商談とさぐり
「でもあなた様はどうやら、最低限の教育も受けているご様子で、それに所持している奴隷の数もそれなりにいらっしゃいますよね」
銀縁眼鏡は僕の服に着いた奴隷商人の証を見ながらつぶやいた。別に悪いことをしているわけではないのに、思わずそれを隠すように手を当てた。
「それなのにどうして、このように簡単な依頼しか受けてくださらないのかということが気になってしまいまして」
実際それ自体に大きな理由はないが、ただ皆に苦しい思いをしてほしくないから。正直お金が欲しいわけでも地位が欲しいわけでもない。ただ叶えたい夢がある。それだけなのだ。そのためにお金が少しばかりいるからここで足踏みをしているだけに過ぎないので、ただ適当に簡単そうな仕事を選んでいるに過ぎないのだ。だがそれをこの銀縁眼鏡に言ったところで果たして納得してくれるのかわからない。
「おっしゃる通り、僕らは人数こそいますが、ほとんどが体が弱いものたちばかりなので。あまり無理をさせるわけには行かないんですよ。彼女たちを失ってしまっては僕の商売は立ち行かなくなってしまいますのでそれで」
そこまで話したタイミングで銀縁眼鏡は僕の話しを遮った。そしてそれまでずっと机の上にただ置いてあっただけの紙の束を崩しだした。それも乱暴に崩したのではなく、上から一枚ずつ丁寧に机に並べていく。その時になって僕は初めてその書類の内容を見た。
そこには一人の獣人を複数の角度から撮った写真とその獣人のプロフィールが記されていた。それを見て僕はすぐに今目の前に並べられているのは奴隷のカタログであるということを理解した。
「私共ともおそらくそうではないかと思っておりました。そこで私共からあなた様に提案なのですが、これを機に新たに奴隷を買われてはいかがでしょうか? もちろんすぐにとは言いません。何度かお仕事に連れて行ってみて、それで気に入ったらお買い上げという形でも構いませんよ。分割払いもできますので、ぜひ」
それまで堅物で機械的な対応しかできないと思っていた銀縁眼鏡が、それまでのキャラを一気に崩し、完全に営業ウーマンの姿へと変貌を遂げていた。その姿がどうにも僕には受け入れがたく思えた。
元々そういう露骨に態度を変える営業の人が苦手だった言うこともあったが、それよりも彼女が意気揚々と扱っている品物が奴隷、獣人の命であることがこの不快な気持ちを湧き上がらせている一番の要因だ。だがこれは同時にチャンスでもあると思った。とりあえずはこのギルドの中に奴隷がいることは確定した。しかしどこにいるのかこの銀縁眼鏡に問い詰めての決して教えてくれることはないだろう。
だからうまく話を盛っていって買う前に商品をまとめてみてみたいという方向に話を持っていくことが出来れば、それを理由にフィリアの母親を探すことが出来るかもしれない。そのために今はこの湧き上がる感情を抑え、話を合わせていく必要がある。ゆえにここからは我慢の時間だ。
「なるほどわかりました。まずはそちらの資料を拝見しても?」
「はい、ごゆっくりご覧ください。私はお茶でも淹れて参りますので」
そう言って銀縁眼鏡は部屋を出ていった。その瞬間僕の緊張の糸がぷつんと切れた。僕は思いきりソファにもたれかかり、息を大きく吐く。そして改めて目のまえの資料に目を通す。
いったいどうやってこれほどまでの鮮明な情報を集めたのかと問いたくなるほど、身体情報がぎっしりと書かれていた。種族名、身長、体重、年齢、持病の有無、などが記されていたが、彼女のたちの経歴などに関しては元軍人を除き、一切の記述がなかった。恐らくはここが空白の者はさらわれてきたのだろう。そんな資料が僕の目線の高さ以上に積まれているのだから、ここにどれほどの数の奴隷がいるのかあっけに取られてしまう。
「何か気になるものがありましたか」
ノックもせずに銀縁眼鏡が戻ってきたので、僕は思わず驚き、ソファから飛び上がってしまう。
「そう驚かなくてもよろしいではありませんか」
「そうですね。ごめんなさい」
「それで、なにか気になるものはありましたか」
僕の目の前にお茶の入ったカップを置きながら銀縁眼鏡が尋ねる。しかし僕はその資料の出来栄えに驚くばかりであまり多くに目を通せていなかった。
「これほどまでの詳細な情報どうやって集めたのですか?」
「それは、企業秘密なのであまり詳しくはお話できませんが、この町には大規模な奴隷収容
施設がありまして、そこで奴隷たちの管理が行われています」
「なるほど、そこを見せていただくことはできませんか?」
思い切って踏み込んでみたが、予想通り銀縁眼鏡はかなり気まずそうな顔をした。




