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思い出の実

翌朝、昨日までのことがあるためチセのことを心配していたが、僕が起きるよりも早く水を汲みに出ていったそうだ。一応彼女から昨日のことは口止めするように言われているため、ウーたちには話していない。


「調子はどう」


「ええ、だいぶ体が動くようになりました」


「そう」


「それであの子たちはどうですか」


「今はもうすっかり元気いっぱいだよ。ここに来るまでとは大違いだよ」


「知ってます。体は動きませんでしたが、耳は聞こえていましたので」


「そっか」


「あの、お話し中すいません。少々お手伝いしていただきたいことがありまして」


「分かった今行くよ。それじゃあまた後で」


「はい」


 僕はチセに呼ばれ屋敷を後にする。どうやらトクシンさんの体調を整えるため、薬となる木の実を採るのを手伝ってほしい、とのことだった。少し山道を進むと、あっという間に木々に視界を覆われ、屋敷の姿が見えなくなった。だが帰り道はチセがしっかりと把握しているようで、僕はただついてきてとしか言われなかった。


「あの木です」


「これは確かに高いね」


 彼女が指さす先には緑色の実をつけた木が数本生い茂っていた。高さで言うと、あっちの世界にいた時に、家の近くの公園によく植えられていた木と大差はない。つまりは手を伸ばし、枝を引っ張れば、簡単に木の実を取ることが出来る。しかしチセにとっては相当な高さであることは明白だった。


 僕は手を伸ばし実を取ると、チセのもっている籠にそれを入れる。ただそれだけの作業を無言で数回繰り返していた時、チセが口を開いた。


「この実はいつも師匠に採ってもらっていました。私にも採れると言ったのですが、そのたびに木登りするつもりでしょうと窘められました」


 彼女は持っていた籠を地面に置くと、軽い足取りで幹に張り付いた。そのままスルスルと木を登り、そして目の前の実を僕に向けて落とした。僕は慌てて下でキャッチするとそのまま籠に入れる。


「師匠の目を盗んでこっそり練習しました。もちろんあの二人には見せていません。真似してけがをされては私の仕事が増えますから」


「こんな私を見て師匠は何というでしょうか。感心しませんと、とがめるでしょうか、それとも成長したのですねと、ほめてくださいますでしょうか。一体どっちでしょうか」


「分からない、でも君はすごい子だよ」


「ありがとうございます」


 結局僕らはそれ以上言葉を交わすことなく屋敷まで戻ってきた。チセは戻るとすぐに実をすりつぶして薬を調合していた。その間僕は再びウーと話をしていた。


「さっきあの二人が来ました。近くを流れる河で魚を取ったそうです。なんの種類かはわかりませんが、籠一杯にとって来て、嬉しそうに見せてくれました。そしてすぐに台所にもっていきました。きっと今日の晩御飯は焼き魚でしょうか」


「そうかもね、ちなみにウーは食べ物だと何が好きなの」


「私は・・・そうですね。やはり肉一択ですね、あれは至高です」



「なるほど」


「それにしても、あんなに楽しそうに働く二人は初めて見ました」


「・・・何となく言いたいことは分かるよ」


 彼女達が僕と出会う前にしていたことは、きっと今の僕では想像がつかないほど、過酷なものだろう。それはあの町を一日見ただけでも、容易に想像がつく。だからそこと比べて、今が少しでもましなものだと思ってもらえるなら、僕のやっていることも報われるような気がする。


「すいません、ちょっとお手伝いをお願いします」


「分かりました」


 チセに呼ばれてトクシンさんの部屋に向かう。そこにいた彼は出会った時とよりもさらに弱っており、常にせき込みながらこちらを見つめている。


「師匠、お薬です。体を起こしてください」


 最後の一言は僕に向けたものだと理解するのに、時間はいらなかった。僕は直ぐにトクシンさんの体を支え、そして空いた口にチサが薬を流し込む。


 それを飲んだとたん、すぐに咳が止まりすこし穏やかな顔になる。僕はゆっくりと彼をベッドに寝かせる。そして部屋を出る。その時のチセの表情は疲れ切っていた。しかしそれは肉体的疲労ではなく、精神的疲労から来るものだと思う。


「あの、大変申し訳ないのですが、これから時々このような形でお手伝いをお願いします」


「いいですよ。お世話になりっぱなしは気が引けるので」


「ありがとうございます」


 僕らがトクシンさんの部屋を出て、大広間に戻るとチマとポタが待ち構えていた。



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