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あの日

 草原にいる間は二人の武器がぶつかり合う音がしていたが、町に入ると一切聞こえなくなった。僕はとりあえず、干し肉と麦酒を買ってすぐさま町を出た。時間としては数十分ほどだろうか、僕が走って馬車の位置に戻ると、すぐさまウーが手を振っていた。近づくにつれて、彼女の背中に隠れるチマとポタの姿も確認できた。ひとまずは三人が無事なことを安堵し、走るのをやめ、歩いて近づくとダラスはすでに武器をしまい、地べたに座り込んでいた。そしてそのすぐ横で、チセに手当てをしてもらっているフィリアの姿があった。


 致命傷には至っていないが、頭から血を流した後があり、頭に包帯を巻かれている。それ以外には目立った外傷はなかった。一応チセに容体を聞くと、やはり僕が見た通りで頭以外の負傷はなく、命に別条はないようだ。


「大丈夫フィリア?」


「あの、怪力女頭を思いっきり殴りやがった」


「そのようだね」


「怪力女とは嬉しいこと言うね」


「褒めてねぇよ」


 ひとまずは死人が出なかったことに安堵し、買ってきたものを置くとすぐにダラスが食いついた。


「おお、これこれ待ってたぜ」


 ダラスは早々にグラスを二つ出し、そこに酒を注ぐ。そして片方をフィリアへと差し出した。


「さて、私が勝ったんだから。約束は守ってもらうぜ」


「分かったよ」


 フィリアは僕から干し肉を奪うと、引きちぎるようにそれを食べた。


「あなたたち、少しは…」


「いいよウー」


「ですが」


「その話、僕も聞いていいよね」


「ああ、良いぜそのためにこれを買ってこさせたんだ」


「なるほど」


 ダラスはフィリアとダラスが勝ったら過去を話すという条件で戦いを行ったのだ。その結果見ての通りダラスは勝利を収めた。その報酬としてダラスは話を聞く権利を得たが、僕らとダラスに主従関係はない、なのでその話を聞く権利は僕らにはない。だからその権利を得るための対価が、この肉と酒なのだ。しかしまさかそれほど早く決着がつくとは思わなかったが、それでも僕は改めてダラスは強いということを実感した。


「私は元々奴隷だった。この町におっきなギルドがあるのは知ってるな。そこのトップの下に、母さんと一緒に居たんだ。毎日毎日、朝から晩まで働かされ。与えられたのは腐りかけの食事だけだった。それでも母さんがずっと私のことをまもってくれたから、何とか生きてこれたんだ。でもあの日」


 私と母さんは、山狩りをしているさなかに人間たちにさらわれ、そのまま人間の国へと連れてこられた。そしてそこで日々過酷な労働で虐待を受け続けた。最初はいつかは帰れると希望を信じていたが。次第に母さんはそのことを口にしなくなった。そして夜が来るたびにただ、死んだように眠りに就くようになった。そしてそんなこと続けているうちにあの日がやってきた。


 その日は珍しく、母さんは眠らなかった。いつもなら私よりも先に眠りに就くはずなのに、いつまでたっても母さんの瞳は開いたままだった。やがて巡回の兵隊が私たちの檻の前を通った。そのとたん母さんは私の頭を撫でるとおもむろに立ち上がり。檻の隙間から腕を出しそれでもって、巡回兵を絞め殺した。そしてそのまま素早くカギを奪うと檻を開けた。


「母さん」


「ここを出よ、フィリア」


 私は母さんに手を引かれるまま、走り出した。しばらくはうまく姿を隠せていたが、次第が見つかると、一気に警備が強化され、あっという間に私たちは見つかった。それでも私たちは備品倉庫の中から連れ去られる時に身に着けていた。装備一式を見つけ、それで応戦しながら逃げた。だが外まであと少しと言うところでとうとう追い詰められしまった。


「全く、えらい損失だ。お前たち二人でいったい何人殺した」


 数多の護衛の奥から私たちをここに堕とした張本人、ここのギルドの長が出てきた。


「その何十倍もお前らは殺してるだろうが」


「ああ、お前たち獣がどれだけ死のうが、すべてノーカウントなんだよ」


「この外道が」


 母さんの放った矢がギルドの長に向けて飛ぶ、しかしその矢は護衛達の盾によって防がれる。そしてそれが最後の矢だった。いよいよ私たちは闘うための武器を失った。これまで相手にしていた兵士たちと、長の護衛兵との一番の違いは甲冑を着込んでいることだ。あの分厚い装甲にナイフで刃が立つわけがない。


そのことは分かっているが、それでも母はナイフを取り出した。そしてそのまま後ろに力いっぱい蹴りを入れた。するとすぐ後ろにあった壁が少しだけ崩れ、匍匐すれば一人通れるくらいの小さな穴が出来た。


「聞きなさいフィリア。ここから先はお母さんは一緒にいけないの。けれどこのナイフがあなたを守ってくれるはずよ。だからこれはあなたが生きるために使いなさい」


そう言って母さんは私の手にナイフを握らせると、そのまま無理矢理穴に押し込んだ。その間にも兵隊が母さんに刃を向けて迫っている。


「行きなさいフィリア」


 母さんはその中に飛び込んでいった。私はもうそれ以上見ることが怖くて、私はただただくらい穴の中を進んだ。

 


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