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最後の教え

 一体あの人が師匠とどんな話をしていたのか、昨日のうちにもう少し聞き出しておけばよかったと思いました。いつものように師匠に飲ませる薬を持って部屋を訪ねます。


「師匠、失礼しますチセです」


「入りなさい」


「はい」


 戸を開けた先には布団の上に横たわる師の姿がありました。数日前から師匠の体に入った毒の活動が活発化し、師匠の体を容赦なく蝕み始めました。


 だけども私は師匠なら必ず毒に打ち勝ちまた元気な姿を見せてくれると信じています。だからそれまでの間、私は己のできることをするのです。

「薬の時間かい」


「そうです。さあいつもの物ですので」


「ああいただくよ」


 師匠の体を抱きかかえ起こす。その時私の手に乗った師匠の体は今までよりも明らかに軽くなっていました。きちんと食事はとっているはずなのに日に日に師匠の体はやせ細っていきます。ですが私はこれをとめる術を知りません。ですからせいぜい私にできる解毒の薬を飲ませることを日々繰り返しています。


「師匠、少しお痩せになられましたか」


「そうかもしれないね」


「では今晩から食事の量を増やしましょうか」


「その必要はないよ」


「ですが」


「いいんだチセ」


 その時私に向けた師匠の目は今までで一番険しかった。


「私はもう長くはない。自分の体だからね、わかるんだよ」


 それを聞いた途端私は持っていたトレイをその場に落とした。そしてそのまま師匠の眠る布団を掴んだ。


「そんなこと言わないでください。私はまだあなたに教わりたいことがたくさんあるのに、まだまだあなたと一緒に居たいのに、まだあなたがいないとダメなのに」


「ごめんねチセ」


 こんなに弱々しく泣き震える私に師匠は優しく手を差し伸べてくださいました。私はその手をただ握る。


「だからねチセ、これから私の残された時間全てを使って、君に私に医術の全てを教えます。

ついてきてくれますね」


「はい、最後まで」


 まだ完全に師匠の死を受け入れられているわけではないが、それでも師匠の技術は、世界中で多くの人を救う。だからそれを途絶えさせてはいけないのだ。


 それができるのはこの世界で唯一私だけなのです。ですから私のために残りの時間を使ってくださる師匠への感謝をと使命感を胸に、あの人の全てを吸収しなければならない。


「でもそのまえにまずはその涙をどうにかしないといけませんね」


 師匠は自身の布団の横の床をポンポンと叩くと、私にここに寝そべるようにと、おっしゃいました。言われた通りに私が横になると、師匠は布団から手を出し私を抱き締めた。


「これからあなたがこの世界を生きていけるように、私の全てをあなたに託します。なのでできれば受けっとってくれると嬉しいのですが」


「もちろんです。そんなに私が拒否するわけないじゃないですか」


 こんなに泣いたのは生まれて初めてだとはっきりと言えるくらい、私は師匠の腕の中で涙が三回なくなるまで泣き続けました。


「もう大丈夫です」


「本当に」


「はい本当に」


「では、今日はもう遅いので明後日から講義を始めましょうか」


「明日ではないのですが?」


「明日は少し彼と話をしなければいけないので」


 師匠に一体どんな狙いがあるのか、まったく見当が尽きませんが、今私ができることは彼を信じることだけなので。少々気になる部分はありますが、了承します。


そしてその日になり、私が部屋に入るとそれまで起き上がることすら補助が必要だったはずの師匠が一人で布団から体を出し、床に座っていました。


「師匠それは・・・」


「これはあくまで薬を使った一時的なものです。もちろんこの薬の作り方も教えます。ですが時間がありません。君にはつらいことばかりかもしれませんが、早足で行きますよ」


「はい、お願いします」


 こうして私と師匠の最後の講義の日々が始まりました。



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