表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
備忘録1 生きにくさの根っこ  作者: 小日向冬子
自分の足で
45/60

恋愛もどき

 十代のころから漠然と思っていた。

 自分は一生結婚できないだろう、と。


 他人と接するだけで感じるストレス、混乱、葛藤。

 四六時中誰かと同じ空間にいるなんてとても考えられなかった。


 子どもを作るなんてもっと無理。

 自分のように苦しむ人間をこの世に生み出す意味がどこにある?


 教会の教えの下でなら可能なのかもしれない、そう思ったときもあった。でもその希望はあっけなく砕け散ってしまった。

 そんなわたしが引き寄せられていった先は、またもや妻子ある男性だった。


 たぶん当時のわたしが求めていたのは、恋人ではなく親だったのだろう。いや、もしかしたら恋愛の先に進んでいく自信がなかったから、最初から結婚などできない相手を無意識のうちに選んでいたのかもしれない。



 会うのはいつも夜遅く。彼が仕事を終える時間に合わせて、こっそり家を抜けだした。父に見つかったらどうしようと、びくびく怯えながら。

 冷静に考えればいい大人がこんなにも親の顔色を気にする必要などないはずだった。でも実際は、父に軽蔑されるのを何よりも恐れている自分がいた。



 精神科に通っていることは、なぜだか彼には簡単に言えた。

 彼は「自分と会うことで君が元気になってくれたらそれでいい」と言い、わたしは愚かにもそのことばを信じ込んだ。

 今考えてみると彼は、わたしを支えて立ち直らせることで自分の力量を確かめたかっただけなのだと思う。そしてわたしはそんな彼を、寂しさを紛らすために利用した。


 が、わたしと会っていることが父にばれそうになった途端、彼はもっともらしい理由をつけて後ずさりし始めた。

「仕事が忙しい時期だから」

「女房が疑ってるみたいだから」

 気付かないふりをしてきた彼の狡さが、透けて見えた。もちろん狡いのはわたしも一緒だ。何も失わないままで、おいしいところだけをすくいとろうとしていたのだ。


 もう会うのをやめよう。何度もそう思った。が、寂しさが胸に打ち寄せるたびに、いつの間にか受話器に手が伸びる。

 そのループから逃れるように、別の男性と付き合った。

 それが、トラック運転手のタケちゃんだった。


 タケちゃんは、照れ屋で口下手で優しい人だった。きれい好きで、商売道具のトラックはいつもきちんと片付けられ、車からもタケちゃんからも爽やかないい香りがした。でも、何を話していても「そんなのあんまり考えたことがないなあ」というばかりで、会話はまったく弾まなかった。

 好きだったかと言われるとわからない。ただ、自分を好いてくれることが嬉しくて誘われるままに会い続けた。


 ある週末、手作りのお弁当を持って一緒に出かけると、タケちゃんは「これもらってもいい?」と言って食べきれなかった料理を持って帰った。

 次に会ったとき、きれいに洗った空の重箱を返しながら彼は言った。

「おふくろがね、なかなかおいしいじゃないって褒めてたよ」

 その数日後、プロポーズされた。


 何日も迷った。

 こんな自分と結婚したいと言ってくれる人なんて、もういないかもしれない。


 でも、やっぱりうんとは言えなかった。


 きちんと整った車の中にきれいに並べられた、がんじがらめに息苦しい自分の姿が見える気がした。

 彼が欲しいのは、家事ができて母親と上手くやっていける女性。それはたぶん、わたしでなくてもいいのだ。


 その予想を裏付けるかのように、NOの返事を聞いたタケちゃんは、驚くほどあっさりとわたしの元を去っていった。


 


 夫と出会ったのは、ちょうどそんな時だった。そしてその出会いが、その後のわたしの人生を大きく変えていくことになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ