表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/187

スペシャルエピソード、メリークリスマス

 馬車に乗って旅を続けていた。僕らだが、突然豪雪に足を停めざるを得ず避難するように近場の街で足を止めた。かろうじて宿を取ることが出来た僕らだったが、せっかく街に来たのだからと皆がおいしいものをとねだったので、仕方なく買い出しに出向くことになった。


「おいしいものって言ったけど、何がいいの?そのいろいろあるじゃん」


「そうですね、やはり私は肉を所望します」


「そればっかじゃあねぇか」


「そういうならダラス。あなたは何が良いんですか」


「まあ、私も肉が良いけどよ」


「ほらやっぱり」


「二人とも野菜も食べようよ。おいしいよ野菜」


「でも野菜ではどうにも力が出なくて」


 食に関してのみまだ幼さが残るウーのことはひとまず置いておいて、僕は町を見回す。本来はスルーする予定だった町ではあったが、立ち寄ってみると案外巨大で、活気に満ち溢れていた。そんな街の中をフードをかぶった三人組が歩くと、否応でも目立って仕方がないが、町の人たちは一切気にしている様子はなかった。


「おい、なんだありゃ」


「どうしたのですか、ダラス? なっ、何ですかあれは」


「な、すっげえだろ。なあおまえあれなんだ」


 突然ウーとダラスの二人が子供のように騒ぎ出すので、何かと思って指さす先を見ると、そこには鶏を丸々一匹使ったローストチキンがまさにちょうど火であぶられ、その香ばしい香りをあたりにばらまいていた。それにまんまとこの娘たちはつられたわけだ。


「ああ、あれはローストチキンっていう料理だよ。しかし一匹丸々焼いているのは初めて見たな~」


「ご主人様今晩はあれにしましょう、あれにすべきです」


「おうそうだな、あれにするぞ。一匹丸々あたしらのもんだ」


 二人ともすっかり食いしん坊キャラに早変わりし、僕が停めていないとリードの外れた犬のように走り出してしまいそうだった。しかしそんな様子の二人よりも僕には気になることがあった。それはなぜこんなにも景気がいい売り方をするのかという事であった。恐らくはケバブのように切り取って販売するのだろうが。それにしても丸々一匹焼いてしまっては、もし売れ残った場合の対処に困るのは明白だ。それにこのお店だけじゃない。この町全体があまりに羽振りがよすぎる。


「あの、どうかしましたか」


「ああ、チセちょっと聞きたいんだけどさ。今日お祭りとかやってたりするのかな?」


「えっと、確か師匠の家で読んだ文献によると、今日はクリスマスという特別な日だったよな気がします」


 平然とした態度で言うチセに対して、僕は驚きを隠せずにいた。そんな僕の表情を見て、チセが首を傾げた。


「あの~どうしました?」


「えっ、こっちにもクリスマスあったの?」


「こっちにもって、ああそうでしたね。ご主人様は外界人でしたね。そうです。元々ははるか昔にご主人様と同じ外界人の方によって提案されたもので、最初は小規模な宴会でしたが、今では国を挙げての祝日となっています」


「何ですか、その素晴らしい日はまさかご主人様以外の人間に感謝する日が来ようとは」


「でも、そいつが例の奴だったら話は変わってくるがな」


「安心してください。クリスマスを作った外界人なら、もうすでに亡くなっています」


「なら、よかった」


 いまだすべての人間に対して、心を開くことが出来ないダラスだけがこのことを素直に喜べずにいた。皆それぞれ事情はあるとはいえ、今日みたいな祝い事の日くらいは純粋に楽しんでほしいというあまりに身勝手な願いが、僕の中で湧いてきた。


「どうしたんですかダラスさん、顔くらいですよ」


「ああ、悪いな。すこし思い出しちまってよ」


「しょうがない。そんな皆には僕からプレゼントを上げましょう」


 僕は軽い足取りでローストチキンを売っている屋台に向かうとそこの店主に声をかける


「いらっしゃい」


「少し聞きたいんですけど、このローストチキン取り置きはできますか。先に子供たちへのプレゼントを買いたくて」


「できるけど料金は先払いになるよ」


「ならよかった。では今焼いているその鳥、一匹丸々お願いします」


「あんちゃん、正気かいくらクリスマスでも流石に丸々は聞いたことがないぜ」


「すいません、何分大所帯なもので」


「なるほど、お父さんも大変だね」


「どもども」


 嘘は言っていない。ただ自分の子供ではないだけの話だ。でもまるでそう聞こえるように誘導した。それだけだ。しかしそれが功を奏し晩御飯の確保に成功した。かなり高額だったが、払えない額ではなかったので、きっちり払うと店主から木板をもらいみんなのもとに戻った。


「まさかご主人様、お肉はなしですか」


「そんな不安そうな顔しないでウー、ただ先に宿で待ってる皆へのプレゼントを買いに行くだけだよ。これと引き換えだからなくさないでねウー」


「はい、ご主人様この命に代えても」


「いや、命が危なくなったら逃げてね」


 ローストチキンをめぐって命がけの争いになることは多分ないとは思うが、それでももしもの時を考えて念を押しておく。そして一度僕たちはこの屋台の前から姿を消した。クリスマスという物を持ち込んだのが外界人なら、当然プレゼントを贈るという文化までセットで持ち込んでいるはずだ。と言うかそうであってほしい。


 さて、贈り物をするということになったが、一体何を選べばいいのだろうか。今日がクリスマスとなら、これからもうしばらくの間はこの寒さが続くということになりそうだから防寒具でも悪くはないのかもしれない。しかしそうなると、僕の壊滅的なセンスで彼女達を喜ばせることが出来るのかという不安が襲ってくる。


 それでもやるしかないのだ。


「あの~これからどうしますか」


 気が付けば、僕はその場に立ち尽くし考え込んでいた。チセがいなければこのまま風邪を引いてしまうところだった。


「とりあえず移動しようか」


 肉を名残惜しそうに見つめる二人の背中を叩いて僕らは再び足を動かした。どうやら元々ここは季節関係なく気温が低い地域のようで、五分も歩かないうちに防寒具のお店が見つかった。中に入るとそこもまた町同様華やかな装飾がなされていることに加え、店の隅で暖炉からあたたかな空気が発せられ店内を包んでいた。


「いらっしゃいませ」


「どうもこんばんは」


 僕は軽い挨拶を済ませると、中を歩き回る。クリスマスということも常駐している品物に加え、赤と白を基調としたものも多く並んでいた。ていうかよく見たらサンタコス用の衣装もある。しかも男女兼用なんて初めて見た。


 流石にそれを買うことは勇気が必要なので、見なかったことにし手袋や帽子のコーナを物色する。このあたりの物ならプレゼントにもってこいだ。チマとポタの二人のためにお揃いの帽子を手に取る。彼女達二人は僕らのパーティーの中では誰よりも絆が深いため、お揃いの物を贈るのが正しいと言える。さてチセには彼女の医術を支えているのは器用な手さばきだ。だから寒さで手がかじかまないように手袋を買って上げよう。そして新しく僕らのパーティーに加入したフィリアには・・・彼女が命よりも大切にしているナイフをしまうケースを修復するために裁縫道具が欲しいと前に言っていたので、ない物かと探してみると、


 まさかの防寒具の手作りにも対応しているようで、裁縫道具が数は少ないが確かにあった。それで後はウーとダラスへのプレゼントだが、ダラスはガタイが良いため、彼女に会う服はあまりない。それに彼女は前線で戦うため、動きやすさも必用だ。


「何かお探しですか」


 話しかけてきた店員に対し、先ほどの僕の考えを伝える。しかし戦闘用ということは伏せておいた。


「それなら、こちらなどいかがでしょうか」


 店員が店の中から持って来たのはウインドブレーカーだった。しかしこんなものまでこの世界に存在しているとは、本当に驚いた。ラティーにて初めて自分以外にも転生してきた人間がいたことに加え、多くの文化がここに持たされたことも加えて知った。しかしそれでも、それならなぜ奴隷文化という物が残っているのか、それが分からない。


 まあ、そんなことを今考えても仕方がないため、僕は店員に勧められたものをダラスにも見てもらい、同意を得たうえで手に取る。さてこれで残るはウーへのプレゼントのみだが、どうしたものかと思っていると、ウーがある一点を見つめたまま立ち止まっていた。


「何か欲しい物でもあったの・・・ってえっ」


 ウーが真剣に見つめていたのは、ついさっき僕がスルーしたサンタ衣装だった。恐らく彼女からすれば初めて見るであろう装いに興味が湧いたのだろう。


「あのご主人様」


「どうしたの?」


「もし、もしですよ。私がこれを着たら、喜んでくださいますか?」


 いきなりの発言に言葉を失った僕だが、頭の中でウーにサンタ衣装を着せてみる。すると元々背も高くスタイルもよく、凹凸の少ないウーにはよく似合っている構図が出来上がってしまった。そしてそれを現実にしてみると、きっと面白いことになりそうだと思ってしまっている自分がいる。


「おい、お前変な事考えてないか」


「な、何さ変な事って」


 ダラスに声をかけられたことでやっと頭が元の世界に戻ってくる。


「絶対いやらしいこと考えてたろ」


「そんなことあるか。今はそれよりプレゼントでしょ。えっとウー気に入ったのなら買うけどどうする」


「では、いただきます」


「わかった」


 僕はそれまでに買ったすべてプレゼントをまとめて会計する。正直やらかしたと思えるような高額だったが、それでも臨時収入のおかげで一応支払うことが出来た。あとはローストチキン以外にも何か食べ物を買って帰ればいいだけだ。そのあたりは・・・・お金を使いすぎたせいで僕の金銭感覚は狂ってそうなので、チセに任せることにした。ウーとダラスに任せるとまず、間違いなく肉しか買わないから、当然の判断と言える。


「分かりました。あとはこちらでやっておくので、ご主人様先に帰っていてください」


「大丈夫なの」


「ええ、この町はラティとは何か違う気がするので。それに今何かあったら困るのは居残り組の方です」


「そっか、なら任せた」


 こうして僕は一人で帰ることになった。しかしよくよく考えてみれば、家族意外とクリスマスを過ごすなんてこと自体初めての経験だし、それに加え、誰かにプレゼントを贈るなんてことも初めてだった。今僕の手にはそのプレゼントが詰め込まれた紙袋がある。これを見て改めて思う。喜んでくれるかな、喜んでくれたらいいな。こんな気持ち初めてだな、ワクワクするしドキドキもする。これが本当のクリスマスなのかなそんなことを考えながら僕は歩いた。


 宿に帰り戸を三回ノックする。もし誰かが入ってきた時に備えて、専用の合図を決めておいたのだ。


「誰ですか」


「僕だよ、チマ」


「ご主人様、おかえりなさいです」


「ただいま」


「それは~?」


「これは皆が帰ってきてから見せてあげる」


 僕は買って来た紙袋をベッドの脇に置き床に座りこむ。幸いなことにこの雪の強さゆえにこの町にたどり着けなかった。旅団がいたようで、本来彼らが泊る予定だった大部屋を僕らに提供してくれた。なので久しぶりに僕もベッドで眠れそうだ。そしてこれも又クリスマスの影響なのか、部屋にはモミの小さなモミの木でできたクリスマスツリーが飾ってあった。しかし僕がここに着いた時は一切装飾がなされてなかったはずだが、今では人形や紙飾りなどで彩られている。


「どうしたのこれ」


「えっとここの宿の人が、みんなで楽しんでって」


「飾りいっぱいくれた」


「へ~、ところで正体はばれてないよね」


「うん大丈夫~」


「ちゃんとフードかぶりました」


 一応誰かが着たらフードかぶって応対しろと言っておいたのが功を奏したようだ。全くひやひやするクリスマスであるが、僕らがいない中一生懸命ツリーを飾り付ける彼女たちの様子は、幸せな光景にちがいなかった。


「それでね、フィリアがすごかったです」


「ずばずばーって紙切った」


 そう言われてよく見ると、星型の紙が連続して連なっている飾りがある。あまりに自然な切り口のせいで元からそんな形だったのではと錯覚してしまったが、冷静に考えればそんなわけがない。


「フィリアありがとね」


「・・・・・」


 まだ僕らのパーティーにうまくなじめていないフィリアだが、チマとポタには心をひたらいているようで、僕が見ていない中では彼女と仲良くしているらしい。


「ただいま戻りました。ご主人様」


 食料の買い出しに行っていた。三人もちょうど戻ってきたので、全員で協力し食事を広げる。メインのローストチキンの他に、フライドポテトやサラダ、魚の切り身、ショートケーキなど様々な料理が広げられた。料理を準備していた段階から待ちきれないという様子だった。なので乾杯などの号令は一切なしに一斉に食事をはじめた。この時ばかりは流石のフィリアも食事に夢中になっていた。


「ご主人様早く食べないとなくなってしまいますよ」


 そう言われて改めて見ると、丸々一匹用意したはずのローストチキンはもう残り腕一本分だけになっていた。慌てて僕のフォークを伸ばし、かろうじて一人分確保した。


 その後もちょくちょく料理をさらにもっては食べを繰り返しているうちに買ってきた食料は全て僕らの胃の中に納まった。そしてチセ、チマ、ポタ、フィリアのお子様たちは食べ終わるとすぐにプレゼントを確認しないまま眠りに就いてしまった。なので、明日の朝起きた時のために、彼らのベッドわきにプレゼントを置いておく。


 そしてダラスはダラスで勝手に買ってきたお酒を飲んでそのまま眠ってしまった。そうして起きているのは僕とウーだけになってしまった。なので残った二人で食べ物や食器の後始末を行った。その間寝ている人たちを起こさないようにするため、最低限の会話しかしなかった。やがてそれも終わり、とうとう僕らも眠りに就くといった段階でウーが部屋の隅のお手洗いの中に消えた。


「ご主人様、その笑わないでくださいね」


「う、うんわかった」


 今日の彼女に何か笑えるような点があっただろうかと思っていると、お手洗いの中からいつの間にかプレゼントから抜いたのかサンタ衣装に着替えていた。


 パーティーの中でもしっかり者で頼りがいがあるお姉さん的なポジションのウーだが、その美しい容姿と相まって以外にもかわいい系のサンタ衣装がよく似合っていた。特徴的な耳を敢えて隠さず。その代わり足元はしっかりと覆うパンツスタイルであるため、夜の街をプレゼント片手に軽いフットワークで回る様子が容易に想像できる。


「かわいいよウー」


「ありがとうございます」


 分かりやすく照れる様子が、かえってかわいさを増幅させる。できることならチマとポタくらいには見せてあげたかったが、きっとそうなると恥ずかしがってすぐに着替えてしまうだろう。


「それと、ご主人様お手を出してください」


「これでいいの?」


 僕は彼女に言われるまま、手を差し出す。ウーはそこに小さな石の塊にひもを通してできた首飾りを置いた。


「この辺りで採れる特別な鉱石を加工したものだそうです。お店の方曰く旅の安全を祈るお守りとして重宝されているとのことでした。お小言をいうようにはなりますが、ご主人様はよく無茶を成されますし、おそらく私が言ってもきかないので、せめてこの石がご主人様を守ってくれればという、ささやかな願いを込めました。お納めください」


「ありがとう、大切にするよ」


 さっそく僕はもらった首飾りをつける。あっちの世界にいた時は首飾りなんてする気もなかったが、この月夜の輝きに石がよく映える。


「この石よりも、ご自身を大切にしてくださいね」


「うん、そうする」


「本当に分かっておられるのか、不安ですね」


「それはごめん、本当に」


「まあいいです。それよりも」


「メリークリスマス。チセからそう言いながら贈り物をするのだと聞いたのを今思い出しました。」


 二人きりの空間で月光に照らされ、ウーが優しく微笑む。狼人族である彼女の微笑みはなぜか月と相性がいいように思える。黄色い月と同じく輝くウーの瞳に思わず、僕の視線はくぎ付けになった。


「どうされましたか? そんなにマジマジと私を見つめて」


「いいや、なんでもないんだ。ただきれいだと思って」


「嬉しいです。ご主人様」


 きっと僕は今夜の彼女の姿を一生忘れられないような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ