは振るう機会なんてない。それにここでこれを使ってしまえば、もうみんなに合わせる顔がない。何か他に方法はないだろうか、僕の頭はそればかりを考えていた。
「どうしたましたか、早くいきますよ」
いつの間にか僕の横まで来ていたギルド長が急かしてくる。僕の横、つまりは今彼からは僕を縦半分に切ったうちの半分しか見えていないことになる。それならば
「立て、そして走れ」
僕は鞭を思いきり振るったしかしそれは石で舗装された道に当たった。だがその様子はギルド長からは見えていなかった。ちょうど、僕と奴隷の体が邪魔をして、鞭の落下地点は見えていなかった。だがそれでも確かに強烈な音があたりに響き渡ったので、ギルド長は見事に勘違いしてくれた。
「そうそう、その調子です」
僕が立てた騒音を脅しと捉えたのか、奴隷はゆっくりと人力車を持ち上げ走り出した。
「さあ、ここからそう遠くはありません。急ぎましょう」
僕らを乗せた人力車は町の中を走り出した。この町にも最初に訪れた都市よりかは少ないが、それでもそれなりに奴隷が働いている。彼らからの嫌な視線を浴びることになるが、それ以上に、こんな悪趣味な乗り物に乗っているということで奇怪な視線を人間から浴びることの方が辛かった。なので僕はそんな視線から逃れるように服を使って顔を隠した。
「さあ、つきましたよ」
そうしてしばらく走ったのち僕らはここ最近あまり通っていなかったギルドにやってきた。てっきり例の秘密の施設に直行するものかと思っていたが、どうやら違うようだ。
「まずはここで、簡単な説明と手続きがありますので、こちらへ」
「分かりました」
ギルド長に案内され、僕は中へと入った。




