第一話 異世界転生したら奴隷商人だった
いったいどうしてこんなことになったのだろうか、ただ一時の不注意が原因でどうやら僕は命を落としたらしい。人生で初めて走馬灯という物を見たし、車が僕の体にぶつかる衝撃を肌で感じた。体が宙を舞い硬いアスファルトの道路の上にぶつかるところで意識が途絶えた。そして今僕は目を覚ました。雲の上に座り目の前には見たことのない老人が髭をいじりながら僕を見ている。
「ようやっと気づいたようじゃな」
「あなたは」
「まあ平たく言うなら神じゃな」
「神?」
「そうそっちの世界でも有名じゃろ神は」
「まあそうですけど」
確かに有名ではあるが実物を見るのは初めてなので、目の前にいる老人が本当に神なのか分からない。でもとりあえずはこの老人の話を一通り聞くしか今の僕に選択肢はない。
「ところで神様が僕に何の用ですか」
「そうじゃな、君を異世界に転生してあげようと思ってな」
「どうして」
「簡単じゃよ、君の人生を見ていて不憫に思ったからじゃよ」
そんな理由かと思ったがこの人が本当に神様ならおそらく僕の全てを見てきたのだろう。それはおそらく誰も知らないであろう部分まで。
「まあ、大体の人間は自業自得な部分もあるが、君の場合は一部こちら側にも責任があるからの~お詫びと言ってはなんじゃが、第二の人生をプレゼントしようと思ったのじゃ」
「なるほど・・・」
まあもらえるものはもらっておけの精神で僕は第二の人生を享受することにした。
「で肝心な転生後の話じゃが、意外にも最近はライトノベルとかの影響で異世界行きを望むものが多くての~勇者や戦士などの人気の職業は定員オーバーなんじゃよ」
神様はどこから取り出したのかわからない大きな本をペラペラとめくり頭を悩ませている。さしずめそれは異世界転生者用のタウンワークのようなものだろう。やがてそれの一ページを開いて僕に見せた。
「悪いけど、あっちの職業は奴隷商人しか残っておらんからそれでいいかの」
「いいわけないでしょ、なんですかその最低な職業」
「でもライトノベルだと意外と重要な職業らしいぞ」
「知りませんよ、どうせ脇役でしょ」
「まあそうじゃないとは言い切れん」
あまりライトノベルを読んできたわけではないが、それでも歴史の授業を受けてきた中であまりいいイメージを抱かなかった職業にまさか自分が就くことになるとは思ってもいなかった。というか正直就きたくもない。しかしどうやら本当に選択肢はないようだ。
「ああもうわかったよ、だけどこれだけは言っておく。僕は奴隷制が嫌いだ」
「分かっておるよ。それにおぬしの人生じゃ好きにしたらええ」
そう言って神様は何やら書類を書いて僕に渡してきた。
「一応これがおぬしへのギフトじゃ」
「ギフト?」
「いわゆるチート能力というやつじゃな」
確かに渡された紙には能力の説明のようなものが書いてある。内容としては瞳で見つめた対象のプロフィールや、保有スキルなどを瞬時に確認できる、人材鑑定スキル。まあこれで犯罪者を雇用する可能性がゼロになるので一応便利ではある。
「どうじゃこの能力すごいじゃろ」
「すごいかな?」
「なんせわしが考えたのだからな」
「はぁ」
あれだけラノベ読んでますと言って空気を出しておいてこれかよとも思ったが今更文句を言っても仕方がないので、僕は取り敢えず受け入れることにした。それから神様は、少量のお金、食料、最寄の町までの地図が積まれた馬車を用意してくれた。
「これで準備は完了じゃ、それでは行くとするかの」
神様が指を振ると僕の周りがその空気ごと光りだした。それと同時に重力がなくなっていき体が宙に浮く。
「ではおそらくもう会うことはないじゃろ、二度目の人生精一杯楽しむのじゃぞ」
「行ってきます」
「よい返事じゃ。そなたに幸あれ」
神様がはるか彼方を指さすと僕の体は青い光に包まれながら指のさす方向へと飛んでいった。
いつの間にか青い光のまばゆさに目を閉じてしまった様で、いったいどのようにして異世界まで来たのかわからないが、僕が目を開くと先ほどまであたり一面にあった空ははるか頭上まで離れていた。そして腕を動かすと河川敷に生えているような背丈の短い草の感触が伝わってくる。
僕はゆっくり体を起こすと目の前には神様が用意してくれた馬車が止まっていた。とりあえず道のど真ん中に停めては邪魔になると思い馬を誘導して道から外れた場所に停め直す。荷台に上がってみるとそこには大小さまざまなサイズの箱があった。一つずつ中身を確認してみると、そこには確かに神様に言われた通り、食べ物にお金、衣類などの必需品と地図が入っていた。ご丁寧に現在地にバッテンが付いているためなんとか場所の確認が取れるが本当にこれがなければ異世界に来ていきなり迷子になるところだった。いったいどこで教わったのかわからないが慣れた手つきで馬車を操作し、道を走っていると前方で横転している馬車を見つけた。僕は思わず足を止め状況の確認に向かう。
「大丈夫ですか」
僕が駆け寄ると馬車の周りを三人の女性が囲んでいた。
「ああ旅のお方どうかおねがいします。ご主人様をお助けください」
彼女たちが指さす先には倒れた馬車の下敷きになったまま動けない中年太りの男性がいた。僕の力では到底荷物の乗った馬車を持ち上げることはできないが、かろうじて首から上には何とか触ることが出来たので僕は男性に駆け寄り、首元に手を当てる。生きている人間なら脈が通っているはずだ。
「あのもしかしてあなた様は医術をお持ちなのですか」
「いいえ、ただ多少の心得はあります」
とは言っても僕の持ってる知識など保健体育で習った程度のことしか知らない。それでも教科書に載っている通りの手順で確認を行う。不安そうな眼差しでこちらを見つめる彼女たちのためにもできることはしてあげたい。そう僕は願っていたが事態はそううまくはいかない。
脈はない、意識もない。息もしていない。念のためドラマで見た目を開いてみるやつもやってみたが、瞳は一切動くことはなかった。まさか異世界に来て最初に直面する事態がこれなのかと認めたくはなかったが、もう認めざるを得なかった。
僕は立ち上がりずっとそばで見ていた三人の女性たちに向き合う。
「残念ですがあなたたちのご主人はすでに亡くなっています」
「そんな」
三人のうち一番年上の女性が泣き崩れ、残りの二人を抱き締める。彼女たちとこの男性に一体どのような関係があるのかわからないが、きっと悪いものではないに違いない。
「ねえウー姉ちゃん、私達どうなるの」
「大丈夫よチマ、ポタ、あなたたちは私が絶対におうちに帰してあげるから」
男性のことに集中しすぎて女性たちのことをあまり気にかけていなかったことに気が付いた。そこで僕は自らのスキル人材鑑定を起動する。起動して早々もっと早く起動すべきだったと後悔した。改めて例の男性を見ると彼のプロフィール欄にしっかりと死亡の文字が出ていた。その文字に恐怖を覚えた僕は直ぐに目を逸らし彼女たちに向き直る。
彼女たちの名前は確かにお互いが呼び合っていたようにウー、チマ、ポタとなっていた。しかし種族という欄がそれぞれ、ウーが狼人族、チマが犬人族、ポタが猫人族となっていた、そして彼女たちの頭には確かにそれぞれの特徴を表す特徴的な耳が備わっていた。そして三人ともボロボロでつぎはぎだらけの服を着ていた。
「あのあなたたちは」
「はっ」
いきなり声をかけたため警戒されたのか、ウーは他の二人を抱きかかえたまま僕をにらんだ。
「いきなり声をかけてごめんなさい、でも一体何があったのですか」
できるだけ優しいトーンで語り掛けると三人の僕への警戒が解けたのか、ここに来て初めて僕の顔をしっかり見てくれた。
「私たち三人、いえ正確には四人はこの先の街に向かう予定でした。そこで商人の皆様の荷物を運ぶ仕事をする予定でした。しかしその途中馬車が横転し、ご主人様が下敷きに・・・あとはあなた様の知る通りです」
「なるほど」
僕は腕を組んで考え込み何とか今の状況を再整理しようとする。しかしその一瞬の仕草を見た途端ウーが目の色を変えた。ついさきほどまで地に膝をついていた彼女だが、すぐさま僕の腕に飛びついた。女性だというのにはっきりと僕は彼女との力量の差を自覚した。
「あの、あなた様も奴隷商人なのですか」
「あ、はい一応。でもどうしてそう思ったのですか」
「その腕の紋章は、人間の国で奴隷商人になることを認められた者のみがつけることを許される特別なものでございます。それで」
「なるほど、確かに私は奴隷商人です。まあ今は一人身ですけどね」
「なら、どうか私共をあなた様の奴隷にして頂けませんか」
自分の耳を疑った、奴隷なんて自ら志願してなるものではないというのが僕が生きてきた世界での教訓だ。現に国際的に見ても非難の対象になるはずなのに彼女たちは自ら進んでその地位に自らの身を堕とそうというのだ。それはもう驚くなんて安い言葉で言い表せるような衝撃ではなかった。
「どうしてそんなことを頼むのですか」
「私たち獣人は人間の国では存在しているだけで迫害されてしまいます。なので誰かの奴隷になるか自力で故郷まで逃げるか、その二択しか生きるための道はありません。私一人ならここで死んでしまっても構わないですが、この子たちはまだ幼いのにそんな残酷な運命を受け入れられるはずがありません。だからせめてこの二人だけでも故郷に帰してあげたいのです」
今まで生きてきてこれほど自らの無知を呪ったことはないほど、今の僕はどうしようもない憤りを感じていた。異世界に行けると解ったときからどこか浮かれていたのかもしれない。そもそも奴隷商人という職業が存在している時点で差別する側とされる側という二つの概念があることなど容易に予想できたはずだ。ここは現代日本ではない、完全な異世界。あっちの世界の考え方など通じるはずがない。そのことを突き付けられた。
「あの、どうなさいましたか」
ウーの言葉で我に返る。強く握っていた拳を開くとそこから血がにじんでいた。
「いえ、なんでもありません」
僕は改めてこの高い空を見上げる。きっとこの上にはあの神様がいて今も僕の様子を見ているのだろう。
「分かりました。皆さんの身の安全は僕が保証します」
「ありがとうございます、ではさっそく契約を」
「あの契約ってどうやるんですか」
「ご主人様は今回が初めての契約ですか」
僕は首を縦に振る。
「なら僭越ながらわたくしが説明させていただきます」
ウーの話曰く、何か書類を書いたりするわけではなく主人となる者の血を一滴体内に取り込むことで契約が成立するとのことだった。そんな簡単なことでいいのかと思ったが、人間の国では奴隷市場は最も大きな経済らしく、それを扱うためには特別な契約魔法を会得しなければならないらしい、でもどうやら僕は神様からそれを得ているようで、先ほどの握り拳から流れた血を三人に与えることで契約が成立した。
「これで契約成立ですね」
契約を交わしたからと言って何かが変わるわけでもなくウーは平然としている。それを見た僕が安心し三人を馬車に乗せようとしたとき
三人がいきなりボーとただ立ち尽くした。だがそれも一瞬のことですぐに我に返った。
「あのご主人様」
「なあに」
「私の聞き違いならよいのですが何か、カギのかかるような音がしませんでしたか」
「ううん。僕は何も聞いてないよ」
「え~でもチマも聞いた」
「ポタもこの耳で?頭で?」
どうやらまだ幼い二人も同様のことが起こったらしくこの症状が起こっていないのは僕だけということになる。そこで僕は改めて人材鑑定で彼女たちを見つめる。するとそこには先ほどまでなかった施錠されたカギのマークがそれぞれに三つずつついていた。
「どうされましたかご主人様」
「ああ、なんでもありません。しかし不思議なこともあるものですね。獣人特有のものですか」
「いえ、私も今回のようなことは初めてで」」
ウーも戸惑っているようだが、すぐに何か実害があるわけではないので一応経過観察を行うことにした。
「えっとみんなの国ってここから遠いの?」
「はい、失礼ながら今のご主人さまがお持ちの物資ではどこかで補給を行わない限りたどり着けないでしょう」
「なるほど」
獣人の国に向かいたいのはやまやまだが、物資が足りない、何よりルートも分からないとなると安易に旅を行えない。最悪三人とも共倒れということになりかねない。
「なら当初の皆さんの予定通り一度街へ向かっても構いませんか、そこで情報収集なども行いたいですし」
「ご主人様がそう望まれるのなら異論はございません」
「でも重いのは嫌」
「辛いのも嫌」
「二人ともわがままを言ってはいけません」
チマとポタが言っているのはおそらく労働のことだろう。鑑定で見たところ二人はまだ十五歳、とても労働についていい年齢ではない。
「大丈夫だよ、少し調べ事したらすぐに出るから」
「ご主人様なんと慈悲深いお言葉。ありがとうございます」
「そんな大げさですよ」
かくして僕は初めての奴隷三人と共に神様からもらった地図を頼りに街へと向かうことになった。まさかあんな残酷なものが待ち受けているとも知らずに・・・