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男装令嬢の不本意な結婚  作者: もり
番外編:パトリス
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 クラリスが王都を離れボナフェ伯爵領へ戻ったことは一時話題にはなったが、これもまた療養のためだろうと皆は次の話題へ移っていた。

 もうすぐ年に一度の受勲下賜式が行われるのだ。

 その年に王国に貢献した者へと褒賞が与えられる式典なのだが、今年はいったい誰がどれだけの爵位や領地等を賜るのだろうと、皆は推測に忙しかった。

 数年前の戦から、毎年大勢の者がこの栄誉に与っている。

 パトリスは王籍から抜けはしたが、それでも王族の一員として式典に出席しなければならず、クラリス一人で伯爵領へ戻ったことも邪推する者はいなかった。


 そして華々しく始まった式典は、新たに受勲された者たちや祝福する者、心ひそかに落胆する者、嫉妬する者と様々であった。

 そしてひと通りの儀式が終わり、次は祝賀会へ移行するのだろうと皆が思っていた時、フェリクス国王の重々しい声がその場に響いた。


「最後にもう一人、我が王領から一部分け与えたい者がいる」


 予定にないはずのその言葉に場はざわついた。

 褒賞を与えられた者はもう全員がその栄誉に与っている。

 いったい誰がと皆が場内を見回す中で、フェリクス国王は片手を上げてその場を静まらせた。

 王妃レイチェルは前もって知っていたのか驚いた様子もなくフェリクスの隣に座っている。


「ブレヴァル公爵、前へ」

「はっ!」


 パトリスの名が呼ばれた瞬間、誰もが「ああ」と納得の吐息を漏らした。

 ブレヴァル公爵ことパトリスは、もう一人の王弟リュシアンともども、数えきれないほどの功績を上げている。

 また何か知らないうちに王国へ貢献し、結婚祝いもあっての領地下げ渡しだろうと誰もが思っていた。

 しかし、続いた王の言葉に誰もが息を呑んだ。


「ブレヴァル公爵、そなたとそなたの妻、クラリスとの離縁を命じる」

「陛下、それは――」

「黙れ、パトリス。私はそなたには失望させられた。あれほどにクラリスとの婚姻を望んでおきながら、彼女に何をした? 己の領地の管理もろくにできず、賊を放置していたがためにクラリスは大怪我をしたのだぞ? 彼女は馬を巧みに操る術があったからこそどうにか無事に逃げおおせたが、一歩間違えれば辱めを受けていたやもしれぬ。私も王妃もクラリスにそなたとの結婚を勧めたことをどれほど後悔したか。彼女はそもそも結婚などするつもりはないと決めていたというのに……。よって、私は償いとしてクラリスにボナフェ伯爵領に隣するバイレモ地方の一部を与えたいと思う。さすればクラリスは家族に頼ることなく一人で暮らすことができるだろう。またそなたには五か月の停職を命じる。その間に頭をよく冷やし、クラリスにどう償うべきか考えるのだ」

「――かしこまりました」


 広間はすっかり静まり返り、その中でパトリスは膝をついてうなだれたように頭を下げ、フェリクスの言葉を聞いていた。

 そして最後に、気落ちした様子で答えるとそのまま後ろへと下がり、広間から出ていく。


 その後、会場を移して祝賀会が開かれたが、皆の話題はもっぱら先ほどのフェリクスとパトリスのやり取りについてだった。

 フェリクスの言い様では、パトリスがクラリスに結婚を迫ったかのようだったのだ。

 そこにきて、リュシアン殿下が不器用なパトリスが初恋をこじらせたせいでクラリスに迷惑をかけてしまったと嘆き、さらにはクラリスがどれほどに勇敢だったか――馬丁頭までを見捨てず、そのために多くの傷を負ったのだと語った。

 そのため、クラリスが賊に襲われ怪我をしたことに意地の悪い見方をする者もいたのだが、フェリクスとリュシアンの言葉によって、クラリスの名誉は回復していったのだった。



 五か月の停職を言い渡されたパトリスは、式典後にそのまま各地にある領地へ向かった。

 レスト地方ほどの規模ではないが、それぞれの領地はずっと人任せにしたままで一度も訪れたことがない。

 今までは優秀な家令を雇っていればそれで問題ないと思っていた。

 それがサモンドのことで間違いだと――領主として責任を果たすべきだと気付いたのだ。

 これも全てクラリスのおかげである。


 実際に領地を見てみれば、報告書だけではわからなかったことが多々あった。

 大小さまざまな問題を解決しながらも、パトリスは気がつけば自然とクラリスのことを考えていた。

 怪我はよくなっただろうか、無理をしていないだろうか、ビバリーの森でまた過ごしているのだろうか、など。

 未練がましいとは思うが、どうしても忘れられない。

 そして全ての領地を回り終わった時には、クラリスと別れてふた月が過ぎていた。


 もう自分でもわかっている。――クラリスに恋しているのだと。

 あまりにも馴染みのない初めての感情に気付くのが遅れ、気付いた時には全てが終わっていたのだ。

 今さら好きだとなどとは言えない。

 それでも――。


(せめて友人としてやり直すことはできれば……)


 ずうずうしい考えだとはわかっていたが、パトリスの足は自然とカリエール領へ向かっていた。

 お守りとともにシルヴェスからの手紙を懐に入れたままなのは、クラリスに会うための口実かもしれない。

 パトリスはそのままカリエール卿の館近くの街に宿をとると、従者たちを残して一人ビバリーの森へと馬を走らせた。

 正直なところ、クラリスに会えることを期待したわけではなかった。

 また許可もなく私有地に立ち入る後ろめたさもある。

 それでも森に入れば懐かしく、パトリスはあの小川のほとりに向かってゆっくりと馬を歩かせた。

 そこで人の気配を感じ、静かに手綱を引いて馬を止めたのだった。




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