First contact
《現在、市街地中心部に於いて多数の未確認生物が出現しております。近隣住民の皆さんは落ち着いて指定された施設避難、又は現場の指示に従って下さい。繰り返しお伝えします―》
ローカルのテレビ番組では、緊急放送に切り替わり、物騒な単語と市の危険区域地図を延々と流していた。
その放送をエセルは、頬杖ついて窓の風景と交互に見ている。
立派なビルが建つ市街地の方向等には狼煙のように煙が何本も立ち上り、時折爆発音が聞こえ、マスコミのヘリコプターが飛んでいた。
自然災害等の緊急放送なら何回か見たことあるので、自分にはあまり関係がない、そんな感覚で見ていた。
「ママー、私達も避難するのー?」
「避難したいー?」
「出来ればしたくなーい、だってどうせ大した事ないでしょ?」
視線を奥の部屋でバタバタしている母親へと向ける。
イコは奥の部屋で一応、非難の準備をしていた。
バックパックに携帯食料や災害用品を詰めている。
それから、クローゼットを開けて中からミディアムケースのペリカンケース2つを出して、ベッドの上に展開させる。
中から自前のTaurus 1911 9mmを取り出し、革製のヒップホルスターと予備マガジン数本、UMC Ammo Bulk Boxに入った9mmパラの箱を開ける。
弾薬の入ったケースには大量の弾頭重量115grの弾が入っており、それを手早く空のマガジンに10発ずつ詰め込む。
マガジンをタウルスに入れて、スライドを引いた。そしてもう一度、少しだけスライドを引いて薬室に装填されたかを確認しセフティを掛ける。
「弾がこの数で270ドルだから、考えものだよなぁ……」
そんなこと言いながら、ベルトにホルスターとマガジンポーチを付けてタウルスを差し込む。
銃携帯許可証や必要最低限の物を2つのバックパックに押入れ、動きやすい格好になる。
ダイニングへ行き、エセルにバックパックの1つを渡す。
「準備しといて、損なことはないからね。非難して、しなくて良かったって笑えればいいじゃん?」
「けど、この騒ぎ。原因分からないから下手に動くよりも家に居たほうがいいんじゃないの?」
エセルがそう言った瞬間、遠くに飛んでいてたマスコミのヘリコプターが爆発して市街地に落ちていった。
それに驚き、凝視する娘と鼻で笑う母親。
落ちた場所からは黒煙が上がり始める。
「ワォ、落ちたねぇ、ヘリが。……ほら、地下かどこか知らないけど、原因不明の生物が大量に現れて空からの助けが絶望的な中、立て篭もるのもいいけどねぇ。食料尽きたらどうしようもないじゃん?」
「……う、うん」
「それとも屋上で一緒に散弾銃担いで登って鴨撃ちみたい空飛ぶ何かを撃って食べる?アタシはそれでもいいけど」
「わ、私は遠慮しとくね」
イコは愛用のサングラスを頭に掛けて、騒がしいTVと景色を相互に見て考える素振りを見せた。
それから思いついたようにエセルに向かって提案する。
「ノーフォーク海軍造船所辺りに行ってみない?もしも何かトム・クルーズの宇宙戦争みたいなことになったら保護してくれそうだしさ」
「ママの頭の中はいつでもハリウッド映画で満載だね、けどここは現実だからそんな火星人とかは……」
「宇宙人は居なくても、幽霊は居るでしょ?それに、非難指示も出てるし、州兵が助けに来てくれるまでどれ位か分からないしさ」
イコは冷蔵庫からペプシコーラの缶を出して、娘に投げる。
それを取り損ね床に落としてしまうが、エセルは拾って蓋を開けて中身を飲んだ。
「ママ、危険かもしれないよ?」
「危険を冒して巡洋艦や空母がある軍事基地まで行く価値はあるよ。少なくとも、ここで不安に駆られながらビクビクしてるよりは幾らか精神衛生上マシだとアタシ個人は思うね。武器も兵器もちょっとはあるから安心できるし、何より守って貰えるという大きなメリットがあるからさ」
「かもしれないけど、道中もしかしてエイリアンとか居たらどうするの?」
娘が段々不安になっていく様を見て、母親は笑ってしまった。
遠くでヘリが落ちて、マスコミが騒ぐ。所々から見える黒煙とサイレン音。
テレビな中のような状況が目の前で起きているのだ、不安になるのは当たり前である。
それはイコも同様である。
車の鍵を手にして、玄関へ向かうイコ。
「じゃあ、ママが武器と食料を調達してくるからここで待ってる?」
「ヤダ」
「ビルの壁を走るエイリアンと駆けっこする?」
「それもヤダ」
「お家をホーム・アローンみたいにして引きこもる?」
「パパに怒られるよ?」
「会えなくなるよりはマシだね。ほら、行くよ!」
イコはハイカットのウォーキングシューズを履いた。
待ってよ!と言ってエセルもランニングシューズを履いて、母子は荷物を持って玄関を出た。
自家用車の2007年型のフィアット500に二人は乗って、ノーフォーク海軍造船所を目指す。
しかし、考える事は皆同じで避難する住民が多く道路は大渋滞であった。
繁華街の道路には、何十台何百台のも車が立ち往生し、クラクションを鳴らし合っている。
歩いて何処かに向かっている人間も多数おり、その人の流れをラジオを聞きながらイコは眺めていた。
「まぁ、こうなるのは粗方予想出来てたけどさ」
「いざこうなると、中々苦痛だよね」
「ゲームしながら言うなよ」
エセルは後部座席で寝転び、携帯ゲームをしている。先ほどの不安はドコに消えたか。
イコは電子煙草を吹かし、その娘の姿を見てから微笑み、進まない前の車のブレーキランプを見る。
今は幸い、何も現れずに問題もなかった。
「さて、エイリアンも知的生命体も見られない訳だが……」
「ママは正体不明の未確認生物」
疲れたようにぼやくイコに、ボソリは呟くエセル。
「ジャップが出しそうなサブカルチャーのタイトルだね。その子供も未確認生物の末裔だから、正体によっては可哀想かも」
「正体不明の未確認生物って響き、なんか未確認動物みたい」
「そこは映画の……アレだ……この前放送してた、遊星からの物体X」
「ママ、私ホラー系駄目なの知ってるでしょ」
「大丈夫、ママも一緒だ」
ママはそれ以上の経験してるじゃんーと言って、エセルは起き上がり渋滞の惨状を見た。
その状況を見てから、紅茶のボトルの中身を飲み、つられてイコもペプシの缶の中身を啜る。
「ホラーより、確かにストレスは凄かったな。まぁ、今の仕事もあんまり変わらないけどさ」
「非番で良かったねー」
「今日明日から輸送業務も停止らしいからね、良かった良かっ―」
進行方向、かなり先の車両から爆発音。次に黒煙や悲鳴が聞こえた。
「……ママ」
「アレだ、多分ハッパを切らしたジャンキーがガソリンを撒いて自爆したんだよ」
「いつからココはそんなマッドマックスな世界に様変わりしたの?」
「今からじゃない?」
「少なくとも私は違うと思う。ママの頭の中が少しマッドマックスなのは分かったけどさ……」
人の流れが大きく変わり、流れる方向は車の進行方向と同じであったが今度は逆方向に変わる。
悲鳴を上げながら走る人間とそれにつられて走りだす人間も居た。
イコはエセルに車内に居るように言ってから、車を降りてボンネットに上がる。
流れる人間が避け、逃げる正体を見てイコは言葉を失って、電子煙草を口から落としかけた。
「……ワォ」
電子煙草をポケットに捩じ込み、ボンネットから降りた。
それから後部座席に乗っているエセルを引っ張りだす。
「ママ、何が見えたの?!」
「少なくとも、ママはハッパはキメてない。これだけは信じてな!」
「は?!ママ、意味が分からないよ!!」
「後ろ見てる暇ないよ、走る走る!」
イコはバックパックの1つを娘に担がせ、自分も用意したバックを担いだ。
それからエセルを先頭に、人の流れに任せるように走らせる。
「ママ!何が見えたのよ?!」
「見たいか?!見て小便チビって直ぐそこのランジェリーショップ行ってる暇ねぇぞ!!」
彼女が見たのは、理解し難いものだった。
映画の世界や童話の中の世界の存在の生き物、又は良くて紀元前以前の伝説の生物。
そう考えていた生き物が見えた。
鎧や盾、武器を持ち、人間を襲うゴブリンや大型のオークの集団。
それを彼女は見たのだ。