秘密紹介クラブ
あるところに男がいた。いわゆる普通のサラリーマン。とある会社で、同じくらいの学歴の仲間とともに、大して刺激のない刺仕事を週に5日淡々とこなす。ろくに趣味も持ち合わせておらず、したがって、休日の午後であるのにテレビを眺めたり煙草をふかす程度しかしない。これではせっかくの休日も何が楽しいのやら、自分でもよくわからない。そんないつもの休日、不意に玄関のチャイムがなる。
「ごめんください」
居留守を使おうか迷うが、ただのチャイムだけならまだしも、声がこちらまで聞こえると不思議と出ないと悪い気がする。それに、なにしろこちらは暇を持て余しているのだ。玄関まで行って鍵を開けると、立派な身なりの紳士がにこやかな笑顔を浮かべている。
「こんにちは。初めまして。少々お時間をよろしいでしょうか・・・」
といって差し出された名刺には、「秘密紹介クラブ紹介員」という肩書と名前が書かれていた。
「ははあ、怪しいクラブに勧誘して、法外な料金を請求しようという魂胆だな。悪いが私はそんなものには引っかからないぞ」
「ははは。滅相もない。いたって健全なクラブです。料金も一切頂いておりません」
紳士の顔からは、動揺の色おろか、どこか余裕さえ伺える。
「なに、無料だと。そうかわかったぞ。その笑顔や余裕、宗教の勧誘だろう。まずは神か何かを信じさせて、それから寄付金か何かを請求するつもりなんだ」
「いいえ。決してそのようなものではございません。そのまるっきり対極の存在といいましょうか、最新のコンピューターを利用した、趣味の仲間のご紹介システムとでもいったようなものです。あなたの性格や趣向といったようなものをいくつかの質問に対する答えから算定し、それに似た仲間、適した場所、環境等をご提供させて頂きます」
「ほほう、いちよう面白い話ではあるな。だが、それが本当なら何故無料なんだ」
「ええ、実は何分新しいクラブなもので、実績の面で劣るわけです。まずは会員数をふやさなければなりません。また、正直なことを言えば、コンピューターの実践稼働テストも兼ねていまして、今ご入会の会員様に限っては無料とさせて頂いています。ですが、コンピューターは万全です。もしミスがあった場合、それなりの謝罪はいたします」
「なるほど、それはいい話に思えてきた。しかし、あと1つ気になることがある。なぜ秘密なんだ」
「さすがは用心深く、頭が回るお方。そんな方にこそクラブ員にふさわしいというものです。答えは簡単。新しい業態なので、世に知れ渡りそれを模倣するような輩がいないとも限らないからです。偽物のコンピューターでいい加減なマッチングをさせる人がいたら、こちらの信用に関わります。それに、秘密っていうのもクラブの活動を盛り上げる1つの要素になると思いませんか」
誉められれば嬉しくなる。彼は普段人から余り誉められるたちではなく、効果は抜群だった。また、いつも秘密裏に陰口を言われるばかりの自分が、秘密クラブのメンバーというのも魅力的に思えた。しかも、もし思った通りにいかなくても損はせず、いい暇つぶしになる。まさにマッチング成功だった。
「確かに。あなたの言う通りのようだ。是非クラブにいれてもらおう」
「はい。ご入会ありがとうございます」
といった具合に話はとんとん拍子に進み、簡単なテストを受けたのち、マッチング成功の手紙が届く。手紙には、場所、時間と部屋番号だけが書いてあり、男は期待に胸を躍らせながらしながら指定された日時に指定された部屋にたどり着く。ドアを開けると、タイムカードがあり、自分の名前が書いてあるカードがある。それをきると、その先には、見慣れた顔、見慣れたオフィス・・・・・。