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備忘録1 生きにくさの根っこ  作者: 小日向冬子
自分の足で
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クラゲ

 イブのできごとは、ふたりの絆を固くしてくれた。

 でも、だからと言ってすべてが一気に解決するほど問題は単純ではなかった。

 わたしの心の大部分は相変わらず混乱したままで、些細なことで不安定になっては彼とぶつかった。


 年が明けてわたしたちはまた夜中に会うようになっていた。

 ――父を苦しめたくない。でもわたしたちの気持ちも大事にしたい。だから嘘をつこうと思う。

 思うように会えないことで微妙に変化していく2人の間の空気に耐えきれず、そんなことばに逃げたのはわたし。

 が、精神科の先生はそれには否定的だった。

「こっそり会うのはよくないと思いますよ。彼を家に連れてきて、もっとオープンに付き合ったらどうですか」


 いざそうやって先生に難色を示されると、あまりにたやすく気持ちが揺れた。

 そんなわたしに彼は苛立つ。

 どうしたらいい? 相談をもちかけた姉からも「冬子はお父さんの気持ちがわかってない」と言われてまた迷った。


 そうやって他人のことばに振り回されてばかりいるわたしに彼は言った。

「それはみんなただの意見でしょ、100%正しいわけじゃない。なのにどうして冬子はいつもそれを絶対視するの」


 くやしいけれどその通りだった。

 いつまでたっても自分に自信が持てないままのわたしは、いつも誰かにあるいは何かにすがろうとしてしまう。


 核のないクラゲ。


 いつからか自分のことをそう感じるようになっていた。真面目でしっかりしていそうに見えるけれど、実は一番大事な核が抜け落ちていて、いつもふわふわ揺れているだけ。


 だからこそ、彼の存在は喜びでもあると同時に不安でもあった。

 この空白に彼がすっぽり入りこんだら、わたしという存在はすっかり呑みこまれてしまうのではないか。

 自分で考えることをやめ、形ばかりの信仰にしがみついて生きてきてしまったように。


 自我と彼と親と社会。

 それらのバランスがうまくとれない危うさを苦しく抱え続けながら、それでもわたしたちの関係は少しずつ具体的に進もうとしていた。




 2月23日

 多くの出来事があり、いつもそれを書きとめておきたいと思いながら、ついつい先延ばししてしまう。もっと高まった気持ちで書きたいと思ってタイミングをはかっているうちに、時が過ぎてしまうのだ。

 わたしは自分を型にはめることを極度に恐れているのだと思う。形だけにこだわってしまいやすい自分の性格を思うと怖くなる。だから本当にやりたいと思うまで待とうとする。

 しかし、そうすると実際は何もできなくなってしまう。生活はストップする。否応なしにやらねばならない家事と仕事はこなすけれど、それ以外の時間をどうしていいかわからない。テレビを見るのも本を読むのも何か違う気がしてならない。

 結局自分は何も変わっていないのか? 中心が見つからず、何をしていいのかわからないまま。


 彼は、その中心は自分ではだめなのか、と言う。


 彼の存在は確かにわたしの支えではある。

 けれど、それだけではだめなのだ。


 もっと、わたし個人の部分、ひとりで対するもの。


 仕事は仕事、でもそれだけを生きがいにしてはいけない。だっていつかは終わるのだから。仕事がなくなったとき、わたしには何もなくなってしまう。


 大切なものは何だろう。

 彼がいない自分の時間にわたしは何をするのだろう。

 彼一色に染められたら、自分を見失ってしまわないかと怖くなる。

 けれどこうしてただ悶々と悩んでみたからといって、自分を見つけられるわけじゃない。



 今日は病院、そのようなことをいろいろ話してみた。


 先生は言う。

「とにかく、いろんな課題に対し時間がかかると思っていなさい。あなたが思っている3倍はかかると思っていたらいい。


 彼との関係は、本当にギリギリのところでバランスを保っているのかもしれませんね。でもね、みんなそうなんてすよ。

 自分の不安定さ、形にとらわれる所も、これから社会と関わっていく中で変わっていくでしょう。


 それと、結婚については常識を超えない範囲でね」


 先生はそれだけ言うと、あとは自分で決めることですよとでもいうように、にっこり笑った。


 最近、先生の手から離れつつあることを感じる。先生も前より距離を置こうとしている気がする。

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