スペシャルエピソード2 アフタークリスマス
翌朝、僕が目を覚ます街は後片付けに追われていた。そんな街の人たちを尻目に僕は荷物をまとめる。昨日まで降っていた雪はすっかりやみ、路面の凍結こそ心配だが、今日中には旅立てそうだ。
その前に全員分の朝食を用意しなければならないと思い、置手紙を残し僕は一人で街に出た。昨日の残り物であろうか、まだ商店には食べ物やプレゼントの類を売っていた。その中で僕はパンと食材を買い込む、これは備蓄の意味もあるが、サンドイッチを作ろうと考えていた。これならば手間も時間もかからない。
必要なものは思ったよりも簡単にそろったので、僕が宿に戻ろうとすると一つの露店が目に入った。僕らと同じく馬車を引き、その中で営業している姿から現地人ではなく、旅商人なのだろう
「いらっしゃい、何かお探しかい」
「いや、そうじゃないんですけど。少し見せてもらってもいいですか」
「ああ、かまわないよ」
商人が売っていたのは主に女性用の化粧品やアクセサリーで、僕らのパーティーにはありがたい品々であるが、それでも男性の僕らからすれば、どれがいい品なのか分からない。
「誰かにプレゼントですか?」
「・・・一応昨日全員に渡したんですが・・・」
「全員って一体何人側室様がいるんですか、旦那」
「いや、そのそう言う関係じゃなくて、ただ旅の仲間であって」
「なるほど、なるほど。そう言うことにしておきます」
なんだかからかわれているようで癪だが、それでもプレゼントにはもってこいな品を扱っているのも事実だ。ほんとどうして売れ残ったのかわからない。そうしていろいろ見ていると、僕の中ですこし引っ掛かることが出来た。昨日一応全員にプレゼントを用意したのだが、それでもウーへのプレゼントだけ、完全に僕にしか需要がないような気がしてならなくなった。それを彼女への贈り物としてカウントするのはどうなのかと思えてきた。
だがそうは言ってもいったいなにを贈ればいいのか、それが分からない。ダラスと同じく前線で戦うウーには機能性に富んだものを贈るべきなのだろうか、だが、あいにくこの店にはそのようなものはない。そんな中僕が目に着けたのはアクセサリーや化粧品の類ではなく香油のコーナーだった。当然香油についての知識があるわけではないが、何となく制汗剤のようなものだと認識している。
一応商人に僕の考えがあっている確認してみる。
「そうですね、ここは大変寒いので暑さで汗をかくことはないですが、厚着をするのでどうしても服の中が蒸れてしまい、そこで汗をかくことはあるみたいですよ。それにこれは別に体意外にも髪などにもお使いいただけますので、大変人気な品物となっております」
「そうなんですね、ならこれにします」
「毎度あり」
我ながら早すぎる決断だとは思うが、使い勝手がいいことととても良い香りだったため、二つ返事ほどの速さで決めてしまった。だが後悔はない。少なくとも昨日のあれよりかは喜んでくれるはずだ。そんなことを考えながら僕は宿へと戻った。
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
宿に帰るとまず一番にウーが出迎えてくれた。もちろん昨日見せてくれたサンタ姿ではなく、旅装束に身を包んだいつものウーでだ。
「皆、ご主人様からの贈り物を心から喜んでますよ」
ウーはそう言うが分かりやすく喜んでいるのはチマとポタの二人であった。
「ご主人、これあったかいです」
「ふわふわでかわいい」
「二人ともよく似合ってるよ」
チマとポタに声をかける間に、あたりをざっと見まわすと、ダラスはさっそく着てみて動きやすさを試しており、チセははめ心地の良さに静かに微笑んでいる。そしてフィリアはもうすでに使用し終わった後の用で、ナイフケースのほつれが完全に治っていた。
「ねえねえ、ご主人様」
「どうしたの」
「ウーお姉ちゃんには、プレゼントないの」
「チマ、その話は前にしたはずですよ。もう昨晩にいただいているのです」
「でも、あのね。何をもらったか見せていっても見せてくれないの」
「ああ、なるほどね」
流石にあれを見せてくれ、なんて言われた堂々と見せることが出来たのならウーの心臓はまさにこの最強クラスだと言える。その証拠にウーは先ほどからずっとプレゼントを入れていた紙袋の前に立っている。
「まあ、それは一旦置いておいて朝食にしようか」
僕は買ってきた食材であっという間にサンドイッチを作ると全員に手渡した。朝食を食べると先ほどまでに気にしていたことなど、皆すっかり忘れ、いそいそと出発の支度を始めた。そんな中僕とウーは馬車への積み込みのために、一度宿の外に出た。僕よりもはるかに力持ちのウーは手際よく次々と運び込んでいく。
「これで一通り終わりましたね。では私は皆を呼んできます」
足早に宿に戻ろうとするウーの額からはこんな極寒の地であるにも関わらず汗がにじんでいた。それもそのはずだ。荷運びといえば、あっちの世界でもそれなりの重労働だ。それをずっと繰り返していれば、いかに体の強い彼女であっても疲労は感じるはずだ。というよりことよりも今こそ、あれを渡すチャンスではないだろうか
「ちょっと待ってウー」
「どうかされましたか、ご主人様?」
「えっと、これ僕からのプレゼントなんだけど、受け取ってもらえないかな」
我ながらもう少し気のきいたセリフを思いつけたらと思うのだが、どうにも言葉が出てこなかった。
代わりに僕が取り出した香油をウーは物珍しそうに見つめていた。
「えっと、これはそのいい匂いがする油で、いや決して臭いとかそう言う事じゃなくて、何を上げたらいいのかなって思って、いろいろ考えたんだけどね」
「ご主人様、本当にいただいてもよろしいのですか」
「うん。どうぞ」
「ありがとうございます、さっそく使ってみますね」
ウーは香油の瓶の蓋を開けると、そのまま中身を手に取り、髪に塗る。本来は皮膚に対して使う物だが、髪に使っても特に悪い影響は出ない。
「この香り、懐かしいです。故郷を思い出します」
「故郷?」
「はい、私の故郷ではオレンジやレモンといった柑橘系の果物がよく採れまして」
「そうなんだ、それはよかった」
「それはそうと。ご主人様はどう思いますか? この香り」
商店ではわずかにしか感じることが出来なかったが、いざ誰かが使っている様子を見ているとやはり印象が変わってくる。恐らくオレンジに近い果物をベースとして、数種の香りがブレンドされているが、決してきついものではなく。むしろ嗅ぐ相手にさわやかな印象を与える。
「どうって、いい匂いだと思うよ。僕は好きだな」
「そうですか、なら」
ウーはまだ香油が残った両手を僕に向かって伸ばすと、そのまま僕の頬に触れた。香油の良い香りとウーの掌の温度が同時に伝わってくる。僕はどうしてもそれを拒めなかった。僕の心が自然とそれを受け入れていた。
「昔、寒い日にこうして肌を守るための薬を塗ってもらったのを思い出しまして、それでご主人様にもおすそ分けです」
「あ、ありがとう」
「喜んでいただけて何よりです、それでは今度こそ皆を呼んできますね」
「お願い」
宿に向かって歩くウーの背中を見ながら僕はその場に立ち尽くした。
全員揃うと僕らは直ぐに街を出た、幸い天気も回復していたため、特に苦労することなく道を進むことが出来た。最初こそいろいろと警戒していたが、段々といつもの移動中の空気に戻り、和やかな会話が繰り広げられた。
「ねえねえ、どうしてウーお姉ちゃんとご主人様から同じ匂いがするの?」
犬人族特有の嗅覚を持つチマがその鼻をヒクヒクさせながら尋ねてきた。
「えっとどうしてかな」
「絶対お前ら二人きりの時、何かあったろ」
「それはあなたの思い過ごしですよ、ダラス」
「いや、絶対に違うよな、お前ら」
「気のせいですよね、ご主人様?」
「うん、そうだね」
「あやしい~」
突然皆に問い詰められる僕を手綱を握りながら、ウーは楽しそうに見ていた。そしてその日は一日中彼女は上機嫌だった。




