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この世界の在り方と僕の答え

 ウー、チマ、ポタの三人を馬車に乗せ、僕は馬車を走らせた。こうして見てみると三人と僕には耳の形以外の違いが見受けられない。それでも彼女たちは差別され、迫害されているのだ。

親切にも神様は町からそう離れていない場所に落としてくれたおかげでなんとか明るいうちに街に着くことが出来た。一応人族である僕は安い通行料を払うだけで難なく入れたが荷台に乗っていた獣人三人は門番から嫌な視線で睨まれていた。


「大丈夫?」


僕は声をかける。


「はい、慣れてますので」


ウーはそう言っているが、表情からは不安を隠し切れていない。後でおいしい物でも買ってあげようとその時は軽い気持ちで受け流していた。


 街はそれまでの野道とは違い、しっかりと整備された石畳の道が一面に敷き詰められているため、比較的走りやすい。それでも人が混み合っているためあまり速度を出せない。だがそれがかえって、この町をじっくり見るにはちょうどよかった。


 異世界と聞いて真っ先に思い浮かべたのは中世ヨーロッパの世界だったが。今目の前に広がっているのはまさにそんな世界だった。出店で様々な果物や魚、肉等が売られており、日本では聞いたことのない、しかしとても気分が高揚する音楽が流れ、それに合わせ人々が躍っている。本当に見ているだけで高揚感が湧いてくる。まさかこんな街で本当に差別があるのか疑わしく思えてきた。


 だがそれはあくまで僕が目の前の現実から目をそらしているからそう思えるだけだった。この町の明るい側面ばかりを見ようとしているだけで、路地裏に目を向ければボロボロの服を着た年端もいかない獣人の子供が生ごみを漁っていた。商人達が酒を飲みながら談笑している傍で、やせ細った体で木箱を運ぶ者もいたし、ダンスのステップを踏む傍らで、一緒に踊ろうとしている獣人に蹴りを入れる人間もいた。


 そんな人間の醜い姿を馬車を進めるたびに何度も目にすることになった。そのたびに胸の中に、どんどん汚いものがたまっていく感覚に陥った。自分にもっとお金があれば、地位があれば、本当にこの世界に来てからたらればの連続だ。しかし僕に与えられた能力は人材鑑定のみ、これでは誰も救えない。


「お兄さん、ちょっとお兄さん」


 馬車の目の前に身なりの良い男がいきなり飛び出してきたので、思わず急ブレーキをかけた。


「危ないですよ」


「それはすいません。でもお兄さんにぜひおすすめしたい商品がありまして」


 明らかに胡散臭さ満点だが、ちょうど近くのテントで商売をしているということなので気晴らしに覗いていくことにした。一応馬車にはある程度のお金は積んでいるので散財しなければすぐに生活に困ることはないだろうと思っていた。


 指定された停車場所に馬車を停めると、男に案内されるままテントの中に入る。するとすぐに受付の女性が水の入ったカップを手渡してくれた。もしかすると本当に高い店に来てしまったのではと、この町に来て初めて違う意味で冷や汗が流れる。水に軽く口をつけながら商品があるというテントの奥へと向かった。そこにはすでに大勢の人が詰めかけており僕は何とかその背中をかき分けて視界を確保した。


「やめろ離してくれ」


「うるさい。お前はもう俺の物なんだ。おとなしくしろ」


「離せ愛玩動物になどなるものか」


 ここに来て最初に目に入ったのは、髪を強引に引かれながらテントの外へと連れ出される女性だった。その横には大量の檻に閉じ込められた奴隷たちの姿があった。そしてこの光景を見て初めて、僕は自分がどのような店に足を踏み入れたのか理解した。ここは小規模な奴隷市場。ある意味今の僕が一番足を踏み入れたくない場所、一番見たくない光景が目のまえに広がっていた。それを面白おかしく見ている人間にも嫌気がさした。


 僕は逃げるように人混みを抜けテントの中をさまよった。どこまで進んでも積み重ねられた檻の山脈が延々と続いていた。やがて歩き疲れた僕は、空の檻にもたれかかった。乱れに乱れた息を整えているといきなり檻が揺れる。


「人間、全員殺してやる。ひとり残らず。私が殺す。絶対に」


 誰もいないと思っていたが、ただたまたま僕が来るまでは気を失っていたのだろうか、檻の中の獣人が急に暴れだした。一応檻は金属でできているため絶対に破られないと思っていても、その憎悪の強さに足がすくみしりもちをついたまま動けなくなっていた。


「大丈夫ですかお客様」


 先ほど僕を招き入れた男が数名の店員を連れて駆けつける。男に肩を貸してもらうことで何とかその場から立ち上がりこの場を離れる。しかし獣人の絶叫はそれからも止むことを知らず延々と鳴り響いた。僕はその子とこの国の現実から意識を逸らすために耳を塞いだ。

 何とかテントの外に出た僕に男は再び水を差し入れてくれた。


「ありがとうございます」


「いえいえ。こちらこそ大変失礼いたしました」


 僕はそれ以上何も答えず水を飲んだ。


「あなた様のご両親はきっとお優しい方だったのでしょう。ですが奴隷に同情などしていてはやつらがつけあがるだけですぞ」


 ずっと降ろしていた顔を上げ男を見る。その表情はなぜだか笑っていた。


 それとほとんど同時だろうか、テントの方角から銃声が鳴り響いた。生まれてから初めて生で聞く銃声に思わず僕は立ち上がった。きっとあの中で何か事件が起こったに違いない。もしかすると怪我人がいるかもしれない。この世界に来てすぐの時のように目の前で誰かが死ぬような事態は避けたかった。その正義感だけで僕は再びテントの中に飛び込んだ。


 しかしいくら中を探しても誰一人異変のある人物はいなかった。どうやら先ほどの僕が聞いた銃声のような音は聞き違いだったようで、一安心していた。その時までは


 僕の履いていた靴から液体を踏んだ時の音が鳴る。こんな土の上でいったい何を踏んだのかと足元を見ると靴から赤い液体が垂れた。


「お客様、申しわけありませんがここより先はまだ掃除が終わっておりませんので、お下がりください」


 制止されて初めて冷静になったことで広がった視野で僕は目の前の光景をやっと認識できた。いつの間にか僕は、例の檻の前に戻ってきていた。そしてその中でずっと叫んでいたはずの獣人は体のあちこちに小さな穴が開きそこから大量の血液を流しながら檻のそこで横たわっていた。


「ああお客様もしかすると、そちらの奴隷をお求めでしたか。ならば大変申し訳ないことをいたしました。しかしこの奴隷はここに来てから毎日、我ら人間に対し殺意を向け続けていました。そして今日こいつは我々に牙を向けました。なのでこうなって当然です」


 いつの間にか僕の後ろに立っていた男が饒舌に語った。しかし僕にはその言葉の一切が届かなかった。それが正しい感情なのかということを考えないのならば、人として生まれたなら何かを恨むことさえ正当な権利だ。それさえも奴隷となった彼らには許されないのだ。


「・・・・・リュコス」


「まだ喋るか犬め」


「やめろ!!」


 僕が叫ぶよりも早く男は懐から拳銃を取り出し容赦なく三発、弱った獣人に向けて発砲した。それが完全にとどめとなり獣人は絶命した。最後に発した言葉は恨み言ではなく人名だった。一体その名が誰を指すのか、この世界に来てまだ三人しか知り合いがいない僕には皆目見当もつかなかった。でもきっと目の前の獣人にとっては、大切な人であったに違いない。そう考えだすと胸がひどく痛んだ。そして今度こそ僕はこのテントから完全に姿を消し、停めてあった馬車に戻る。


「おかえりなさいませご主人様」


 何も事情を知らないウーだけが、僕を暖かく迎えてくれた。チマ、ポタの二人は待ちくたびれたのか眠ってしまっていた。


「すぐに二人を起こしますね」


「いいや、寝かせておいてくれ。そして三人ともこの町を出るまで絶対にこの荷台から出るな。必要な買い物は全て僕がする」


 一瞬抵抗の言葉を口にしようとしていたウーだが、僕の表情を見てすぐに言葉を飲み込んだ。


「分かりました。もしこの子たちが起きれば私から伝えます」


「よろしく」


 そこからは本当にただ仲間たちが着るための服を一通りと、調理器具を買って街を出た。一応お金に余裕があるので、適当に風呂付きの宿を取ることもできた。だが一刻も早くこの場から立ち去りたかった。だから三人に了承を取って、町から少し離れて野原に馬車を停め車中泊の形を取ることにした。せめてものわびとして晩御飯は牛乳と野菜を使いシチューを作った。


「こんな豪華な食事、私たちがいただいてもいいのでしょうか」


「うん、三人で食べちゃっていいよ」


 ウーの後ろでよだれをだらだらと流したチマとポタを見ていると傷ついた心がほんの少しだけ癒される。


 最後まで疑問がぬぐえないウーに対し、チマ、ポタの二人は真っ先にお椀を持ってお鍋へと全速力でかけていった。必然的にウーは二人のご飯の世話をしなければならなくなり、早く早くとねだる二人にシチューを与える。


 僕はまだ食事を取る気にならず、水を少し飲むと近くの岩に腰かけあたりを見回していた。ついさきほどまで僕たちがいた町からは明るい音楽がかすかに聞こえている。しかし僕の心がその音楽で励まされることはなかった。


 この世界に来て僅か一日で僕は現実を目の当たりにした。それはラノベで読んだようなワクワクが詰まったようなものではなく、僕がもともといた世界をさらに醜くしたような場所だった。そしてそんな世界が僕は大嫌いだ。いったいどうしてこんなにはっきりとした差別が生まれるのかわからないが。それでも見ていて吐き気がする。これならばいっそ、世界の破壊者にでもなればよかった。そうすれば僕を討つために種族を超えて団結する、なんて可能性もあり得るのではないだろうか。本気でそんな妄想をしているあたり、いかに今の僕の精神状況がまともでないかということがよくわかる。


「・・・じんさま・・・・ご主人様」


 声をかけられるまで本当に気が付かなかったが、いつの間にか僕の足元にウーが控えていた。


「どうしたのウーさん」


「私共にさんなどと、敬称は不要です。それよりも先ほどから何も口にされていないようでしたので、お食事をお持ちしました」


 そう言ってウーは、僕が作ったシチューが入ったお椀を差し出す。作ってからしばらくたつはずなのに僕の手には確かに温もりが伝わってくる。


「わざわざ温め直してくれたのですね。ありがとうございました」


「そんなお礼など、むしろご主人様が作って下さった料理に私が手を加えるなど、勝手がすぎました」


「いいよ、ただ温めただけでしょ」


「なんと慈悲深いお言葉」


 なぜだか感謝感激といった様子のウーの対処に困りながらも、僕はシチューを一口口に運ぶ。適当に作った割には、しっかりと野菜に火が通っており、ミルクのクリーミーな味わいと非常に相性が良かった。


「ところであの二人は」


「大変申し訳ないのですが、すでに馬車の中にて眠りに就いてしまいました。言って聞かせたのですが、私が目を離した際に・・・・」


「いいよ別に怒ってないから」


 僕は岩から立ち上がると馬車の荷台を覗く。そこには薄着の二人がおなかを丸出しにしながらいびきをかいていた。


「風邪をひいてはいけないから毛布をかぶせる。ウー手伝って」


「かしこまりました」


 幸いにも複数枚毛布があったので、それぞれに一枚ずつかけてやると、寝顔がより穏やかになった。


「ねえ、ウー」


「何でしょうかご主人様」


「君が守りたかったのはこれなんだね」


「はい、その通りでございます」


 この子たちはあの町の現実を知らない。それどころかこの世界の闇すらまだ知らない。だから欲望にまっすぐで、感情は素直で、だからこそ尊く思う。


「ウー、少し話したいことがあるんだけどいいかな」


「ご主人様のご命令を私が拒むはずはありません」


「いや、眠かったら明日にしてもいいんだよ」


「いえ、今にいたしましょう」


「そっか」


 僕はずっと焚火に当たりっぱなしだった鍋をどけると、付近で拾った枝を火の中に投げ込む。


「それでお話とは」


「これはあくまで理想、というか夢物語みたいな話なんだけど。君たち三人を故郷に送り届けたら、僕は旅に出るよ。そしていろんなことを学んで。そしていつか・・・・」


 人間も獣人も皆平等な、そんな場所を作りたいと思う。


 これは悩みに悩んで出した僕の答えだ。僕はこの世界が嫌いだ。壊したいとさえ思う。でもだからと言ってチマ、ポタたちのような子供たちの未来を奪ってしまうような方法は間違っている。彼らが安心して世界を駆けまわれるような、そんな場所にしたい。あの町は僕にとっての絶望なら、あの二人は希望だ。未来を思い描くなら希望色の方がいいに決まっている。だから僕はこんな夢物語を本気で現実にしたいと願うのだ。


「ご主人様・・・・・」


「まあ今の僕じゃ、到底無理なんだけどね」


「いいえ、そんなことありません。きっと、ご主人様なら成し遂げられます。ですのでその旅に私も同行してもよろしいでしょうか」


「でも、ウーにも故郷があるんじゃ」


「はい私にも帰りを待つ家族はいます。でもそれよりも、今はご主人様が作る理想郷を、私も見てみたいのです。ですのでどうか、その旅路にお供させてください」


 シチューの杯を持った僕の目の前で、ウーはどうどうと頭を下げる。僕は大いに悩んだが、僕の野望は決して一人で成し遂げられるものではない。だから一人でも多くの、仲間が必要だ。


「ありがとうウー、お願いするね」


「お礼なんて。むしろ感謝したいのは、私なのですから」


 こうして僕はこの異世界で初めて、仲間と呼べる存在を手に入れた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 文章構成を工夫したらもっと読んでくれる方が増えると思います。 若造さんの場合は全ての文章が殆どくっついてる感じです。 これをどうにかすれば良いと僕は思います。 例えばこんな感じに …
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