悪役令嬢になった私は
※この話は「悪役令嬢の母親は」の続編です。これ単体でもいいですが、そちらも読んでいただけると、より楽しめると思います。
私、ロザリー=トローは前世の記憶を持っている。しかも、乙女ゲームの悪役令嬢に転生するという、ネット小説みたいな転生の仕方だ。
悪役令嬢になって断罪なんて願い下げだ。この世界の私の母も転生者だった。私達は二人で脱・悪役令嬢計画を始めた。途中で、ヒロインのアンナも転生者であることがわかった。面白そうだと言って、アンナも時々手伝ってくれた。
そして、先日。
私はついに断罪イベントである卒業パーティーに出席した。予想通り、断罪を宣言した王子と私はベタなネット小説のような会話をした。途中から、ヒロインであるアンナも参戦し、王子を言い負かした。
そして、その後、母のはからいで、王子とアンナと私で別部屋で話すことになった。三人だけだと、何が起こるかわからないとして、母は私の兄も付けてくれた。
そこからが面倒臭かった。まず、王子がしていた誤解の数々をアンナと一緒に解いていく。いちいち本人が納得するまで説明したので、骨が折れた。王子はアンナと相思相愛だと、盛大に勘違いしていたので、アンナが盛大にフっていた。王子が可哀想なくらいに。この話を母にしたらメチャクチャ笑われた。その後、ひたすら話した。
誤解が解けて、スッキリしたら、今度は今まで喋っていなかった分、話したくなったのだ。その日は、満足するまで話したら、そのまま家に帰った。
3日後、大人達の話も決着が付いた。私と王子の婚約は解消された。ただし、復縁もできるという。なんだかんだで一段落付いたのだ。私はホッとした。そして、なぜだか王子とおしゃべりしたいと思った。
さらに2日後。王宮のお茶会に呼ばれた。馬車に乗り、王宮に向かう。今まで婚約者として何度も通った道だったけど、その道のりがいつもより長く感じた。
王宮の庭を眺めながら、お茶を飲み、茶菓子をつまむ。どちらもたいへん美味しい。しばらく至福に浸っていると、目の前に王子が現れた。前に座って良いかと訪ねられたので、構わないと伝えた。
「ロザリー。先日は迷惑をかけた。すまなかった。」
彼は座るとそういった。
「殿下、謝罪なら、その際にお受けしましたから、十分ですわ。」
「いや、謝り足りないんだ。それに、感謝もしている。今思うと、私は常に夢のようなものを見させられ、それに操られるようにして行動していた。だが、君のおかげで目が覚めた。ありがとう。」
「そうですの?お役に立てて光栄ですわ。」
「あぁ。そういえば、君の母上は何か言っていたか?」
「いえ、特に。ただ、私の好きなようにしろと。」
「そうか。ほら、君の母上は頭が切れる方だから、敵に回すと怖いっていうか。」
「わかる気がしますわ。後、今回のことに関して、我が家では気にしないことになりましたから。安心してください、母が今回のことで怒っていたら、今頃六法全書片手に乗り込んで来ていますわ。」
「……想像出来てしまうのが恐ろしい。」
この前まで、関係が良好とは言えない状態だったので、こうして話していられるのが不思議な感じだ。
「ところで、殿下は大丈夫なんですの?人間、フラれると落ち込むものだと聞きましたから。」
素直な疑問だ。アンナに固執していた王子だから、フラれて受けたダメージは大きいはずだ。
「っげほっげほ。」
と、王子が咳き込んだ。あっ、質問が悪かったか。
「すみません!失礼な質問をいたしましたわ。」
「いや、気になって当然だろうから構わない。正直言って、結構堪えたよ。立場上、あまり拒絶されることがなかったから、余計に。」
「そうでしたの。」
「あぁ、でも、お陰様でスッキリしたんだ。さっきいっただろう? 今思うと怖いよ。自分の思考が他人に書き換えられていくようなんだ。馬鹿な話だとは思うけど。私は愚かだった。」
「でも、今、大丈夫なら良いではありませんか? 過去のことを言い過ぎるのもよくありませんし。それに…。」
「それに?」
「それにどうしようもないことだってありますわ。例えば、私の髪は幼少の頃より癖が強いんですの。私はこの癖毛をなんとかしたいと思いましたが、67人の美容師を敗北へ導きました。」
私はスッと垂れている自分の髪を一房摘まむ。見事な悪役令嬢の縦巻きロールを描いている。地毛だ。巻いたりなどしていない。
「…それは違うんじゃない?」
「ええ、でも私の癖毛はどうしようもないことですわ。それと同じように殿下のこともどうしようもなかったのですわ。いつまでも悔やんでいるのでは未来につながりませんわ。」
「それもそうかもしれんな。」
「ええ、それにね、私、今ではこの髪も嫌いじゃありませんのよ。愛着が沸いたのですわ。時が立てば物事の見方は変わるもの、今回のことも、やがては何かの糧になりますわ。だから大切にしてくださいな。」
「あぁ、そうするよ。」
母は失敗することで王子を成長させようとした。実際、彼は変わって来ているのかもしれない。
「ん?どうした?ロザリー、私の顔に何かついているのか。」
考え事をしながら、彼をじっと見ていたらしい。
「その、殿下が前より格好よくなっていると思いましたの。」
「そうか……。」
ありゃ、殿下ったら耳がほんのり赤い。恥ずかしがっているのだろうか?可愛いかも。
「殿下はアンナを振り向かせたいのですの?」
「いや、違う。」
「未練はないと?」
「ないな。彼女は友人ではあるが、今はそういう感情はない。というか、彼女に対して思っていた気持ちは、さっきも言ったように他人に作られていたものだから、正気に戻った今は何にも思わないんだ。」
「なるほど。」
もしかしたら、乙女ゲームの補正が王子の精神にも干渉していたのかもしれない。そう思うと、気の毒になった。
「ロザリーに対してもそうだったな。ちゃんと考えれば、ロザリーはなにも悪くない。むしろ頑張ってくれていた。なのに私は君を陥れようとしていた。」
「婚約者としての義務を果たしただけですわ。」
「で、思い出した。よくよく思い出してみれば、ロザリーは初恋の人だったなって。自分で父上にねだったって。」
「へ?」
その言葉に、開いた口が閉じられなかった。
「なんて馬鹿なことしているんだろうね、私は。怒ってくれていいんだよ?私はこの前まで君を断罪しようとしていた男なんだから。」
「殿下?」
「私は可愛い君を断罪しようとしていたんだ。自分がしていたことを思い出す度に、自分が嫌いになる。」
「左様で……。」
王子の目が、少しいとおしそうに私を見ていた。ゲームでの彼の表情にも似ていたが、少し違う。
「……というのが、今の私の気持ちだ。どうとらえてくれても構わない。」
そう言うと、王子は席を立って去って行った。その後、何人かとおしゃべりしたけれど、どうにもモヤモヤするので先に帰ることにした。
帰りの馬車は考え事に丁度良い。美しく石で舗装された道路は揺れが少ないのだ。
今まで、前世のことはあまり思い出そうとしていなかった。あのゲームは嫌いじゃない、むしろこの世界に来れて、私はファンとして嬉しかったのだ。
ただ、問題は前世の推しだった。推しキャラが王子だったのだ。だから辛かったのだ。大好きなキャラに嫌われていくのが。転生したのだから、言動に気を付けさえすれば、そこまで嫌われることはないかもしれないとも考えた。事実、それを目指した。しかし、彼は私からどんどん離れていってしまった。
彼が私から離れるまでの間の彼はとても素敵な男の子だった。彼の優しさに触れて、私は彼のことが好きになっていた。推しではなく、本当の好きな人だ。そのことも私を苦しめた。好きな人に嫌われる未来がわかっているのだ、キツかった。
だけど、彼に嫌われたのが、ゲーム補正だったなら。本当は嫌われてなんかいないのなら。
どんなに嬉しいことだろうか。
まして、想ってくれていたとしたら、嬉しすぎて死ねる。今までの苦しみがふっ飛んでしまう。
人が良すぎるとか、優し過ぎるとか、あるかもしれないけど、今までのことは水に流すことになっているから、問題ないと思う。
あの目は補正がかかっていない、真の彼の姿なのかもしれない。
家に着くと、私は母の元に向かった。昔から色々助けてもらったので、今のモヤモヤも、解決してくれるかもしれない。
話を聞いて、母は笑って、一言、
「素直になっていいのよ。」
と言った。
それから私が再び王子と婚約するまでの長さはそこまで長くはなかった。
あれから1ヶ月…。(訳:「悪役令嬢の母親は」から時間が経ってしまった…!遅くなってすみません。)
追記 誤字報告ありがとうございました。縦巻きロールを伊達巻きロールにしたことは前にもあって、気を付けていたはずだったのですが……。予測変換とは恐ろしいものです。地味にショックです。伊達巻きロールってなんでしょう、おせちにありそう。