恋愛もどき
十代のころから漠然と思っていた。
自分は一生結婚できないだろう、と。
他人と接するだけで感じるストレス、混乱、葛藤。
四六時中誰かと同じ空間にいるなんてとても考えられなかった。
子どもを作るなんてもっと無理。
自分のように苦しむ人間をこの世に生み出す意味がどこにある?
教会の教えの下でなら可能なのかもしれない、そう思ったときもあった。でもその希望はあっけなく砕け散ってしまった。
そんなわたしが引き寄せられていった先は、またもや妻子ある男性だった。
たぶん当時のわたしが求めていたのは、恋人ではなく親だったのだろう。いや、もしかしたら恋愛の先に進んでいく自信がなかったから、最初から結婚などできない相手を無意識のうちに選んでいたのかもしれない。
会うのはいつも夜遅く。彼が仕事を終える時間に合わせて、こっそり家を抜けだした。父に見つかったらどうしようと、びくびく怯えながら。
冷静に考えればいい大人がこんなにも親の顔色を気にする必要などないはずだった。でも実際は、父に軽蔑されるのを何よりも恐れている自分がいた。
精神科に通っていることは、なぜだか彼には簡単に言えた。
彼は「自分と会うことで君が元気になってくれたらそれでいい」と言い、わたしは愚かにもそのことばを信じ込んだ。
今考えてみると彼は、わたしを支えて立ち直らせることで自分の力量を確かめたかっただけなのだと思う。そしてわたしはそんな彼を、寂しさを紛らすために利用した。
が、わたしと会っていることが父にばれそうになった途端、彼はもっともらしい理由をつけて後ずさりし始めた。
「仕事が忙しい時期だから」
「女房が疑ってるみたいだから」
気付かないふりをしてきた彼の狡さが、透けて見えた。もちろん狡いのはわたしも一緒だ。何も失わないままで、おいしいところだけをすくいとろうとしていたのだ。
もう会うのをやめよう。何度もそう思った。が、寂しさが胸に打ち寄せるたびに、いつの間にか受話器に手が伸びる。
そのループから逃れるように、別の男性と付き合った。
それが、トラック運転手のタケちゃんだった。
タケちゃんは、照れ屋で口下手で優しい人だった。きれい好きで、商売道具のトラックはいつもきちんと片付けられ、車からもタケちゃんからも爽やかないい香りがした。でも、何を話していても「そんなのあんまり考えたことがないなあ」というばかりで、会話はまったく弾まなかった。
好きだったかと言われるとわからない。ただ、自分を好いてくれることが嬉しくて誘われるままに会い続けた。
ある週末、手作りのお弁当を持って一緒に出かけると、タケちゃんは「これもらってもいい?」と言って食べきれなかった料理を持って帰った。
次に会ったとき、きれいに洗った空の重箱を返しながら彼は言った。
「おふくろがね、なかなかおいしいじゃないって褒めてたよ」
その数日後、プロポーズされた。
何日も迷った。
こんな自分と結婚したいと言ってくれる人なんて、もういないかもしれない。
でも、やっぱりうんとは言えなかった。
きちんと整った車の中にきれいに並べられた、がんじがらめに息苦しい自分の姿が見える気がした。
彼が欲しいのは、家事ができて母親と上手くやっていける女性。それはたぶん、わたしでなくてもいいのだ。
その予想を裏付けるかのように、NOの返事を聞いたタケちゃんは、驚くほどあっさりとわたしの元を去っていった。
夫と出会ったのは、ちょうどそんな時だった。そしてその出会いが、その後のわたしの人生を大きく変えていくことになった。