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エピローグ


 翌朝、二人の結婚を請願する書簡を持った急使が王都へ向けて発った。

 フェリクス国王はその書簡を受け取ると、「早すぎるだろう」と呆れ交じりに呟いて笑ったらしい。

 それからすぐに許可する旨の手紙を認め、その日のうちに別の使者をカリエール領へと遣わした。

 ただし、半年は待つようにとの条件もつけられている。


 その使者より遅れること数日、王妃からの個人的な婚約祝いがクラリスに届けられた。

 それは一度目にはなかったことで、クラリスは戸惑いながら受け取ったものの、その豪華な品の数々に圧倒されて半泣き状態になってしまった。


 そこでようやく、パトリスはクラリスに何も贈っていないことに気付いたらしい。

 急ぎカリエール一番の街へと向かったのだが、そのまま宝石店前をうろうろしていたところを、ミカエルに捕獲されてしまった。

 たまたま遊びに出てきていたミカエルが、不審人物と化していたパトリスを見つけたようだ。


 そして、目的を果たしていないパトリスをミカエルは酒場へと連れていき、クラリスについての話を長々と、酔ってからは同じ話を何度も語った。

 それでもパトリスはずっと真剣に聞いていたらしい。


 その後、二人が館に帰ってきたのは、夜も更けた頃。

 一応はミカエルから、パトリスと一緒に遅くなるが心配しなくていいとの伝言が届けられていたのだが、クラリスは眠れるはずもなかった。

 

 それなのに、戻ってきたミカエルは陽気に歌を歌っている。

 その騒ぎをこっそり階上の廊下から覗いたクラリスはパトリスと目が合い、慌てて部屋へ駆け戻ったのだった。


 翌朝、二日酔いのミカエルはカリエール卿と姉のジルダにこっぴどく叱られ、さらに酷くなった頭痛に一日中悩まされていたとか。

 一方のパトリスはその二日後、カリエール夫人がひいきにしている宝石商が持ってきた宝石の中から、一つの宝石を選んだ。


 それは、陽射しを浴びて輝くビバリーの森に流れる小川のようなダイヤモンド。

 雫の形をした大きなダイヤモンドを、輝く小粒のエメラルドが囲んでいるペンダントだった。

 すると、宝石商は商魂逞しくペンダントと揃いのイヤリングを勧め、他にも指輪やらネックレスやらを勧めて、ほくほく顔で帰っていったらしい。


 ところが、パトリスがクラリスにペンダントを贈ろうとしても、なかなか上手くいかなかった。

 もたもたしているうちに軍へ戻ることになり、どうにか渡すことができたのは半年後。

 要するに、再婚する前日。


 不器用で無愛想なパトリスの態度にも慣れたクラリスは、突き出された箱を微笑んだまま受け取り、中身を見て感激のあまり泣きだしてしまった。

 正直に言えば、こういうことをパトリスにはまったく期待していなかったのだ。

 しかし、クラリスの涙を初めて見たパトリスは、何がまずかったのかとうろたえ慌ててしまったらしく、その姿はかなりの見ものだったと、覗いていたミカエルはみんなに言いふらしていた。


 そんなちょっとした騒動があった翌日の午後。

 カリエール館にある小さな礼拝堂では、クラリスとパトリスの二度目の結婚式が執り行われた。

 一度目の時とは違って、とても慎ましやかな式ではあったが、新郎新婦はもちろんのこと、誰もが笑顔を浮かべており、喜びに満ち溢れていた。


 また新婦を美しく飾り立てていたのは、最初の式の時に母から贈られた真珠ではなく、きらきらと輝くダイヤモンド。

 これはパトリス自ら選び贈ってくれたのだと、参列者の一人にクラリスは嬉しそうに語ったそうだ。

 ちなみに王都にある公爵邸の金庫に眠る宝石類は、パトリスの母の形見らしく、おそらくクラリスが身につけることはこの先ないだろう。


 そしてこの式と披露宴には、国王の代理としてリュシアン殿下も出席していた。

 リュシアンが王都に戻り語ったことによると、新郎新婦は式の間も祝いの席でも、招待客そっちのけでお互いばかりを見つめ合っていたとか。

 だが周囲からキスをするように囃し立てられた時だけは、頑なにパトリスは拒否していたらしい。


 その理由を知っているのは、クラリスただ一人だけ。

 それは、本当の初めての夜を同じ寝室で迎えた時のこと。

 ベッドの上でお互い座って向き合い、無表情ながら耳の赤いパトリスが告白したのだ。

 クラリスにキスをするのが嫌だったわけではなく、初めてのキスを人前でするほど悪趣味ではないのだ、と。


 説明されなくてもパトリスのことは理解しているつもりのクラリスは、真っ赤になって頷いただけだった。

 しかし、この言葉の中で一番に理解するべきだった点について、クラリスはしばらくしてからようやく気付いたのである。

 それでも愛があればどうにかなるもので――。


 やがて月日は流れ、クラリスとパトリスの二人――ブレヴァル公爵夫妻は四人の娘に恵まれた。

 ところが、娘を四人育てたにもかかわらず、いつまでも女心が理解できなかったパトリスは、娘たちにからかわれ、悩まされ続けたそうだ。

 そんなパトリスは「娘たちは妻のために、野暮な私へ試練を与える使命を持って生まれてきたようだ」と、灰色の瞳を愛情いっぱいに輝かせてぼやいていたらしい。


 またフェリクス国王治世下では平和な時代が続き、パトリスは軍に戻ることはあっても長く領地を空けることはなく、近寄りがたいが誠実な領主として民に慕われていた。

 ただ残念ながら、二人が公の場に出ることはめったになく、社交界では謎に包まれた公爵夫妻のことを誰もが知りたがった。

 やはり復縁した二人については、当時から色々な憶測がなされていたからだろう。


 だが後に、娘たちが両親についていくつか語ったことがある。

 その中で一番有名なのが『周囲が呆れるほどに仲睦まじく、何事もよく話し合っていたが、時にはケンカをすることもあった』との話。

 そして、なぜか公爵は謝罪の印に枯れ枝を差し出し、夫人が笑いながら受け取って、いつも仲直りするのだと。

 不思議に思った長女がある日、その意味を母である公爵夫人に訊ねると「悔しいけれど、お父様は私の弱点をよくご存じなのよ」との答えが返ってきたらしい。

 

 こうして公爵夫妻については、ますます謎めいた話が広がっていった。

 しかし、二人をよく知る者たちは口を揃えて言う。

『ブレヴァル公爵夫妻は末永く幸せに暮らしました』と。





最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

これにて『男装令嬢の不本意な結婚』は完結です。

本当に、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] なんか今回のお話は読んでいて涙が止まらなくて…色々なことがあって理解が出来ないまま、結婚してしまったくだりがなんかもうせつなくてキュンキュンしました。 クリスは死んだことになっているのだか…
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