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備忘録1 生きにくさの根っこ  作者: 小日向冬子
自分の足で
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脱・マインドコントロール

具体的な描写ではありませんが、性的な内容が出てきますのでご注意ください。

かなり迷いましたが、当時の精神状態をご理解いただくためには必要だと判断しました。

 互いが同じ強さで引き合い、回転し続ける喜び。

 すべての細胞が共鳴し、震えている。


 気が狂いそうなほどのそんな幸せが、恐ろしくもあった。


 ダメだ、頼り過ぎている。

 このままでは、彼がいなければ生きていけなくなってしまう。

 失った時のダメージに耐えられなくなってしまう。


 そんな葛藤を口にすると、精神科の先生はこともなげに言った。

「今は自分を保とうとするのに必死で、失ったときに支えがなくなるのが怖いと思ってしまうかもしれませんが、そのうちに変わってきますよ。そんなに力まなくてもいられるようになりますから」

 幸せに裏返りそうな心を懸命になだめながら思った。そのうちって、一体いつなんだろう。



 彼はそんなわたしの不安を見透かすかのように、先生と話したいと仕事を休んで病院までついてきてくれた。

 が、彼はその内容を語ろうとはしなかった。「先生、なんて言ってたの?」と尋ねても、「ん? 内緒」と言って微笑むだけ。


 ずっと後になって教えてくれたのは、わたしの中で父の存在が大きくなりすぎているということ(このときのわたしは、それが自分の中心的な課題だとはまだ気がついていなかった)、そして、もっと社会と関わることが必要なので、もし結婚したとしてもなるべく仕事をさせてあげてほしいということだった。


 そして、最後にこう聞かれたという。

「彼女はとても激しくて純粋な人です。それを受け止める覚悟はありますか」


 彼はそれに「YES」と答えてくれていた。




 星降る夏の夜に出会ったわたしたち。

 季節は移ろい、冬の訪れを感じ始めた頃に彼は言った。

「俺と、結婚してくれる?」

 迷うことなくわたしは返事をしていた。

「うん、いいよ」


 出会ってからたった3か月。

 なのに、この人と一緒に生きていくことが当たり前だと思えた。

 やっと見つけたわたしの居場所。


 けれど一方では、越えなければならない問題はまだまだ残されていた。

 わたしはまだ、完全に教会と縁を切ることもできずにいたのだ。



 彼に出会うまで付き合った何人かの男性。

 それらが完全にプラトニックだったとは言わない。けれど誰に対しても、どうしても最後までは体を許すことができなかった。なぜなら、教会で決められた相手以外と肉体関係を持つことこそが、教義の中では最大の罪とされていたからだ。


「堕落」そう呼ばれていた決定的な行為。

 そこを踏み越えたら本当にもう教会には戻れない。救いの道を断たれるという恐怖は、そのときに至るまで理屈抜きでわたしを支配し続けていた。


 さらにわたしの恐怖感を強めていたのが、母の死のあとに知り合った教会の霊能力者のことばだった。


「あなたのお母さんは、あたなの犯した罪を償うために亡くなったんです」

 彼女はわたしにそう告げた。


 離婚する前に経験したひと夏の恋。最後の一線を越えることはなかったとしても充分に罪深く、それだけ大きな代償を必要とすることだったのだと。

 さらに、信者を堕落させれば、相手もそれだけの罪を背負うことになると。


 常識的に考えればまったく根拠のない話かもしれない。でも、長年コントロールを受け続けてきた信者の心を揺さぶるには余りあるものだった。



 本当に教会を離れていいのだろうか?

 わたしたちは幸せになれるのだろうか?

 わたしと一緒になることで、自分だけでなく彼まで不幸になるとしたら?

 母のように彼も命を奪われたりしたら?


 何度も何度も同じところをぐるぐる回り、ひとりで悩み続けた。



 こんなことを話しても、きっと信者以外誰にも理解できないだろうことはよくわかっていた。

 思った通り、気持ちはこれほど強く惹かれあっているのにどうしても体を許してくれないわたしに、彼はときおり苛立ちをにじませた。

「俺のことが信じられないのか」

 と。


 信じたい。

 でも怖くてたまらない。


 二度と後戻りのできない道。

 本当にいいのか?



 わたしはとうとう彼に尋ねた。

「もし、わたしと結婚したら地獄に落ちるって言ったら、どうする?」


 すると彼は、怖いくらいにきっぱりと答えた。

「俺は冬子と結婚するよ。でも、地獄にも落ちない」


 真っ直ぐな強い光を宿した瞳。

 ぐっと引き結んだ口元。

 そして、予想もしていなかったことば。


 そのとき思ったのだ。

 この人は、何があってもわたしを見捨てない。



 それならわたしも、覚悟をしよう。

 どんな結果になろうとも、自分たちでそれを背負っていこう。


 きっとそれこそが、わたしに足りなかったものなのだ、と。

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