軍法会議
今日は重要な会議がある。我が国における核兵器の在り方についての軍法会議だ。
私もその会議に出席することになっている。私は国の明るい未来の為に誠心誠意を尽くす所存だ。
核兵器など世の中にあってはならない! 我が国が模範となり、諸国の認識を改めるのだ。
待っていろ。妻よ、息子よ。己の夫が、父が、世界の未来を変えてみせよう!
固い決意を胸に重々しいドアを開けた。
円卓には既に数名の幹部が席に着いている。国の、いや世界の未来を変えるべく立ち上がった私の同胞達。そう、我々は円卓の騎士なのだ。
騎士たちは私を含め七人。
議長のA田をはじめ、彼から時計回りにB山、C沢、D本、E島、F村、そしてこの私、G川が議長の右隣に座り、騎士達は顔を揃えた。
「諸君、今日集まってもらったのは他でもない。我が国の未来を決める重大な会議だ。半端な覚悟の者はいないか」
議長A田の物々しい口調に空気は緊張感を増した。
私はごくりと唾を飲み、皆は頷いた。
「わかった。では会議を始めよう。まずは皆の意見を聞こうか……B山、どうだ」
A田の左隣に座るB山は心を落ち着かせるように息をつく。
私の胸も動悸が速くなった。
明るい未来を導く偉大な一言を、まず聞こうではないか。
「はい。……私は核兵器こそが、世界を平和に導くものだと考えております」
……なんだって?
聞き間違いかと思い、涼しい顔をしたB山を見る。
「核兵器は国をも左右する程の威圧感を持っております。我が国に仇をなす不届き者を制裁するにはもってこいです」
な、なんてことだ。円卓の騎士に非国民が混じっているとは……。
「……ふむ。ではC沢」
「ま、待ってください議長!」
そのまま会議を続けようとするA田に、私はたまらず制止の声を上げた。
「なんだ、G川。発言は自分の番になってからしたまえ。まずは周りの意見を聞きなさい」
鋭い眼光で睨まれ、私はそれ以上何も言えなかった。
「では、C沢」
「……私もB山に同意する。合理的な思想は国のトップに立つ者にとって欠かせないものだ」
「や、ちょっ……」
「G川。発言は控えなさい。次、D本」
なんだこの理不尽会議は。私以外の騎士達は頷いたりメモしたりと、熱心に聞いている。
あ、ありえない!
「はい。私もB山、C沢と同意見です。世界には調和を乱す者がたくさん居ますからね、そういう輩を黙らせるには実力行使がいいでしょう」
「ふむ。ではE島」
お、おいおい。君達どうしたんだよ。我々は円卓の騎士ではなかったのか? 皆気でもふれてしまったのか?
そのときひとつの考えが私の頭に浮かんだ。
そうか、これは巷で流行りのドッキリと言うやつなのか? そうだろう、そうだと言ってくれ誰かっ!
「G川、人の話はちゃんと聞きたまえ!」
三度、鋭い眼光。
「あ、すいません」
そうだ、こんな重要な会議でドッキリなんて、そんなバカなことがあるわけがない。
少し考えればわかるはずだろう、しっかりしろ、私。
「E島、どうだ」
「やっぱ賛成でしょ。なんつーか、団結っていうの? 大事じゃん」
「E島の言うとおりですよ。この間、会議で逆らったQ原に来月の給与明細楽しみにしとけって言ったら、泣きながら同意してくれましたね」
「ああ、そんなこともあったな」
黒すぎるよD本! なんてことしてんだよ!
ていうか議長! D本と、さりげなくC沢も発言してるけどなんで注意しないの!? なにこれ差別?
「ではF村」
「我、同意せり! 古来より我らが同胞は力を合わせ身を寄せ合い互いに助け合って大きな壁を」
黙れこの気違いがっ!
「ふむ……今のところは核兵器所有については賛成意見が多いようだな」
それしかねーよ! どうなってんだこの気違い会議は!
「G川、黙りたまえ!」
「あっ……。すす、すいません」
しまった、怒りのあまりつい声に出してしまったようだ。
い、一体どこから口に出してしまったんだろうか……。怖くて皆の顔が見れない。
「かくいう私も賛成だが……では、次。G川」
ってさりげなく議長も意見言ってんじゃねえよ! しかも賛成かよ!
……え? もしかして、この状況、四面楚歌?
「えっと……そうですね……」
同胞であったはずの円卓の騎士達は、今や強大な敵にしか見えない。私の背筋を冷や汗が伝う。
痛いほどの視線が突き刺さる。大いなる敵は私の発言を今か今かと待っているのだ。
多数派という名のライオンに睨まれた私は、さながら少数派という名のインパラのようだ。
弱々しいインパラのままでは生き残れないのか……?
「さ、さんせー……ですかねぇ」
空気がぱっと和らいだ。
「まあそうだろう」
「G川も妥当な判断をしたな」
「我らが同胞シュビドゥバッ!」
しかし私の心の奥底に眠る正義心が私に疑問を投げかけてくる。本当にそれでいいのかと。
周りを見回すとはじめの緊張感はどこへやら、皆雑談したりとリラックスした様子だ。
……今なら言えるかもしれない。
「あ、でもやっぱ」
会議室は水をうったように静まり返った。
「……何だね、G川」
六対の静かな双眸が私を睨みつけてくる。
……なにこれ、新手のマインドコントロール?
「えへ……なんでもないでっす」
私は泣いていた。
表面上では笑顔で振る舞いつつも、心の中ではダムが決壊したかのごとく涙を流していた。
妻よ、息子よ。
我が身のかわいさに悪事へと手を染める私をどうか、どうか許してくれたまえ。
「そいじゃあ皆賛成ってことで。はい、可決!」
終わっ、た……。
「はーい、お疲れさんでしたぁ」
暗黒の会議室に一筋の光が射し、妙なイントネーションの間の抜けた声が会議室に響いた。
声のする方を見やると、頭のてっぺんだけ髪を生やした白衣の男がドアの前に立っている。
「皆さん、『同調の実験』へのご協力ありがとうございました」
白衣の男がそう言うや否や、私を除いた六人は立ち上がったり伸びをしたりし始めた。
……実験って、一体何のことだ?
「あ、G川さんお疲れさまです。今回は我々の勝手ながら被験者ということで。いかがでした?」
……被験者?
「え、これドッキリ?」
「ドッキリじゃなくて、ジッケンです」
微塵もシャレてねえよ。
「何なの、その、同庁の……?」
「『同調の実験』です。集団における個人の心理についての実験です」
……それって結局ドッキリだってことじゃないか?
「違います、我々がしているのは集団における個人の心理研究という高尚なものです」
「はあ。で、それは何なの?」
私が尋ねると、白衣の男は目を輝かせた。
「はい、よくぞ聞いてくれました! この実験はですね、1951年にポーランドの社会心理学者が行った実験でして、」
「…………」
窓の向こうは晴れ渡って、今まさに人類滅亡への切符が切られたなどと誰が想像できようか。
「聞いてますかG川さん」
「はい、聞いています」
息子は、今日運動会だなどと言っていたな……。息子の成長した姿をまともに見たのはいつが最後だっただろう。
「G川さん、帰ってきてください。核兵器承認なんて真っ赤なウソですから、安心してください。ぶっちゃけちゃうとこれ、ドッキリですから」
「……やっぱそうかこのやろおぉぉぉぉ!」
胸倉をつかみ上げると、白衣の男は「ひぃ」と弱々しい声をあげた。
「ででですから聞いてください! この実験では、簡単な問題を出して、実験協力者、つまりサクラの方にはわざと間違った答えを言ってもらうんです。で、最後に答える被験者の方が周りと同じ、明らかに間違った答えを言うのかどうかを調べるんですよ。そそそんな怖い顔しなくても。高確率で被験者は周囲に同調するという結果が出てますから、なにも恥ずかしいことじゃございません」
「同情すんなあっ!」
私の憤怒の叫びを無視して、白衣の男はケロッとして言った。
「そうそう、サクラの皆さん。ギャラはあとでスタッフにもらってください。あ、そろそろホワイトハウスでの実験が終わる頃なんで。これで失礼しますね」
そういうと白衣の男はそそくさと会議室を後にした。
「……実験協力者? サクラ? まさか……」
私がゆっくり振りかえると、議長と私を除く五人がぞろぞろとドアへ向かっているところだった。
「いやあ、心にもないことを言うのは辛いですね。まあそれは私の迫真の演技でどうにかなりましたが」
困ったように、しかしはにかみながら言うB山。
「フン、くだらんな」
肩をすくめてスカしたC沢。
「楽しかったですね。またやりましょう」
悪の権化D本。
「ラッキー! 俺今月ピンチだったんだよねー。これで来月は彼女とグアム行けるぜ!」
ふざけるなE島。
「感謝感激雨嵐!」
もうしゃべるなF村。
「お、おい、お前等ぁ!」
文句を言ってやろうと立ち上がる私。
「……待ちたまえ」
あっ、議長……。議長もグルなんだよな。なんか……人間不信に陥りそうだ。
「G川……。君なら周りに流されることなく、正しい道を歩むことができると。次期指導者に相応しいと。そう思っていたのに……。正直……失望したよ」
「議長……」
「いや、もう私は議長じゃない。ついでに言うと、君の上司でもない」
……え?
「君、明日から来なくていいよ」
「ド畜生ぉぉお!!」
私の渾身の叫びが静まり返った会議室にこだまする。
そして誰もいなくなった。
お読みくださってありがとうございます。
ちょこっとかじっただけの心理学をテーマにして書いてみたので、『同調の実験』を知っている方もいらっしゃるかと思います。
知らない方はネットでどうぞ。(宣伝ではありません。もちろん)