一章『そして、彼は語り始める(6)』
ひなたがユキナを引き連れて向かった場所は彼女が泊まる宿だった。先ほどの騒ぎの影響があるので人目につきやすい場所は避けたい、というのがその理由だった。
「あ、あの、ひなた?」
「どこから説明しましょうか」
不安げにベッドに腰掛けるユキナの傍に立ち、ひなたは困ったように腕をくんだ。
「とりあえず、お前の素性と、それからフブキとの関係の説明が要るな」
「そうですね」
「あとは個人的に気になる点だが、だいちとの関係も知りたい。こっちは素でびびった」
「分かりました。では、まずは前者から話すことにしましょう」
ひなたは荷物の中から3枚の手配書を取り出した。そして、その中の1枚をユキナの目の前に広げてみせる。
そこには、蒼い髪の男、すなわち、ひなたの顔があった。普段の彼からは想像もできないほどの険しい顔つき。誰がどう見ても犯罪者の顔だった。その下に書かれている賞金額は2億8000万S(Sはサニーと呼ばれる貨幣単位)。
例えば、現時点で賞金が懸けられている悪党たちの平均賞金額が約3000万Sであるといえば、その凄さがよく分かるだろうか。あるいは、今牢獄に入っている犯罪者たちを片っ端からかき集めたとして、1億を越える首はその一握りにすぎず、さらに2億ともなるとひとつまみもいない、といったほうが良いだろうか。どちらにしろ、その額は彼がかなり危険視されている人物である、ということを示していた。
そもそも政府は賞金首にあまり高額な値段はつけることをよしとしない。なぜならそのせいで民衆に大きな怯えを抱かせる可能性があるからだ。ちなみに、現時点で2億台の賞金首は数人いるが、3億を越える首はわずか2人しかいない。
「ご覧の通り、僕は賞金首です。数年前から額に変動はないと思います。当時は、これのせいでぼちぼち知名度もあったのですが、ユキナさんはご存知ないようでしたので改めて自己紹介をさせていただきます。僕の名前はひなた。通称“蒼風”といいます」
「蒼風……」
ぽかんと口を開けてそう漏らしたユキナを見て、補足が必要だと判断したハム吉は、ひなたの言葉を継ぐ。
「今、お前の目の前にいる男は数年前、ぴたりと消息を絶った大悪党だ。戦う姿が風のようであることとその髪の色から、蒼風という呼び名がついた。噂では、死んだとか牢獄に入れられているとか、足を洗ってどこか人知れず暮らしているとか言われていた。だが、政府側は明確な情報を呈示せず、この件はうやむやになっていたんだ」
それからハム吉はちらっとひなたに視線を向けた。後はお前が続けろ、と言う目だった。
「うやむやにしたのは、だいちの計らいだと思われます。その方が、いろいろと都合が良かったもので」
ひなたは言いながら2枚目の手配書を広げた。それは彼が例の喫茶店で情報を求めた紅い髪の男のものだった。賞金額は3億7000万S。3億越えの1人だ。
「彼はみかげ。通称は“紅花”。僕の元相棒、というのが最も適切な表現でしょうか」
「元?」
ユキナが訊ねる。
「はい。とある事件がありまして、僕らは道を違えました。それが数年前。僕の消息が消えたときのことです」
「その、“とある事件”ってのがフブキに関わってんのか?」
「いえ。多分あなたの言う事件とは違うと思います。それはもう少し前のことになるはずです」
「ちょ、ちょっと待って」
「はい」
ユキナは立ち上がると、ひなたの服を掴んだ。実の兄の名前が彼らの会話中に出てきたことで、緊張感が高まったのかもしれなかった。
「お兄ちゃ……兄と知り合いなのは、さっきの政府の人との会話からなんとなく分かってた。だから、その詳しい話を聞く前にひとつだけ聞きたいんだけど」
「なんでしょう?」
ユキナは唇をきゅっとかみ締めると、伏し目がちに口を開いた。敢えて“兄”と言いなおしたのは、単なる照れ隠しなのか、それとも、ひなたとまだ打ち解けられていないからなのか。
「兄は……兄は、どんな人だった?」
その問いにひなたは言葉を詰まらせた。この返答は、非常に重要な意味を有している気がした。しかし、彼は下手にごまかすのは妥当ではないと判断し、真剣な面持ちで口を開くことにした。
「……正直に言います」
ユキナは頭を垂らしたまま小さく頷いた。ベッドで仁王立ちしているハム吉も軽く頷く。
「出会ったころ、彼はとても優しい人でした」
はっとした顔でユキナは顔を上げる。その表情は、安堵と不安の入り混じったものだった。




