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一章『そして、彼は語り始める(5)』

「な、なんでしょう?」

 ユキナの前に現れたのは身なりをきちんと整えた政府の役人だった。胸に光る勲章の数から見て、全くの下っ端ではなくある程度のお偉いさんだということは容易に想像がついた。

「ユキナさんだね」

 短く切りそろえた髪が彼の清潔さを増す役割を担っている。あくまで自然な作り笑いが、ユキナを恐怖に駆り立てる。

「そ、そうですけど……」

 おそるおそるといった風に頷くユキナを見て、役人はさらに笑みを深める。

「私は、だいちと言います」

「は、はぁ」

「単刀直入に言うと、君の力を借りたいと思っている」

「ち、力?」

 はい、と言っただいちは制服のポケットから新聞記事の切抜きを取り出して、彼女に示した。

「我々は君と同様にあなたのお兄さんを捜している」

「……え?」

 彼が見せたのは、ユキナが最も思い出したくない事実を示すものだった。実の兄による両親惨殺。彼女の身体はびくりと震えた。それを見てだいちは、静かに手を差し伸べる。

「政府はフブキに関して莫大な数の情報を有している。君に協力してもらえれば、きっとすぐにお兄さんを見つけ出すことができるはずだ」

「……ほ、本当ですか?」

「はい」

 だいちは力強く頷いた。ユキナは、彼の手をとろうとゆっくりと右手をあげ……

「あ、あの、1つ聞いてもいいですか?」

 それを途中で止めた。

「なんだ?」

「私が兄を捜しているって、なぜ知ってるんですか?」

「……はい?」

「その記事には、私は“フブキが取り逃がした”と思われる生死不明の行方不明者になっていますよね。それなら、私は兄から“逃げている”と考えるのが妥当だと思うのですが?」

「……」

 だいちは、こほん、とひとつ咳払いをすると、差し伸べた手を下ろした。政府の調べでは、世間知らずのお姫様、となっていたが、どうやらただの子どもではないようだ、と感じただいちは大仰に腕を広げた。

「我々の情報網を駆使すれば、君がいったいどういう状況に陥っているかを調べるのはたやすいことなんだ」

 ユキナはじっと彼の瞳を見つめた。少なくとも、彼女の目では彼を信じていいのかどうかを判断することはできなかった。

「それに、例えばの話だが、もし実際は君が兄から逃げているのだとしたら、我々は君を“保護”したいと考える」

「保護、ですか?」

「はい。つまり、私としては、君がお兄さんを追っているのであっても、お兄さんから逃げているのであっても、我々政府の下に来れば君にとって有益であると考えている。だから、こうして君の前に現れた」

「な、なるほど……」

 ユキナは彼の言うことはもっともだと感じた。口車に乗せられている気がしないでもなかったが、政府の力を使えば確かに兄を見つけ出すのは容易かもしれない。それに、何といっても今のひとりぼっちの状況を打破できるのなら、たったひとりで旅を続けていくくらいなら、そっちの方が良いような気がした。

「それでは、私と一緒に」

「は、はい」

 今度こそ、2人の手が結ばれようとしたときだった。




「ユキナー!!」




 大きな声が聞こえ、同時に両者が目をつむるほど激しい風が吹いた。

「な、何?」

 ユキナは誰かにふわりと身体を抱かれ、数秒間ほど宙に浮いたかのような感覚を覚えた。

「君は……」

 風がやんで、先に目を開けたのはだいちの方だった。目の前に自分の目標物であった少女を抱きかかえためがねの蒼髪の男を見つけて、彼はため息をつき、手のひらで額を押さえた。

「まさか、こんなところで君に会うとは」

「同感です」

 ひなたはめがねの奥底で暗く輝く瞳をだいちに向けた。

「あ、あれ? え?」

 ようやく目を開けたユキナは自分がひなたに抱きかかえられていることに気づいて頬を朱に染めると、じたばたと暴れ始めた。

 ひなたはそんな彼女をそっと地面に下ろすと、勢い余って頭からとんでいった帽子を拾い上げ、めがねを外した。

「さて、状況の説明をお願いしたいところだが?」

「それも同感です」

「私はそこの彼女を迎えに来ただけだ」

 だいちはユキナに視線を向け、それからすぐにひなたに戻した。ひなたは険しい目つきのまま、すっと刀の鞘に手をかけた。

「それは、政府の意思ですか、それとも、あなたの意思ですか?」

 だいちは緊張感のない声で、ん〜、と唸ると、天を見上げた。

「なんとも言えないところだな。この件についての政府側の見解には納得していない部分もあるが、彼女をこちらの管理下におくことについては全面的に賛成だ」

「政府はユキナさんを“彼を捕らえる鍵”にするつもり、で良いんですか?」

「“鍵”ではない。“餌”だ」

 小さく眉を動かしたひなたを見てだいちは嘆息した。

「君に受け入れられないことは分かっている」

 そして、ひなたの背に隠れるようにして立っているユキナとひなたを見比べて、

「それで、君は何をしているんだ?」

 と付け加えた。

 ひなたは自分の置かれている状況についていけず困惑しているユキナを一瞥して、首をかしげた。

「よく分かりません」

「はい?」

 だいちは呆れたようにそう聞き返した。

「よく分かりませんが、彼女が彼の妹であるならば、僕は彼女を彼の元に届けてあげたいと思います」

「フブキはもはや君のよく知る人間ではない」

「それは、きっと僕の方が痛いほどに分かっています」

「だろうな」

 だいちは肩をすくめると、やれやれといった風に首を横に振った。

「今回は私の単独行動なので、ここでいったん退くとしよう。私も今は君と争いたくはない。命は大事だ」

「そうしてもらえると助かります」

 だいちは踵を返して、それから一度だけ振り返った。薄い笑みを浮かべ、白い歯を口の隙間からのぞかせる。

「君だけは昔から変わっていないようで安心した。それに、なんていうかな。毎度のことながら、女性に苦労しているようだな」

 ひなたは何も答えず、小さく笑う彼の顔をじっと見つめ小さく頷いた。だいちは、ちらっとユキナに視線を向け、再び背を向けて歩き出す。

「君が彼女と一緒にいるのであれば、また出会うこともあるだろう」

 だいちはそう言い残してそのまま人ごみの中に消えていった。辺りには騒ぎを聞きつけた野次馬たちが集まっている。

「あれって蒼風か?」

「あいつってもう死んだんじゃなかったっけ?」

「私は牢獄に入ってるって聞いたわ」

「それよりも、あの小さい子、あのフブキの妹らしいわよ」

 わざと聞こえるように言っているのかというくらいに、街人たちの声がひなたとユキナの耳に届く。

「ユキナさん」

「は、はい」

 もはや変装をする意味はないと踏んだのか、メガネと帽子を手にもったまま、ひなたはユキナに近づいた。

「とりあえず、移動しましょう」

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