感情の欠落
小二の終わりのことだった。
担任の福永先生が、教師を辞めて田舎に帰ることになった。
若くてきれいで、みんなに優しかった先生。
三学期の終業式が、お別れの日となった。
体育館での式が終わって教室に戻ると、ひとりずつ名前を呼ばれ、教壇に立つ先生から通知表を手渡された。
教室のあちこちから聞こえるすすり泣きの声。
顔をくしゃくしゃに歪ませてポロポロと涙をこぼす女の子たち。
教室中が悲しみに包まれる中で、粛々と列が進む。
わたしの番がきた。
神妙な顔つきで、教室の真ん中の通路を一歩ずつ進んでいく。
先生はハンカチを握りしめ、目を真っ赤に泣きはらしていた。
視線が合った瞬間、先生の顔が堰を切ったようにくしゃっと歪んだ。
「冬子ちゃん。元気でね、元気でね」
わたしの手をぎゅっと握り、肩を震わせながら何度も繰り返す先生。
じっと見つめるだけのわたし。
涙は、出なかった。
何も、感じなかった。
大好きな先生、のはずなのに。
「はい」
そう答えた自分の声は、どこか遠くから聞こえるみたいで。
心は、ひどく冷静なままで。
そして――そんな自分を、どう扱ったらいいかわからなくて。
可愛がっていた猫の死も、友達の引っ越しも、卒業式も、失恋も、全部同じ。
心が、ぴくりとも動かない。
まわりが泣けば泣くほどに、涙は他人事のようにくぐもっていく。
――自分はどうして、こんな冷たい人間なんだろう。
悩み戸惑いながら、本当の姿を人に知られるのがひどく怖くて、いつも悲しむフリをしてた。
今なら、わかる。
幼いわたしをすっぽりと包んでいた、とても頑丈なバリア。
生き生きとした感情を丸ごと封じ込めて、必死で自分を守っていたのだ。
いつだって、真っ暗な空間にひとりでポーンと放り出されたみたいに心細かったから。
この世界に自分を守ってくれる人はいない、そう感じていたから。